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福富くんとクラスメイトA


風の噂で、福富くんは変わっている人が好きらしいと聞いた時、ショックより先に妙に納得してしまったのを覚えている。
確かに、福富くんが主将である今年の自転車競技部のインターハイメンバーは、変わり者揃いだ。白いカチューシャの東堂くん、元ヤンキー(という噂がある)荒北くん、甘いマスクの(はずなのに鬼とかいう二つ名がある)新開くん。あとの二人は1年生と2年生で、その子達もそれぞれどこかおかしいと聞いている。
果たして、その彼の「変わり者好き」が女の子にも当てはまるのかは微妙だけど、もともと叶う確率が0に近かった私の片思いが、さらに絶望的になったことは確かだ。

私は、………はっきり言って、地味だ。

勉強ができるわけでもない、運動ができるわけでもない、とりたてて可愛くもなければ、性格もクラスの中で目立てるほどに明るかったり騒がしかったりするわけでもない。特徴的なところなんて何もない。クラスの隅っこで地味に生息していて、この空間に何の影響も与えることのない、良くも悪くも無害な存在、それが私だ。
他人から見たら、私の福富くんに対するこの想いも、「片思い」なんて立派なものじゃなく、ただの「憧れ」だと判断されるのかもしれない。うん、自分でもおこがましいと思うもの。だって福富くんはこの学園の英雄、自転車競技部のその主将で、私は何のとりえもない地味な女子。きっと、彼も私のことなんてこれっぽっちも知らない。1年生の時も同じクラスだったけど、名前も覚えてもらってないだろう。彼にとって私はただの一クラスメイト、クラスメイトAなのだ。





数学の教科係である私は、水曜日のお昼休みになるとクラス全員分の課題用ノートを配らなくてはならない。お弁当を急いで平らげて、人がまばらな教室をあちこち移動しながらノートを捌いていく。
あと残り三分の一か、というところまで配り終えたところで、とうとう彼のノートが一番上に来た。パッと彼の席に目を向けると、福富くんは席で予習をしている。彼が昼休みに教室にいるのはとても珍しくて……というか今まで教科係をやっててそんなこと無くて、途端に緊張してくる。単にノートを渡すだけだというのに、心臓がうるさく騒ぎ出す。彼と接触するのは、本当に久しぶりだった。
彼のノートをぎゅっと握りしめて、私はゆっくりとその席へと足を進めた。何をこんなに緊張しているんだ、私はどうせ彼にとってクラスメイトのAさんだ。期待したって何も起こらない。そう、だから、緊張するだけ無駄なんだ。

「ふ……福富くん、これ、ハイ」

平然を装って、机に向かって予習をしている彼にそう呼びかける。いつもなら配る時に名前なんていちいち呼ばないのに、少し欲が出てしまったか。おこがましいと思いつつ、呼びたいと思ってしまったんだ。って、名前ぐらい呼んだっていいでしょう別に……卑屈になりすぎてないか……。
福富くんは「…む」と顔を上げて、私からノートを受け取った。彼の顔をこんなに近くで見たのは久しぶりで、キュンと胸が痛くなった。もう十分だ、これで。もう満足だ……。

と、私が立ち去ろうとした瞬間、仏頂面のままの彼の口が開いた。そして、続けられた言葉を聞いて、私は固まった。

「――ありがとう、苗字」

「……………え………」

「どうした?」

「な、名前…………」


私の名前、どうして知ってるの?


「?」

「あ、な、なんで、名前……わ、私の名前……」


――その疑問をぶつけようと、慌てて口を開いても、出てくるのはうわ言のようなぶつ切りの単語だけだった。それでも何とか伝えきると、福富くんは全く表情を変えないで言い切った。

「1年の時も同じクラスだっただろう。知っていて当然だ」

「………!!」

その言葉に、さらに私は動揺する。
嘘、知っててくれた。名前だけじゃなくて、同じクラスだったことも覚えててくれた……!

「……どうした? 顔が赤いが」

「あ、え、えと、驚い、ちゃって…………」

「驚く? 何にだ」

「だ、だって私地味だし……地味だしとりえないし、地味すぎて逆に浮いたりするようなこともない実に中途半端な地味さを誇るただのクラスメイトAのモブもいいとこだし……!!!」

「クラスメイト……A?」

「あっAとかおこがましいよねそうだよね、GとかMとかもう地味のJ? あ、もしくはZ? Zじゃ逆に目立つか、じゃあアレだねLとか……Lはちょっとカッコよすぎかな? あは、あはは……」

いやあははじゃないよ。何言ってんだ私。

「……苗字は、なかなか変わっているな」

パニックで意味の分からないことをベラベラと口から吐いていたら、不意に言われたそれに、私の息は一瞬止まった。


え?

え、え、え、え、え、え。


ガツンと、頭を思い切りペンチで殴られたぐらいの衝撃だった。真っ白になってしまった頭の中を「え」の一文字が埋めつくしていく。


「え、え、え、え、か、変わってる? 今変わってるって言った?」

「ああ」

「か……変わってるって言ったの!?!?」

「ああ」

「わっ私変わってる!? ほ、ホント!?」

「…ああ」

「………………」

相変わらず固い表情のままの福富くんの「ああ」が、私の狭い脳内で反響している。これは何だ? なんだかとんでもない事態が今私の身に起こっているぞ。
私は知っている、彼は言葉は少ないけど、適当なことは言わない人だ。つまり、これまでの情報を総合すると………。


福富くん=変わってる人が好き。

福富くんの中の私の印象=変わってる。


イコール福富くんイズ私のことが好き………。

……………。

……………。


「福富くん、どうしよう、私……今人生で一番幸せかもしれない」

「変わっていると言われて嬉しいのか」

「超嬉しい………メガマックスハイパー嬉しい………」

「………やはり苗字、お前は少し変だな」

確認するように頷きながらそう言われて、私はとうとう抱えていたノートを地面にぶちまけてしまった。

「おい、ノート落ちたぞ。……!? 何故泣いている」

「福富くんインターハイ頑張ってね……ウッ」

このタイミングかよと自分でも思った、思ったけど私は感情の赴くままそう口走っていた。うわ、さすが平凡の鏡。平凡オブザ平凡。なんて普通すぎるコメントなんでしょう。きっとこれ、福富くん飽きるほど言われているだろうに。でもずっと言いたかったんだ。頬に涙が伝うのを感じながら、私は急いで散乱させてしまったノートを拾い集める。


「……応援、感謝する。苗字も確か吹奏楽の大会が近かったはずだろう。ささやかながら、オレも応援している」


………その時、頭上から降りかかってきたその言葉を聞いて、私は驚きと感激のあまりついに失神したのだった。



【リクエスト:福富くんに片思いする女の子の話】

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