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福富くんに付きまとう


自転車は、嫌いだ。なぜなら福ちゃんが好きだから。


「ねーーー福ちゃん。今日も部活ー?」
「部活だ」
「サボって!」
「それはできない」

……知ってた、もうわかりきってる答え。なのに私は毎日それを聞かずにはいられない。なんでだろうなぁ。

「ちぇっ。ばーかばーか、福ちゃんのばーか。自転車の乗りすぎで痔になっちゃえばいいんだ。呪ってやる、痔になる呪いかけてやるーー」

休み時間中だというのにピンと背筋を伸ばして席に座ってる福ちゃんに後ろから抱きつく。絡みつくようにして、横から彼の顔を覗き込む。シャンプー変えたんだけど、気づいてくれるかなー? なんて。ちゃんといいニオイのするやつ選んだんだけど。
福ちゃんはちらりと横目で私を見て、ちょこっとだけ身じろぎをする。これ、照れてくれてんのかな。相変わらず読めない。シャンプーの香りも何にも言ってくれない。こーんなに可愛い子がくっついてるってのに。まあ、知ってましたけどね、その反応も。

「…すまないな、苗字」
「謝んないでよ」

ちくりと、私の心にトゲが刺さる。今日も謝られた。知ってたよ、そう言われるのも。毎日毎日謝られて、私は毎日毎日振られ続ける。おかげで私の心臓はトゲだらけ。ギザギザハートだ。このままだとグレてそのうちロックンローラーにでもなっちゃうかも。

私は彼の肩から頭を持ち上げて、彼の頭に乗っける。そのまま顎でぐりぐり。

「ねえねえ、こーやってつむじ押すと、便秘になっちゃうんだってさー。えーい福ちゃんなんて便秘になってしまえぇ〜〜」
「……痛い」

知ったことか。私は毎日あんたに傷つけられてんの。

「あ! そーだ忘れてた福ちゃん購買いこ! 私パン買わなくちゃだった!」
「オレは今日寮の弁当だ」
「付き合ってよ福ちゃん。福ちゃんがいると皆道開けてくれるし。私アップルパイみたいなパン買うから、それ半分こしよ? ねっ?」
「……行く」

はぁい、ですよねー。知ってました。福ちゃんの頭の上でニヤリと微笑む。福ちゃんってば、たーんじゅん。可愛いよなぁ、こんな強面のお兄さんがりんご好きなんだよ?

福ちゃんがこうやっていつも私のわがままに付き合ってくれてるのは、もしかしたら罪悪感からなのかな。なーんて、そんなことを考えるとまたちくっと胸が痛くなるから、それは心の中に封じ込めておく。封印した上から、罪悪感も全部利用してやるのよ!っていう悪い女の苗字名前を上書きしておく。弱気な私は奥にすっこんでなさい。

私は絡みついていた腕を離して彼を解放する。立ち上がった福ちゃんの制服の袖を掴んで、購買に行こうとすると、ちょうど教室を出たところの廊下で、見たくなかった顔がこちらに近づいてきた。

「…荒北」
「お、ちょうどいいところに。福ちゃん、部活のことなんだけどォ……って、げっ苗字じゃねーか。てめェまーた福チャンにひっついてんのかヨ」

……出たよ、ヤンキー荒北靖友。私は福ちゃんの腕をぎゅっと掴んで、彼の横にピタッとくっついたままヤツを睨みつける。

「福ちゃんにひっついてんのは荒北靖友あんたの方でしょー? いっつも福ちゃんのとこ来て、友達いないわけ?」
「ハァ? 部活の話だっつってんだろォ? …っぜ、ンで福ちゃんはこんな性悪女相手にしてんだよ。友達いねーのはてめェのほうだろーが」

むかっ。
そんな風に睨まれても怖くないから。

ていうかね。私が先に福ちゃん呼び始めたのに、パクってんじゃねーよ。

荒北靖友も嫌い。なぜなら福ちゃんが好きだから。

「うるさーい!! 荒北靖友なんてくたばってしまえ!!」

と言うと、私は福ちゃんから腕を離してしゅばっと背中に回ると、後ろから抱きついて彼の両手を掴む。そして、それをぐいっと曲げて、

「出でよ、ロボット福富寿一!! ターゲット荒北靖友!! マシンガン発射!! ずだだだだだだだ!!」

背中からひょこっと顔を出して、荒北靖友に向かって攻撃をする。荒北靖友は面食らったようにちょっと身を引いた。荒北靖友に5000のダメージ!!

「そのままロケットパーンチ!! ウィーンガシャ!! ずっどーーんっ!!」
「オイ福ちゃん、この頭おかしいのなんとかしろよ」
「……苗字」
「――――荒北靖友っ、リアクションぐらい取りなよ。ノリ悪いぞ。福ちゃんだって最近撃たれたら『うっ…』ってやってくれるようになったんだぞ!」
「エッ、まじかよ福ちゃん!?」
「苗字に叩き込まれたからな。……それで苗字、」
「ほらもう一度いくよ、ずどーん! ずだだだだだだ!!」
「苗字、離してくれ」
「………」

グサリ!
苗字名前に10000のダメージ、苗字名前は倒れた!


……知ってたよ、ばーか。


私は福ちゃんの腕を離すと、無理矢理笑顔を作って福ちゃんにバーン!って撃ってやった。福ちゃんは心臓を押さえて「う」ってやってくれた。あっはは、棒演技すぎるわ。

荒北靖友が「はーー」とため息をつく横を通り過ぎて、私はひとりで購買に向かって歩き始めた。後方で二人が部活のことを話すのが聞こえてくる。


嫌いだ、福ちゃんが好きなものはぜーんぶ。自転車も、荒北靖友も。



……ただしリンゴは除く。






購買に向かってとぼとぼ歩いていると、「苗字!」と誰かに呼び止められた。お? と思ってそちらを向くと、見知った顔が数人。

「おー久しぶり! やっほ、ミカミカー」
「久しぶりだね苗字! 元気してたー?」
「あたぼーよ」

去年同じクラスだった女の子達だった。

「ねーあんたさ、まだ福富くんに付きまとってるわけ?」
「……なんだ藪から棒に。……まあ、そーですが」

付きまとってる、という言い方に少しカチンとくる。まあまあ、別にたいしたことではないからいいんだけどね。軽く愛想笑いして流すと、彼女はふっと眉をひそめた。

「ねえ、やめてあげなよ、付きまとうの」
「…え?」
「福富くん部長だし、もうすぐインターハイだし。わがまま言って困らせて、部活に集中できなくなったらどーすんの?」
「………あーー、」

口元は少し笑ってるものの、その口調は明らかに私をマジで責めていた。軽く頭を掻いて、私は苦笑いするほかない。

「福富くんだって困ってるでしょ」
「苗字が彼のこと好きなのはわかるけどさー、好きなら応援してあげるのが普通でしょ」

……なんだそれ。なにが「普通」なの?

この学校、夏が近づくと学校全体が自転車競技部応援モードになる。ま、全国大会で優勝しちゃったりする部だし。自転車競技部は我が学園の英雄、我が学校の誇り、みんなそうやって彼らを祭り上げる。応援しないやつなんていない。

でも私は応援なんてしてない。そんなこと、この学園ではとても言えないけど。

だって私が好きなのは自転車じゃない。自転車部の部長でもない。福ちゃんなの。

その福ちゃんはずーっと自転車に夢中で。私よりもずーっと、自転車の方が大事で。

そんな自転車をどう好きになれって言うのよ。どう気持ちをねじ曲げたって、応援なんてできるわけないよ。


………それにねえ。


「わかってないなーー、わかってないな皆。福ちゃんのこと」
「は?」
「あの人は、私に付きまとわれたぐらいで、部活に集中できなくなるような人じゃないよ。自転車しか見てない鉄仮面だから。まーーるで、何の影響もないから。だから安心して!!」

うっわ、自分で言ってて泣きたくなってきた。
そう、彼は私がいてもいなくても何も変わらない! 悲しいぐらいに! 邪魔してやろうと、気を引こうと色々やったところで無駄足なのだ! はい終了!

「じゃっ、そゆことだから! ごめんねーミカミカ! あたし購買行かなくちゃだからー!」

私は込上がってくる虚しさを無理矢理押し返すと、笑って彼女たちのもとを去った。

購買行く、とか言っておいて、来た道を引き返す。

なんかもう、やってらんねー。





次の授業の時間も、さっきの女の子達の言葉を思い出して、やってらんねー気分で胸がムカムカして、集中なんてできるわけなかった。わろしわろし。いとわろし。
ひたすら鉄仮面の顔を落書きして時間を潰す。あの人の顔、描くの簡単だから。でもなんか気に入らなくて、結局消した。

授業終了のチャイムが鳴って、みんなわいわい騒ぎ出してお昼の支度をしてるけど、私は席に座ってぼんやりしていた。いつもは速攻福ちゃんのところに行って、お昼食べるけど。なんか、あんまり顔合わせたくなかった。少しあの女の子達の影響を受けてるんだか。自分にもそういうか弱い乙女みたいな可愛いところがあったんだなあーーって自嘲する。はは、性格悪いのは自分がよく知ってるからね。
てか私、購買行ってないじゃーん……。今から行ったって、ろくなもん残ってないよな。やっぱりさっき行っとけばよかったぁ……

と、思ったら、私の机にどさっと袋に入ったパンが置かれた。びっくりして顔を上げると、福ちゃんがいつもの鉄仮面で私を見下ろしていた。

「苗字、昼、食わないのか」
「……福ちゃん、これ、パン………」

なんで? この人お弁当のはずじゃなかったの。

「前の休み時間、荒北と話終わってからすぐに購買に行った。……苗字、どうして購買にいなかったんだ?」
「……ちょっと色々ありまして」
「……。代わりに買っておいた。お前がいつも食べてるやつは人気だから、昼には無くなってしまうからな。ただ、今日はどれが食べたいのかわからなかったから、一通り全部買ってきてしまった」

そう言うと、福ちゃんは袋からいくつもパンを取り出した。クリームパン、フレンチトースト、きみあんパン、卵サンド、コロッケパン。本当だ、私がいつも選ぶのばっかり。……覚えてくれてたんだ、私が好きなやつ……。

「……あはは、こんなの食べれないよ、全部」
「あと、アップルパイ」
「ふふ、ちゃっかりしてるなー、もう、福ちゃんってば……」

面白くてたまんないのに、思いっきり笑い飛ばせなくて、胸が苦しくなる。

「……福ちゃん。私って、邪魔?」

「どうした。お前らしくもない質問だな。そう思っていたら、そばに置いてなんかない」

「……、福ちゃん、好きだよ。大好き」

「知っている」

「インターハイなんてとっとと終わらせちゃってよ。負けても勝っても、私どーでもいいから。もう、早く私にかまってよ」

「……応援、感謝する」

「はぁー? 今のをどう解釈すれば、応援してることになんのよ……」

「お前は、ひねくれているからな」


福ちゃんは、その無骨な手で私の頭をくしゃり、と撫でた。

……なんでもお見通し、ってわけ? もう、ムカつくなぁ……。


「―――あ〜お腹空いたっ! お昼食べよっ、福ちゃん!」


顔を上げて全開の笑顔を見せると、彼の口元も少し緩む。

もうね、やっぱり。ゼロになっていたHPもMPも、ギザギザハートも、些細なことで吹っ飛ばしてしまうから、やはり福ちゃんは私の特別なんだよね。
だから絶対絶対、自転車より、荒北靖友より、私が彼の一番の大好きになってやる。

だけど今だけは、許してやろう。インターハイが終わっちゃうまで。今だけ。



………ま、明日にはそんなこと忘れて、また大嫌いになってるだろうけど。



【リクエスト:福ちゃんとドキンちゃんみたいなわがままな女の子】

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