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真波くんとクイズ


「突然ですが、ここでクイズです!」

それは本当に突然だった。顔を上げると真波山岳が頬杖をつきながら満面の笑みでこちらを見ていて、私は一瞬で「あ、コイツ課題飽きたな」と察した。全く、まだ課題に取り組み始めてから30分も経ってないんじゃないか? 飽きるの早すぎるわ、付き合ってられるか。私は何も言わずに再びプリントに顔を落とた。

真波山岳は居残り仲間である。こうやって補習で顔を突き合わせるのも、もうかれこれ10回目は超えただろうか。そして今、放課後の時間、私達は空き教室で机を合わせて課題に取り組まされている。先生、馬鹿と馬鹿を一緒に勉強させても何も生まれないよ。マイナス×マイナスはプラスの理論はここには当てはまらないよ。せめて頭のいい人優秀な人材を一人でも間に入れてもらわないと。ちなみに、私はそれなりに努力をする向上心のある馬鹿だけど、こやつはそうじゃない。っていうかそもそも真面目に勉強をしているところを見たことがないので、馬鹿とも言い難い。ということなので、彼はこの時間も当然真剣に課題に向き合うことはせず、私の集中をかき乱してくる。毎度毎度勘弁してほしい。

「じゃあ第一問! オレの好きなものは何でしょう」
「山」

ああ〜〜なんだっけ〜〜何だっけこれ今日授業でちょうどやったとこじゃん! くそう思い出せないわ……古代ギリシャだかローマだかその辺の人達って名前みんな似てるから覚えづらいんだよね。真波山岳の「ピンポン! 即答だね〜」というのほほんとした声が聞こえてきた。

「第二問、じゃあオレの好きなものは何でしょう」
「問題同じでしょうが」
「山以外で」
「坂」

――ったくさぁ、アタナシウスとかユリアヌスとかテオドシウスとか「〜〜ス」系多すぎかよ嫌がらせかよ。単語集を開いても同じような響きの用語が羅列されていて、軽く眩暈がする。これを覚えなくては帰れないのか……。頭を抱える私に、真波山岳が「おお、連続正解だ!」とパチパチ拍手している。

「それでは第三問、オレの好きなものは何でしょう」
「またかよ、自転車」

スパルタクスポンペイウスカエサルオクタウィアヌスプリンキパトゥスコロヌスコロナトゥス………。びっしりとカタカナで埋め尽くされたノート。呪文のようだ。すごい、魔物とか召喚できそう。ああ、私の頭はこんなものを詰め込むためにあるんじゃない、もっと有意義なことに使わせてくれ……。

わずかに視線を上げると真波山岳が「すごいね〜苗字さんはオレの好きなものみんな知ってるんだね〜」と目をキラキラ輝かせながら私を賞賛している。その締まらない笑顔に苛立ちが募って、シャープペンを強く握り締めてヤツを睨みつけた。確かに、私の脳味噌はギリシャ人の名前を覚えるためのものじゃないが、真波山岳の好きなものを覚えるためのものでもないというのに。それもこれも、コイツがやたらと私に山について語ってくるからで……。

「では第四問、オレの好きな女の子は誰でしょう?」

恨めしげに真波山岳に視線を送っていた私だったが、その質問は想定外で「うん?」と思わず目を瞬かせた。

女の子? そんな話、したことないぞ。ああ、わかった、彼の幼馴染の……えーと、彼女何て名前だっけ……。

「あはは、悩んでる悩んでる」

ムカつくわ、コイツ。持っていたシャープペンシルを置いて本格的に考え込むも、しかし答えが出ない。

「み……宮本さん、とかだっけ」
「委員長は特別枠だから、ハズレ」

真波山岳は相変わらずニコニコしながらこちらを見ている。私が苦悶している様子を見るのが楽しくてしょうがないようだ。腹ただしいやつめ。しかし、それなら無視をすればいいだけのはずなのに、何故かこのクイズにはムキになって頭を捻らせている自分がいて、それも謎だ。

「……ヒントちょうだい」

苦々しい思いでそう口にすると、真波山岳は「ヒントかー…」と、わずかに視線を上げて何か考える素振りを見せた。

「んー……なんかね、可愛げがない」
「………は?」
「あと、あんまり頭が良くない」

………。

「あんたその子のことが好きなんだよね?」
「うん、好きだよ」
「異性としてってことだよね?」
「そうなんじゃないかな」
「完全に貶してない?」
「あはは! んー……自分でも不思議なんだよね。あ、そうそう、大ヒント。オレさ、その子と一緒にいると、イライラするんだ」
「イライラ? ……真波が?」

くりくりっとした目をほんの少しだけ細めて、こちらをじっと見つめたまま、真波は「……うん」と、ゆっくり頷いてみせた。いつものへらりとしたヘリウムガスみたいな笑顔ではなく、その瞳の奥の光は燻っていて、ゆるりと、何かを誘うように口元が弧を描く。見たことがない薄い笑みに、心臓がドキリと鳴る。

しかし、真波山岳が、イラつく? 山と自転車ぐらいにしか興味がなくて、それ以外のことには一切頓着しない、ほわほわした空気の塊のような男、自由気ままに流れる白い雲のような男、そんな真波山岳をイラつかせるってどんな女の子だ。

あと一緒にいてイライラするってあんた……好きなんでしょ、ドキドキの間違いじゃないの……。

あぶくのように沸き立った数々の疑問は、しかし上手く言葉にならない。IQの低さ故もあるだろうけど、なんとなく口を挟めないのだ。さっきから、なんだか、雰囲気がおかしい気がして。そんな私を見て、真波は、くすりと微笑むと再び口を開いた。


「だってその子さあ、全然オレのこと見てくれないんだ。一緒にいるのにずーっと下向いてるの」

「………はあ」

「それ見てるとすっげーイライラするんだよね。オレ、女の子に対してこんな気持ちになったの、初めて」

「………」

「だから、こっち見て欲しくて。無理やりでも、オレの方向かせたくて。で、一緒にいる時は気を引くために色々やってるんだけどさー、なかなか上手くいかないんだ」


頬杖をつき、シャープペンをゆるゆると回しながら、ゆっくりとどこか夢現な口調で言葉を紡いでいく真波山岳から、目が離せない。何を考えているんだかわからない、その髪色と同じ海のような深い青の瞳の鈍い光に、身体を捉えられてしまったかのよう。


「……ねえ、これだけヒントを出しても分からないの?」


シャープペンに目を落としていた真波山岳が、不意にこちらを見た。瞳と瞳がかち合って、私は息を呑む。戸惑いを隠せない私を面白がっているような彼の笑顔。でも、それに反して声が刺々しく聞こえたのは気のせいだろうか。私を咎めるような、そんな圧を感じさせるような声。

「……分か、りません」

授業中、怖い先生に当てられた時のような気分で、小さな声でそう応えると、真波は「あはは! やっぱり苗字さんって鈍いよね」と明るく声を弾けさせた。

「じゃあこのクイズの答えがわかるまで、他の勉強は禁止」

そして、するりとこちらに手が伸びたかと思うと、私が先程まで格闘していた問題集をパタンと閉じてしまう。それだけじゃなく、筆箱も、シャープペンも、他の教科書類も全て没収されてしまった。口を挟む間もなく、すっからかんされてしまった私の机。真波は私の持ち物を自分の領域に収めて、満足げにうんうん、と頷いた。あまりにも手際の良い犯行に反応が遅れる。なにやってんのコイツ。

「ちょ、ちょっと真波! 返してよ、それ!」
「ちゃんと返してあげるよ。クイズに正解したらね」
「………」
「それまで、オレとたくさん話そう? ねえ、苗字さん」
「………」

たくさん文句を言ってやりたいのに、何故だ、言葉が出ない。

クイズだって? 真波の、好きな女の子………頭が良くなくて、一緒にいても下ばかり向いてる、可愛げのない女の子。

………まさか。

頭の中にひとつ浮かんだその可能性に心の中で必死に首を横に振っていると、真波が唐突に口元を綻ばせて笑いだした。その頬は薄らと赤らみ、目は落ちてきた陽の光が混じり合い、どことなく恍惚としているように見えた。

そして、続けられた言葉に、私はやはりコイツは馬鹿だと確信するのだった。



「――ヤバイ! どうしよう。今苗字さんの目にはオレしか写ってないって思ったら、急にドキドキしてきた。ねえ、やっぱりこれが恋ってやつなんだよね?」


「…………………」



…………おい。

クイズの答え、自分で思いっきり言っちゃってるじゃんか!!


さあ、詳しく追及するか、スルーするか。鉛筆を転がしてもどうにもならないような二択を、今私は突き付けられている。

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