top

青八木くんに嘘を吐いてみる


隣の席の青八木くんは、とっても無口な男の子である。

彼のお隣さんになってもう結構経つけど、会話が弾んだと思えるようなことはただの一度もない。大体、私が一方的に絡んでは彼がそれに相槌を打って、それで終わり。青八木くんから私に話しかけてきてくれたことはない。
ただ別にそれに不満があるわけでも、そんな無口な彼が気に入らないとかそういうことも全然無い。彼には彼なりの自分のペースというか、自分の世界みたいのがあるんだろう。そんな彼の隣は、結構居心地がいい。何考えてんだかわからない青八木くんが今何考えてんのか予想したりするのも割と楽しい。会話は弾まないけど、返答はしてくれてるから私の話もちゃんと聞いてくれてるんだろうと思うし……気に入らないどころか、ちょっぴり好ましいなぁ、なんて最近思っている。

ただ、そうなってくるとどうしても欲が出てくるのが人間っていうもので。
私は見てみたいのだ。青八木くんの色々な表情が。できれば、笑顔がいい。楽しい時、嬉しい時、彼はどんな風に微笑むのか、見てみたい。
私に彼を大爆笑させるだけのユーモアのセンスがあればいいんだけど、残念ながら無いんだよなぁ。すべらない話とかも持ってない。……中学生の時に旅行先のホテルのバイキングでドリンク飲みすぎておねしょした話とか、これ女子ウケはいいけど青八木くんにしたら絶対引かれるだろうし……。っていうか絶対話したくないわそんな人生の汚点……。

と、ここで私は思いついた。
笑顔は無理かもしれないけど、びっくりさせることはできるんじゃないか…。

いわゆる「ドッキリ」というやつである。青八木くんがびっくりするような嘘をついて、その後ネタバラシをする、その流れでもしかしたら笑わせられることができるんじゃないか? もちろんドッキリって言っても、彼を不安にさせたり嫌な気持ちにさせるような嘘はつかないよ、そこは大前提だ。

「――――ねえ、青八木くん」

話しかけると、彼はこちらを向いてくれた。

「実はね、私………宇宙人なんだ」

「…………」

「私、第18銀河群の6279番目の星アババギッチョンゴ星からやってきたエージェントで、本当の名前はパガンチョミセルゴナシータって言って、今女子高生に化けて地球の偵察に来てるんだ。アババ星人はみんな肌の色が緑で目は一個しかなくて触覚が生えててそれで意思疎通を図ることができるんだけどごめんこれ嘘。今の全部嘘。ごめん」

「…………」

無理だった。これ無理だわ。喋ってる間、もう青八木くんの目が「こいつ頭おかしくなったか」って言ってた。あのまま続けてたら私のハートがやられる。今のでさえ結構なダメージ受けてるもん。
ちょっと路線を変えよう。私のメンタルのことも考慮しつつ、なおかつ青八木くんが思わずぎょっとするぐらいのインパクトのあること……

「―――ねえ、青八木くん」

「………なんだ」

「鉛筆をさ、こうやって振るとさ、ぐにゃぐにゃして見えるじゃん」

「…………」

「これ、ラバー・ペンシル・イリュージョンって言うんだって」

「…………」

「………………ごめんそれだけ」


だっ、ダメだァ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!

私は机の上で頭を抱える。ぜんっぜんダメだ。今の青八木くんの目もすごかった。「へぇ」って目だった。でも多分あれ100へぇ中34へぇぐらいの関心度だった。「……で、それがどうしたよ」って後ろにくっついてた。もうダメだ、心が折れる。青八木くん今絶対私のこと変なやつだと思ってる。
でもここで諦めていいのか、私よ。こんな志半ばで諦めて、実家の父さんと母さんが泣くぞ。うん、そうだねやっぱり諦められない! 私、青八木くんの笑顔見ない限りは死ねない!
必死で頭を巡らせる。まだ何かあるはずだ…彼をびっくりさせられるようなそんな情報。集中しろ私、お前ならできる。かつて有名洋菓子店ケーキ食べ放題チケットをかけたカルタ大会決勝で見せたあの集中力を、ここで出すんだ!

「青八木くん!」

「今度は何だ」

「私ね……実は、手嶋くんのことが、好きなんだ………!!!」

「……!!!」

ここで彼は初めて反応らしき反応を見せた。これは来たか。この攻め方で合っていたようだ。

「………手嶋って、どの手嶋だ?」

「うん?」

ど、どの手嶋?

「……多分、青八木くんがよく知ってる手嶋くんでいいと思うんだけど」

「……純太か」

「う、うん」

「そうか…………………」

「…………」

「…………」

「………青八木くんごめんやっぱり嘘。本当にごめん、今の嘘………!」

黙り込んでしまった彼の横顔がなんだかとても険しく見えて、私はとっさに手を合わせ謝っていた。よくよく考えてみれば、手嶋くんの名前を上げて彼に揺さぶりをかけるのは卑怯だ。それも好意があるなんて言って……。

「嘘………?」

「うん、嘘。ごめん青八木くん! 私ね、青八木くんがこう、驚いたところとか笑ったとことか、そういう色々な表情が見たくてですね……」

「だからさっきからあんな妙なことを?」

「ええ、その通りです……(やっぱ妙なことって思ってたんだな…)」

「そうか。………嘘だったか」

「まじでごめん」

「いや」

それだけ言って青八木くんは黙り込んでしまった。沈黙に耐えかねておそるおそる顔を上げたら、なんと、彼の口元はほんの少しだけ、緩んでいた。

「……良かった」

「……………え?」

「良かった。本当に純太のことが好きだったら……どうしようかと思った」

視線を斜め下に向けながら彼がぽそっと呟いたそれは、明らかに私に向けて放たれた言葉では無くて。
その言葉の意味を考える前に、私に向けられた笑顔に不意に胸がキュンとする。

しかし、ドッキリ作戦は結果オーライではあったものの……『良かった』? 『良かった』って、それ、どういうこと………。

それを尋ねようとしたら、それより先に「苗字、」と青八木くんに名前を呼ばれた。お、おう、とぎこちなくも私が答えると。

「苗字、これからもその…よろしくな」

「…………あ、ええと、こちらこそ!」

――唐突に言われたそのよろしくに、一瞬頭にはてなマークが浮かんだけど、私は笑顔で返した。そして、彼は正面に向き直ってしまった。


………隣の席の青八木くんとは、やはりまだまだコミュニケーションの必要を感じる。


うん、もっともっと仲良くなれるように、今度はすべらない話を持参してアタックをかけよう。

彼の笑顔を思い出して口元をにやけさせながら、私はそうぼんやり思ったのだった。

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -