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手嶋くんと音痴な女の子


私は、

絶望的に、

音痴だ。



歌なんて上手く歌えなくたって別に生きてる上で何にも問題ないと思う。そりゃ、歌手とか役者さんとか目指している人にとってはゆゆしき問題なのかもしれないけど、私みたいな普通の女子高生にとっては歌が下手だろうが上手かろうが生きてる上で何にも支障がないはずだ。いや、絶対にそうでなくてはいけない。
大体その道を目指してるわけでもないのに、カラオケごときでちょびっと高得点を出して自分は歌が上手いなんてほざいてる連中は、一回マイクもエコーもでかいBGMもない、なおかつ知らない人がたくさんいる場所で一回歌ってみればいいと思う。絶対ぼろがでるから。

「――名前、なんかいれれば? あんたまだ歌ってないよね?」
「入れるわけないでしょ」
「だよねー…」

ああもう、ホント、やだやだ。文化祭の打ち上げだなんていうから楽しみにしてきたのに、まさかごはんの後にカラオケに連れてかれるだなんて。そんなの聞いてない。速攻帰ろうとしたら、やったら引き止められるからしぶしぶついてきたけど。
音痴の人間にとってカラオケは地獄でしかない。やや音痴ぐらいだったら少しは楽しめるかもね。ほら、みんなの笑いの種になるから。でも私は破滅的に音痴だから、そうはならない。歌ったら場の空気が死ぬことは目に見えている。

(みんな楽しそうで、いいよね……)

狭いカラオケルームの中に、男女合わせて十数人ぐらいいるだろうか。盛り上がりは最高潮だ。いまいちその空気に乗れないでいるのも、この音痴のせい。歌が上手かったら楽しめるのかな、だとしたらやっぱり損してるのだろうか。いやなご時世だね。カラオケなんてない時代に生まれたかった。

男子たちが数人で古いアニメの主題歌を大声で歌いだして、また盛り上がる部屋の中。この曲私も好きだよ。いいよね。でももうキツイ、飲みすぎだと何回も言われてるけどドリンクバーに行ってこの場を抜け出そう。歌えない私はがぶがぶ飲むことによって元を取ることしかできないんだ。





(何飲もうかな……)

先ほどから何回ここに訪れているだろう。こうなったらもうドリンク全制覇してしまおうか。まだ飲んでないのは、ここのカラオケ独自で作っているらしい、いかにも着色料をぶん投げました、みたいな色したオレンジジュースとメロンソーダ。う、これ……は……。いや、もう飲んじゃおう。多分美味しくないだろうけど。

「それ、美味しくないよ」
「!」

グラスに注ごうとした時に後ろからかけられた声。振り向くと、同じクラスの手嶋くんが私と同じようにグラスを手にして立っていた。

「……美味しくないのはわかってるけど、それでも飲みたいんだよ」
「なんだそれ」
「私はドリンクバーのドリンクを全種飲むっていう目標を掲げることでしか今このカラオケにいる存在意義を見出せないので」
「………なんだそれ?」

訝しむ手嶋くんをよそ目に、グラスに氷を入れて、着色料オレンジジュースを注ぐ。あーあ、だいぶつっけんどんな感じに答えてしまった。面倒見のいい手嶋くんは、さぞや困るだろう。ただ、正直彼には文句を言ってもいい気がする。だって、二次会でカラオケに行こうという話になって、真っ先に帰ろうとした私をしつこく引き止めたのは彼なんだもん。

「もしかして苗字さん、楽しくない?」
「いやあ、楽しいですよ。こんなにたくさんのドリンクが飲み放題だなんて!」
「…………そういえばさっきから、全然歌ってないよな」
「ドリンク飲むので必死だからね」
「もしかして、あんなにカラオケ拒否ってたのって歌が得意じゃないから?」

ええそうですよ、得意じゃないからですよ、破滅的に音痴だからですよ。

と言うのはちょっと悔しすぎた。キッと彼をにらむだけにとどめる。手嶋くんは私のにらみを軽く流しながら、自分もグラスに氷を足していく。

「そっか。無理に来させちまって、悪かったな」
「…………べつに」
「なんであんなにしつこく引き止めたかわかる?」
「全然」
「苗字さんにオレの歌、聞いてもらいたかったからなんだよね」
「――――は?」

その言葉に見事に固まってしまった私に対し、彼は何事もないかのようにアイスティーのボタンを押している。

なに? この人。チャライ人なの? そういうこと?

「……へー手嶋くん、そーゆーこと女の子にさらって言える人だったんだね。確かに前からジェントルマンだとは思ってたけど。へーへー。なんか意外」

正直、男子にあんなこと言われるのに耐性がない私である。精一杯言葉に抑揚をなくして、焦りを隠すために着色料オレンジジュースに口をつけた。

「ジェントルマンだと思ってくれてたのは嬉しいけど、あんなセリフ言うのは好きな子だけだよ」
「!? ごぶっ」
「ちょ、だ、大丈夫!?」

耳を疑うような単語が聞こえてきて、マンガみたいな吹き出し方をしてしまった私に手嶋くんが近寄る。慌ててハンカチを取り出して口を押さえて、近寄られた分また距離を取った。もうさすがに淡々を装うのは無理だ。てか、なに? は?

「な。何言ってんの? そそ、そんな告白みたいなこと言わないでよ」
「いや、告白だし」
「………………え、え、嘘」
「嘘じゃない」
「ドッキリだ! ドッキリでしょ! その辺に誰か潜んでるんでしょ!」
「ドッキリじゃない」
「じゃ……じゃあ、夢? なるほどこれは夢なんだね、なるほど――――」

そこで、私の呼吸が止まる。
理解が追い付かずに、彼から目をそらして現実逃避を繰り返してる私の腕を、急に迫ってきた手嶋くんが力強く掴んだのだ。

「夢じゃない」
「………………!」
「なんか、その反応を見るとわりと手ごたえありそうだなって思っちゃうんだけど。すっごい顔真っ赤だよ」
「っ! う、うるさいな………!」
「目ぇそらさないでよ」
「……む、無理、顔見れない」
「はは、可愛いね苗字さん」
「黙れ…………」
「オレさ、歌には結構自信あるんだ。あともう少ししたら持ち歌来るからさ、それ聞いてよ。ちなみに、ラブソング」
「…………私、そういう風にカラオケごときで調子乗ってる人がこの世で一番気に食わない」
「…………惚れさせてみせるよ」


低い声で呟かれて、ドキリと心臓が鳴る。手嶋くんはパッと私の腕を離すとそのままバックして、「じゃあ、部屋で待ってる」と言って笑って去って行った。その顔は、私の見間違いで無い限り、真っ赤だった。

その後のカラオケで、あんなに大口叩いてた手嶋くんは緊張でりきんで思うような高得点を出せなかった。落ち込む手嶋くんを散々からかい倒したあげく、交際の申し込みにオーケーをしたのは、そんな余裕を無くした彼にキュンときてしまったからだ。

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