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82点のラブソング


十分に喉は慣らしたつもりだった。

選んだ曲も、それまで散々歌い倒してきた十八番中の十八番だった。90点以上は硬いし、一緒にカラオケに行く友達からも評価が高い。「こんなん歌われたら惚れちゃうわ」「ヤバイ抱いて! 私を抱いて、手嶋くん!」……と、男に言わしめた過去もある。

緊張も、そこまでしていなかった。完全にリラックスしていたとは言えないけれど、その程度の緊張はさほど気にならないぐらいに自信があった。


けど、マイクを握って、イントロが流れ始めて。歌い始めた瞬間、オレは一瞬で分かってしまった。


―――あ、これ、絶対高得点でないやつだ、って。





「なんていうかさ〜、やっぱりダメなんだよね、ビブラートのかけすぎって」

「………」

「感情が入りすぎても高得点って出ないんだよね。ちゃんと原曲通りに、余計なことしないで歌うのが一番高得点出るんだよね、基本だよね」

「………」

―――ぐうの音も出ない。
オレの隣を歩いている苗字さんは、やたらと上機嫌そうだ。オレが十八番の曲で調子が出ずに大コケしたことが面白くてたまらないって感じ。

カラオケを出た時には、もうかなり遅い時間になってしまっていた。一緒に帰る子がいない女の子は男がひとり付いて送ってやることになって、そして苗字さんに付いたのがオレ。正直合わす顔が無かったけど、他の男と二人きりになられるよりは全然いい。

だがしかし。先程からずっとこんな調子で、オレのハートはブレイク寸前だ。ゲームでいうと、HPゲージが赤くなってる瀕死状態。

「――に、しても田中くんの歌すごかったね〜。あんなゴツくていつも恐い顔してるのに、あんな綺麗な高音が出るなんて。それで92点だっけ? いや〜〜すごかったなぁ」

「………」

オレは同じ曲で94点出したことあんだぜ、と心の中でぼやいてみる。なんつうか、全然ダメ。いつもならするすると言葉が出てくる口が、全く動こうとしない。どんな風に切り返せば自分のペースに持ってけるかとか、そういう策をいつもならすぐに組み立ててみせる頭も、さっきから休業中。自分の脳みそにストライキ起こされてるみたいで、歯がゆさ半端ない。

「さっきから、だんまりだね、手嶋くん」
「………いやあ。嬉々としてオレをいじめてくる苗字さん、性格悪くて可愛いな〜〜って思ってたところ」
「ドMっぽい発言ですね」
「………好きな女の子だからな。やっぱ、他の子とは勝手が違ってくるみたいだわ。そういうひねくれてるところも可愛く見える」
「無理して強がらなくてもいいのに」
「…………。………かっこよく、いたいんだよ。苗字さんの前では」

ああ、くそ。俯いてしまった。かっこよくいたいんだよ、ってオレ、かっこ悪すぎかよ。

「……私は、なんていうか。割と嬉しかったよ」

「え?」

思わず隣を向くと、彼女はほんの少し笑っていた。オレをからかう時の意地悪な笑顔とは違って、素直な笑顔。彼女は軽く上を向いて、歌うように軽やかに、そのまま言葉を続けた。

「手嶋くんってさ、いっつもスマートで、紳士で。それに、自転車競技部の部長やってたこともあるし、女子からの人気高いんだよ。知ってたかはわかんないけど。でも私、なんとなくスマートすぎて手嶋くんのこと正直得意じゃなかったの」

「……そう、だったのか」

「でもさ、今日の手嶋くん見て、ああ、手嶋くんにもそういう風にテンパっちゃうことあるんだなーって思って。……ちょっと安心したよ」


そして彼女は、こちらを見てニコッと笑いかけた。


「―――ああ、手嶋くんも私と同い年の高校生の男の子なんだなって」


「………」

その笑顔がキュートすぎて、思わず息を飲んだ。完全に不意打ちで、焦った心臓が鼓動を速める。けど、複雑な気持ちは拭えそうになかった。

「……私、そっちの手嶋くんなら、好きになれる気がする」
「え………」
「かっこよくてスマートな手嶋くんより、好きな女の子のために空回りしちゃう手嶋くんのほうが、私好きだって思った」
「…………それは。それは、オレの告白の答えってことで、いいの?」
「……ふふ。手嶋くん、何言ってるの? 答えもなにも、私手嶋くんに何にも問われてないよ。ただ好きだって言われただけだよ」

そして、「そうだったでしょ?」と、彼女は首を傾げて、意味ありげな視線をオレに送ってみせた。……ああ、なるほど、そういうことね。しかし、ここまで彼女にお膳立てされてしまうなんて、本気でかっこわりいな。

オレは、ふっと笑みを落とした。でもそれは自嘲めいたものではなく、諦めにも似た、どこか清々しいものだった。


「―――苗字さん」


自転車のハンドルをギュッと握りしめて、オレは立ち止まった。彼女も止まって、オレの方に向き直った。……心臓、ちょっとうるせェぞ。ここはビシッと決めたいところなんだよ、黙っててくれ。


「苗字さん、好きです。オレと付き合って下さい!」


「………はい、よろしくお願いします」


ぺこりと軽く頭を下げた苗字さんを見て、へなっと肩の力が抜けていった。思わずハンドルに額を押し付けて、ふーーっと深く息を吐く。「よかった…」と情けないストレートな本音が漏れる。相変わらず心臓はバクバクと激しく脈を打っていて、顔が燃えるように熱い。苗字さんが、そんなオレを見てくすくすと笑っている。みっともねェなと思いつつも、そんなことがどうでもよくなるぐらいに嬉しかった。

再び並んで歩き出す。足取りは、このままフルマラソンに出て完走できてしまいそうなぐらいに軽い。

「……今度は絶対高得点出して、苗字さんにアッと言わせてやるよ」
「それはそれは、期待しております」
「ああ、そうだ。苗字さんに歌を教えてあげるよ。オレの手にかかれば、苗字さんも一気にシンディ・ローパーだ」
「調子に乗るな82点男」

……やっぱり、彼女はなかなか手厳しい。でも、82点でも、それ以下でも、なんか、この人の前だったらそれでもいいかもな、なんて。口元を馬鹿みたいに緩めながら、そう思った。






>>雨宮様

リクエストありがとうございました…! 手嶋と音痴な女の子の話気に入っていただけたようで嬉しいです。しかし、ちょっと手嶋くんがカッコ悪くなってしまいました…。私が書くとカッコいいキャラもカッコ悪くなってしまいます…。
いつもいつも感想本当にありがとうございます! 泉田くんの長編連載してる時は雨宮さまのコメントにすごく励まされてました^^続編も増やしていくつもりなので、また見守っていただけると嬉しいです! リクエストお届けするのが遅れてしまいスミマセン、ありがとうございました〜!

2015 0411 依里

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