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名前変換無しのALLのSSです。随時追加していきます。
0911 手嶋純太+1

手嶋純太5

直線距離で2メートル。
薄暗い廊下の突き当たり。文化祭準備中という一年で一番学校が騒がしくなる期間では人気がない場所を探すのは至難の業で、結局旧校舎の最上階に呼び出してしまった。
直線距離で2メートル。
彼……手嶋純太、との、距離。

「えっ、と……」

発した声には緊張が隠しきれてなくて、慌てて口を結んでごくんと唾を飲み下した。
俯いた視界に、思わずそわりと身じろぎしてしまう私の下半身が映る。
こんな乙女仕草、私のキャラじゃない。そしてそれは手嶋もそう思ってるはずで。察しがいい彼じゃなくたって、きっと今から起こるイベントが何だか分かるだろう。

「手嶋……私、わたしっ、手嶋のことが、」

ガバッと顔を上げる。
目を合わす勇気はなかったけど、ちゃんと前を向いて、私は振り絞るように叫んだ。

「──好き……! い、1年の時から、ずっと……! 好きです……大好きですっ!」

その二文字を発声した瞬間、心の中にずっと押しとどめてきた彼への想いがぶわりと流れだして、感情の奔流に舐めつけられるように全身が熱くなった。
1年、2年と同じクラスで。きっと手嶋は、仲がいい女友達ぐらいの認識しかなかっただろうけど。ガサツで女らしくないキャラを隠れ蓑にして、ずっと隠してきた恋心。でも、隠れ蓑の裏で、どんどん成長し続けるそれに、歯止めがかけられなかった。
手嶋との色んな思い出がぶり返して、目の奥がつんと痛む。

「ごめん、ほんとは言うつもりじゃなかったんだ、手嶋、部長頑張ってて、それどころじゃないって分かってたし、」

視界が揺れて、手嶋に焦点が合わない。
6月にしてはいい天気で、窓から差し込む午後一の眩しい光がぼやけた視界で乱反射して、ピカピカ光る。

「だから、だからっ……彼女になりたいとか、そういうのじゃないの! でも、このまま伝えずに3年間終わるのが嫌で、友達のまま終わるのが嫌で、だから」

もつれる舌で、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

「絶対迷惑にならないからっ、手嶋の──手嶋の、『特別』になりたい……っ!!」

言った。
言い切った……!
ふうぅ、と震える息を吐き出して、私は恐る恐る手嶋の顔にピントを合わせた

「…………」

──あ、
あ。振られた。

ちらりと見えた手嶋の眉宇に、一番はっきり浮かんでいた色は『困惑』だった。

「オレも」
「ごめん手嶋今の撤回!! ごめん忘れて!!」

叫ぶなり、私は脱兎のごとくその場から逃げ出していた。がむしゃらに腕を振って、誰もいない廊下を走る。後方から「あっオイ!」と手嶋の引きとめる声が耳に届いたが、聞こえなかったことにした。

ばかだ、ばかなことをした。
勢い良く階段を下りながら、雪崩のような後悔が襲う。
絶対迷惑にならないから手嶋の特別になりたい? ばかげてる。好きでもない相手に、身勝手に気持ちを押し付けることそのものがもう迷惑じゃないか。玉砕覚悟の告白なんて、相手への負担にしかならない。そんなことに今気がつくなんて、私って本当に、どうしようもない間抜け。振られた辛さより、手嶋への申し訳無さで、悔やんでも悔やみきれない想いに強く唇を噛む。
その時、背後からパタパタというかすかな物音が響いてきた。

「待て!!」
「!?」

お、追いかけてきた!?
降り注いできた声に立ち止まってしまうと、真上の階段に手嶋の姿を捉える。
ギョッとしている暇はなかった。私は再び足を動かす。手嶋の「待てっつってんだろ!」という声に、「もう手嶋と話すことないから!」と前を向きながら叫んだ。

「お前が無くてもオレがあんだよ!」
「だからっ、さっきのことは全部忘れてって言ったじゃん!」

脇目も振らず、階段を下る、下る、下る。
1階にたどり着くと、新校舎への渡り廊下へ続く、両開きの扉を開けようとした。

「!?」

アルミサッシの引き戸から両手に伝わる、重い感触。
でしょ、閉まってる。

「──つかまえた」

方眼状の網入りガラスにペタリと手がつかれた。
ふう、と肩越しに伝わる吐息は、乱れているという感じではなく、むしろホッとしているようで、息が上がってる私とは対照的で、いやそんなことどうでもよくて。

恐る恐る後ろを向けば、至近距離に呆れたような手嶋の顔があった。
身体を翻して、手がつかれていない方から逃げようとしたら、それを察した手嶋がもう片方の手を、俊敏に窓ガラスについて、行動を制される。
結局、真正面で手嶋と向き合うことになってしまい、私はその近さと閉じ込められてしまった状況に身じろぎをする。

「全くなぁ。人の話は最後まで聞けって、学校で教わらなかったのか? お前は」
「……教わってない……」
「そうか。なら今日身を持って覚えるんだな。人の話を最後まで聞かないやつは、ネズミ捕りにひっかかったネズミみたいに捕まえられるんだよ」

こんなふうにな、と手嶋は余裕すら感じさせるような口ぶりで言う。
相変わらずよく口が回るやつだ、なんて頭の隅で思いながら、私は必死に視線を斜め下に逸らして、「どうせ……」と振り絞るように声を出した。

「どうせ、振られるぐらいなら。告ったこと自体無くして、友達でいたいんだよ……」
「…………」
「……すごく勝手なこと言ってるって、わかってるけど……」
「…………」

長い沈黙の後、手嶋は「そうか」とポツリと呟いた。

「わかった。無かったことにしてやるよ」
「! ……ありがと」

う、と続くはずだった言葉は、喉の奥に飲み込まれた。
ふに、と唇に柔らかいものが押し付けられて、それが何かやっと理解するころには、ゆっくりと離れていく彼の顔がそこにあって。
その頬は、内から色づくようにほんのり紅く染まっていた。
パチパチと、瞬きを繰り返す。

「──お前はもう、とっくにオレの特別なんだよ」

手嶋の、熱のこもった視線が、私の体から肺まで、がんじがらめに締め付けて、息が苦しい。
次の一言は、まるでストロボのように、鼓膜と脳に焼き付いた。

「好きだ」


【リクエスト:手嶋純太で「つかまえた」】
2020/09/11

東堂尽八2

目の奥がじわりと熱を持って、涙が滲んだ。
ぼんやりとした視界の向こう側で、美しいかんばせを持つその人の口角が緩やかに上がる。

「う、あ……はぁ、っ」

震える吐息と共に、言葉にならない音を吐き出していたら、そのうわ言を丸飲みするように彼の唇が私のそれに合わさって、口腔内を侵される。
丁寧で、優しくて、まるで恋人同士が交わすような甘やかなキスに、私の脳は更に霞がかっていく。
長い口づけの後、広いベッドの上、下品なピンク色の照明の下で、尽八は「可愛いな」と笑って私の頭を撫でた。

「こ、んなの……」

間違ってる。
だって私には、将来を誓い合った恋人がいる。
それは尽八とも仲が良かった男で、だから、いつも彼との間で不和が生じると、相談に乗ってもらっていた。今日も、そうだった。
──なんでこんなことに?
目の前の男は、スラックスのポケットから何かを取り出すと、それを自然な動作で口に含んで、なんでもないような調子で言った。

「いいじゃないか。あいつだって浮気しているのだから」
「!! それ、は──」

虚しいほどに弱々しい私の反論は、再び近寄ってきた尽八による、先程より荒っぽいキスに飲み込まれる。

「っふ、──んん!?」

ガリッ。

何かを噛み砕く音がすぐ近くで聞こえてきた、と思ったら、尽八の唾液と共に細かい欠片のようなものが私の口内に侵入してきて、驚く暇もなく、私はそれを飲み込んでしまった。
思わず尽八を突き飛ばして、けほっと咳き込んでしまう。

「な、なに……飲ませたの……!?」

酔っ払いといえど思い切り突き飛ばしたというのに、眉一つ動かさず、尽八は悠然と笑みを湛えている。
そして、言った。

「フ、危ない薬じゃない、ちゃんと市販されているものだ。効能は……まあ、言わずとも実感しているんじゃないか?」

──心臓が熱いだろう?

そう告げられて、ドキリと名指しされた部分が跳ねた。

(なに、これ……!?)

意識した瞬間、鼓動が全身に響いて、火をつけられたように、異常な勢いで身体の芯が熱くなってくる。
酒による酩酊とは違う、奇妙な浮遊感。世界の輪郭がぼやける中、浮き彫りになってくる、逸るような鼓動の音。
理性ではそんなのダメだってわかってるのに、ああ、何故か、目の前のこの男に、この湧き上がる衝動をなんとかしてほしいとすがり付いてしまいたくなるような、

「ワッハッハ! 新開から聞いた時は訝しんだが……その様子だと、効き目はバツグンのようだな」

噛み砕いて飲ませたのがよかったか、と言いながら尽八は近づいてくる。
そして、スラリとした綺麗な指で私の顎を持ち上げた。

「色んなことがどうでもよくなってきただろう? 裏切られた悲しみも、恋人のことも──これからオレとお前がセックスすることも」
「ぁ、う……」
「……実はオレも先程のキスで少し薬を飲んでしまってな。もう、正直、これからお前をどう犯すか、今はそれしか頭に無いのだ」
「……!!」

そう言う尽八の声は、切羽詰まっているみたいに少し上ずっていて。気にかけたこともなかった、逞しい喉仏が目の前で上下する。
いつもは切れ長の静かな瞳に、卑猥なピンク色のネオンが宿っていた。その、狂気すら感じさせるような笑顔の前に、私の女としての本能はぐじゅぐじゅに、とろとろになってしまって、もう、ああ、そうだね、なんかぜんぶどうでもいいや

「じんぱ、ち、はやく……」

たえきれずシャツにすがりつくと、美しい男は一瞬だけ恐ろしい獣の顔をして、それからこれ以上ないほどに甘やかで歪な笑顔で私の名前を呼んで、「愛してる」と囁いた。


【リクエスト:東堂尽八で「心臓が熱いだろう?」】
2020/09/03

岸神小鞠

攫われてしまいそう、と思った。

桜の木の下に立っとるのは、儚げな美少女ではなく、確かに京伏の制服を着た男の子やったんに。

「あの、大丈夫…?」

私はなんと、引き寄せられるみたいに、その男の子に声をかけとった。
彼の表情はほとんど変わらへん。

「何がですか?」
「いや……なんとなく……」

私は頬が熱くなるのを感じ、口早によく考えもせず言葉を吐き出す。

「さ、桜の下には死体が埋まっとるって言うやろ?」
「……」
「あんたを見たら、なんや、その、その死体が生き返って、桜の精霊に化けて出たんかと思ってん」

そう言うと、彼は目を弓なりに細めて、ニヤリと笑う。

「失礼な人ですね、あなた」
「う……」

そう言われてもしゃあないわと思う。
でも、私は目を逸らし、高鳴る鼓動を抑えつけて「ちゃうねん、」と言うた。

「妖しくて、怖くて……綺麗やなって、思てん」
「……」

男の子は私の言葉を聞いてしばらく黙ると、ふっ、と鼻を鳴らして微笑んだ。

「なるほど、これが巷でいうナンパってヤツですか」
「……!!」

た…確かにそう取られてもおかしくないわ。

「岸神小鞠です」
「へ?」
「ボクの名前」
「……」

なんとなく圧を感じ、私も自分の名前を名乗った。岸神くんは「そうですか」とさらりと流した。

「ボクの『中身』が知りたければ、自転車競技部へどうぞ。まあ、来たとしても……あなたに見せるかどうかはわかりませんが」
「……」
「ボクの興味が引けるように、精々頑張ってください。ナンパさん」

男の子は桜の下で柔和に微笑む。

「……やっぱり」
「?」
「化けもんやろ、自分」

その笑顔の皮膚一枚剥いだ下に、どんな怪物を隠しとるんや。
そう、顔を強張らせてつい口走ってしもた私に、岸神くんは私を品定めするように笑顔を潜めた。
それから再びニィっと笑って、私にぐいっと近すぎるほど近づいて、「前言撤回」と告げる。

「興味が出てきました、あなたに」

私は背筋がぞくぞくしながらも、彼から目を離せへん。
すべてを覆い隠すような桜の花びらの中で、私と岸神くんの物語は始まった。始まって、しもたんや。
2020/03/30

石垣光太郎

オレはぼうっと、LIMEのトーク画面を見る。
最後のやり取りは5日前で終わっている。

大学1年の時から付き合うてる彼女。社会人になってから会う機会がめっきり減った。しかも、最近は会社のほうから資格を取れ言われたらしく、その勉強で忙しいらしい。

(アカンなオレは……声が聞きたいなんて……)

 彼女はきっと今も勉強頑張っとるんや。

(がまん……がまんや光太郎……!)

と思ったその時、ピロンと震えたスマホ。なんと彼女から、「今何してる?」と白い吹き出しが出てた。
あ、あかん。向こうにオレがトーク画面見てたことバレてしもた…!

『うちとのトーク画面見てたんか笑』

顔が熱くなる。

『その通りや、なんか悪いか』
『いや。笑うわ、実はうちもやねん』

うちも、光太郎とのトーク画面、ぼーっと見てた。
連続して表示される白い吹き出しに、思わず目を見開く。そして、ふはっと笑みが零れた。幸せな気持ちが心に充満していく。

『以心伝心か、俺らは』
『そうみたいやね』

オレは、ずっと打ち込みたくて、がまんしてたその言葉を打ち込んだ。

『声聞きたいわ』
『うん、うちも』
『ほな、かけるな』
2020/03/29

手嶋純太5

3年間、ずっとオレのことを好きでいてくれた女の子がいた。
 
1年の時同じクラスで、2年は違ったけど、廊下ですれ違うといつも挨拶してくれて、告白されたのはその年のバレンタイン。でもオレは彼女の気持ちに応えられなかった。ごめん、と謝るオレに、彼女は『そんな気がしてた』と苦笑いして、『まだ好きでいてもいい?』と辛い気持ちを押し隠すように笑顔で問いかけた。オレの何がそんなにいいんだろう、と思いながら、断りきれなかったのは、きっとオレも彼女に淡い恋心を抱いていたから。
2回目の告白は、最後のIHが終わった9月。その時もオレは彼女の気持ちに応えられなかった。部活が終わったからはい恋愛、って急転換できるほど器用じゃねーし、付き合ったとしても受験で恋人らしいことはできないだろうし、何より、彼女がオレに向けてくれてる大きな矢印を利用して、「彼女」にして、いい思いに浸るのは誠実じゃないと思ったんだ。その時も彼女は『そうだよね』と苦笑するだけだった。

──そしてむかえた、卒業の日。
 
事前に言われていた、ブレザーのボタンを渡すために、オレは彼女のクラスへと出向いた。

「予約されてた品をお届けに参りました」
「ふふ、待ってました」

ボタンを渡すと、彼女は「大事にする」とポッと色づくように頬を染めて微笑んだ。
その微笑みを見て、オレの中の淡い恋心が、潮騒のように遠いところでさざめいて、消えていく。

「──卒アル」
「え?」
「書き合おうぜ、お互い」

メッセージ。
と言えば、彼女は想定外だったのか、「う、うん! ぜひ!」とあたふたしながらコクコクと頷く。
渡された卒アルの最後のページには、すでに友達からと思われる色とりどりのメッセージがたくさん溢れていた。
オレは黒いマジックを借りて、隅の方のあいてるスペースに、少し悩んだあと、心の赴くままにペンを走らせる。緊張で、めちゃくちゃ下手くそな字になった。

向こうが書き終わるのを待ってから、お互いに卒アルを返す。
オレの卒アルには、『手嶋くんのおかげで3年間楽しかったです。ありがとう。』と、やはり震えが表れたような、拙い字が綴られていた。
胸がギュッと締め付けられるのと同時に、オレからのメッセージを読んだ彼女がほろほろと泣きだした。

「……!」

2度も振っても決して泣かずに笑ってた彼女が。声を上げずに涙を流していた。
オレは何も言わず、ブレザーからタオルハンカチを取り出すと、彼女の涙を拭っていく。
教室の中は、写真を取り合う生徒達のにぎやかさで満ちていたから、オレと彼女との、卒アル越しの心と心の会話は、誰にも聞こえなかった。

『3年間ずっと好きでいてくれてありがとう。一生忘れません。手嶋純太』
2020/03/27

チームSS

こんこん、こんこん。
私がせきをするたびに、みんながいやな顔をする。
ちゃんとマスクしてるし、そもそもこれは喘息だからうつらないのに。
となりの席の男の子が、うんざりしたように「オレまじでこいつの隣やだー、きったねーもん」と大きな声で言いふらす。わたしはますます背中を丸める。

と、そんな時、

「オイ! 言いたいことがあんなら本人にちょくせつ言えばいーだろ! きたねーのはおまえの方だ!」

幼馴染の一差が男の子に指をつきつけた。
と思ったら、私にも指をつきつけて、

「おまえもおまえだ! うつらないんだからちゃんと言い返せ! えーと、なんだっけ、せんとう? なんだから!」
「一差。喘息だ」

かけつけてフォローを入れてくれたのは、同じく幼馴染の竜くん。
私はいつも、この二人に助けられている。
情けないなぁって思う時もあるけど、本当に本当に、私の心の支えだ。

その帰り道、「今日はありがとう、二人共」と言えば、竜くんは「お前があやまることじゃない。相手が悪いんだから」と優しくほほえみ、一差は「べつにお前を助けたワケじゃねーし」とそっぽ向いて言った。

「そーだ! もうマスクに書いとけよ! うつりませんって! 待ってろ、今マスクにマッキーで書いてやる!」
「一差。それはマスクの内側がマッキーくさくなるやつだから、やめとけ」

いつも通りの二人のやりとりに、私はマスクの内側でくすくす笑った。





それから10年後──。

もう立派な自転車乗りになってしまったから、登下校は別々になっちゃったけど、あの日と変わらない、一差がバカなことを言って、竜くんがそれをフォローするという、安定のやり取りを、私の机の前で繰り広げる二人がいる。

「あははっ!」

耐え切れず、思い切り吹き出してしまう私に、二人が会話を止めてこちらを見た。

「……どうしたの?」
「いや。お前の笑顔が堂々と見られることに、まだ慣れてなくてな……」

少し照れくさそうに竜くんが言う。
そう、完治したわけじゃないけど、私はもうマスクをしなくていいほどに、状態が良くなっていた。

「オレはべっつに、そういうワケじゃねェけど」
「嘘をつくな一差。本当は嬉しくてたまらないくせに」
「は!?思ってねェし!!」

一差は「オイ、思ってねーからな!? かわいいとか1ミリも思ってねェからな!?」と私の机を叩く。

私は思い切り口を開けて笑いながら、ああ、この二人のことが大好きだなぁと思った。
2020/03/26

手嶋純太4

溺れる。
誰かが私の名前を呼んでいる、私は藁をも掴む思いでその声にしがみつく。

「──っ! …ハァっ、は……」

まとわりつく悪夢を引き剥がし、目を開けると、そこには心配そうに私を覗きこむ純太がいた。

「大丈夫か? すげーうなされてたぞ……」
「ん……ちょっと、怖い夢見ちゃって」

呼吸を整えながら、「ごめん、大丈夫だから…」と言うと、「ばか」と苦笑された。

「よし! 今からキッチンに行って、一緒にホットミルクを飲もう」

蜂蜜たっぷり入れてな、と彼は悪戯っぽく笑う。

「え……」
「それで落ち着いたらベッドに戻って、手嶋純太プレゼンツすべらない話をお前が眠るまで聞かせてやる」
「それ逆に寝れないヤツじゃない…?」
「じゃあジュンタ・テシマによる子守唄大会かな」
「ただのカラオケになる気しかしない」

私は少し考えて、純太のパジャマの裾を掴んで、「……じゃあさ」と上目遣いで彼を見た。

「私の好きなところ、1つずつ数えてって」
「……羊の代わりに?」
「そう」
「……かなり過大な要求だけど、そんな可愛い顔されたら断れるわけねぇな」

純太は眉を下げて笑うと「さ、とりあえずホットミルクだ」と言って、起き上がる。
私達は、まるで付き合いたてのカップルのように、手を繋いでキッチンまで向かった。
2020/03/25

荒北靖友

「ぎやあああ!」

突然叫んで飛び起きた私に、隣で寝ていた靖友が「ぁんだァ…?」と声を上げる。
私は「出た!出たの、ヤツが!」と言って、電気をつけた。
そして、ベッドの上で靖友に向かって土下座する。

「靖友先生、お願いします」
「ったく、いちいち蚊が出たくらいで大騒ぎすんじゃねェヨ……」

靖友は蚊を見つけて必殺するスペシャリストだ。彼は「しゃーねェな」とかったるそうに降りて、意識を集中させる。10数秒後、「そこォ!」と言う声とパァン!という音が響き、無事蚊は抹殺された。

「さっすが!ありがとう靖友!さ、手ぇ洗ってきて」
「ン」

ホッとしてベッドに入ると、私はその違和感を覚える。
………痒い。

「さ、寝んぞ」
「靖友……刺されたぁ……」

人差し指の第二関節のところが、ぷっくり赤くなっている。刺されるとすごく痒くて辛いとこだ。

見せつけるように指を差し出すと、靖友は「アー…」とぼんやり眺めたのち、いきなり手を取って、ガブリと腫れた場所に噛み付いた。

「っ!?」

そのまま、ひたすら骨に噛み付く犬みたいに甘噛みされる。驚いてる暇もなく、絶妙な痛気持ち良さと恥ずかしさに悶絶していると、最後にぺろりと舐められて解放された。

「ハイ、消毒終わりィ」

そしてそう言うと靖友は、糸が切れたようにパタンと寝てしまった……。
……眠かったのかな……私も洗ってからムヒ塗って寝よう。
2020/03/23

東堂尽八

「いらっしゃいませ〜〜あ、尽八くん、こんにちは」

お隣の東堂庵さんの長男くんだ。「いつもお世話になっております」と彼は礼儀正しく微笑む。

昔から旅館に飾る花をうち(花屋)に頼んで下さっているお客様で、大体受け取りに来るのが尽八くんなのだが……

「あれ? 予約貰ってたっけ…?」

と聞くと、彼は「いえ、今日は僕が個人的に買いにきました」と言い、「薔薇を3本、包んでいただけますか?」と上品に微笑む。

「はーい、かしこまりました」

作業に取り掛かりながら、「もしかして、誰かに告白〜〜?」と揶揄れば、彼は「…はい。好きな人に」と答える。

「薔薇で告白なんて、ロマンチックだね。絶対成功するよ!」

内心、春から高校生の15歳にしてはませすぎてると思いながら、ラッピングを終えて、彼に「はい、どうぞ」と渡して、会計を済ませた。

「ありがとうございました」

お辞儀をして顔を上げると、そこには頬を少し紅潮させた尽八くんが、帰ろうとせずに立ち尽くしている。

「……好きです」
「へっ?」
「あなたのことが、ずっと前から好きでした」
「え、え、」

私に向かって差し出される薔薇の花束。
そういうことだったの!?
まさかの展開に大人気なく狼狽える私に、尽八くんの追い打ちは止まらない。

「春から寮住まいなので、その前に伝えたくて」
「………」
「今はまだ15歳で、子供だけど、高校卒業したら18歳になります。その時にもう一度来ます」
「あ、あの、尽八く
「そしてその時に……結婚を前提にした交際の申し込みをします」
「!?えっ、」

け………結婚!?!?

「だから、3年だけ待っててください。あなたを幸せにするだけの立派な大人の男になって、帰ってくるので」

尽八くんはそう言うと、「それでは……お元気で」と言って、颯爽と店を出て行ってしまった。

……薔薇の花束を抱え、店内に一人残された私は、心の中で盛大にツッコむ。

(いや──私の気持ちは!?!?)
2020/03/21

御堂筋翔

「御堂筋くん大変。今日地球滅亡するらしいよ」

隣の席の彼に向かってそう言えば、その首がゆらりとこちらを向き、ファ? という顔をしながら、一音一音ゆっくりと「アホくさ」と返された。

「今時そんなアホな噂信じんの、キミィか自分の頭で考えることを放棄したザク以下共ぐらいやで」
「いや、私信じてないよ。でもそういう噂が流れると、信じてなくてもちょっと不安になっちゃうじゃん。だから、絶対に1mmも信じないって確信できる御堂筋くんに、バッサリ不安を断ち切ってもらいたかったの」

そこまで言って、「だからありがとう」と微笑めば、一通りぽかんとした顔で聞いていた彼は、「キモ!」と言って、苦虫を噛み潰したような表情になる。

「つまりはボクゥのこと利用したワケか」
「利用っていうか、信用っていうか、まぁ」

私にとっては、スマホの向こう側の誰かの言葉より、隣の彼の言葉の方がよっぽど信頼できるのだ。

「ヒィーコワッ、ホンマ油断できひん女やわ」

わざとらしく肩をさする御堂筋くんに、くすりと笑みが溢れる。

窓の外を見れば澄んだ青空。
今日も世界は平和だ。
2020/03/20
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