!かっこいいサブウェイマスターはいません。


ぼくクダリとノボリはそっくりな双子。
ぼくらはもともと一個のたまご?だったんだって。不思議だねぇ、どうしてふたつになっちゃったんだろう。
でも嬉しい。これってとっても素敵なことだ。だって大好きな人となにもかもおんなじってことでしょう!
顔も一緒、背丈も一緒、体重も一緒、身体に流れる血も絡めあう唾液も、遺伝子ごとぜんぶぜーんぶおんなじ。
ぼくはそれがとっても嬉しかった。ぼくはノボリが世界で一番好きだから、大好きなひととぼくが何にも変わらない成分で作られてるってことはすごく名誉なことに思えた。
だってぼくの他にこの世の一人もぼくのノボリを真似ることはできない。
ぼくより近い場所に立つことなんて、世界の誰も許されていないんだ。それは神様からたったぼくだけに許された特権。
ぼくとノボリを形作る遺伝子は、体中に刻み込まれてどこもかしこも同じ色。何をしたって永遠ぼくらを区切ることはできない。
ぼくは誇らしくて嬉しくて、これほど強くて破り難い絆は他にはないよねって言ったら、ノボリも恥ずかしそうに顔を伏せてこくこくと頷いてくれた。
ぼくとノボリはそっくりな双子。ぼくがノボリとおんなじ形をして生まれてきたのは、きっとノボリをぼくだけにプレゼントするためなんだ。


そう、今も昔もノボリはぼくだけのノボリだし、ぼくもノボリだけのクダリだと思っている。
もともとひとつだったぼくらを邪魔することなんて、他の誰にだってできないんだ。だから心配することはないって思っているのだけど…。
ぼくらは双子。形はなにひとつ間違いがないパーフェクトな双子だ。
でもぼくらは本当に不名誉なことに、間違えられることはとってもとっても少ないのだった。もうぼくは全然面白くない!
確かにぼくはノボリと比べてあんまり真面目じゃないし、ノボリもぼくよりむっとしたような顔でいることが多い。
みんなはそんなぼくらの雰囲気を嗅ぎ分けて、目を瞑ったってどちらがどちらか当ててみせるのだ。むかつくよね。
中身まではまったくおんなじにはならなかったから、ぼくは残念だった。
時に全然似てないとまで言われて、悲しくなることもあった。
そんなとき泣きべそをかくぼくをノボリが優しく撫でて、わたくしは甘えんぼな貴方がすきですよって言ってくれるから、ぼくはまだ堪えられたけれど、せっかく双子なのにこれじゃあちょっと様にならない。
だからぼくはノボリの真似をたまにしてみて、いつでもノボリになれるぼくであることを確認していた。
だってちょっとだけ不安なんだもの。ノボリは女の子に優しいし(男の子には恐いけど)、バトルも強いし、仕事中のノボリって最高にかっこいいし。
いつかノボリを誰かに取られちゃうんじゃないかって、ぼくはとっても心配。
ノボリの側にいていいのは世界でぼくだけだっていうのに、みんなわかっているのかな。
鉄道員たちに至っては双子だってことすら忘れていそうで(まるで別物のような扱いをぼくは受けているんだ…同じサブウェイマスターなのに…)、ぼくとノボリを繋ぐせっかくの絆でさえなんだか脆いものに思えてしまう。
ぼくがたまにノボリのふりをしてステーションを歩いているのは、そんなふうに不安なときなのだ。
ノボリはそれをよくわかってて、このときばかりは黒いコートを貸してぼくの気の済むまで休憩室から出ないでくれる。
そうするとみんなはぼくをノボリと見分けることができなくって、それがとても嬉しかった。
ああ確かにぼくとノボリはそっくりな双子なんだって思い出すことができて、救われたような気持ちになる。

だからたまのこの遊びがぼくは大好きだった。
つい昨日もやったんだよ。ノボリの黒いコートを借りてね。
トウコちゃんとトウヤくんはすっかりぼくをノボリだと思って、クダリのぼくには見せない顔をしてたから、ぼくは少しびっくりしちゃった。
トウコちゃんは何故かぼくの二の腕をむにむにしてニヤついてたし、トウヤくんはぼくをずっと恐い顔で睨んでいた。
トウコちゃんは筋肉フェチなのかな、ぼくよくわかんない。でもちょっと危なさそうだから今度ノボリに気をつけてって言っておこう。
それよりトウヤくんが恐かった。ノボリって男の子には結構厳しいから、もしかしたらまたぼくの知らない所で喧嘩を売っていたのかもしれない。
うちの兄がごめんねトウヤくん。
でもさり気なくぼくの足を踏み続けるトウヤくんも負けてなさそうだね。
ノボリならこんなときどんな顔をするかなって考えて、ぼくは心底不機嫌なときのノボリの顔を思い出しトウヤくんにそれを向ける。
すると瞬時に空気を読んだトウコちゃんに引き摺られて、トウヤくんは何事かを言う前に帰ってしまった。
最後まで気づかれなかったぼくは大分満足をして、自分もノボリの待っている休憩室に帰ることにした。
休憩室に戻ると、だいたいぼくのコートを着ているノボリに出くわすけど、なんてことはない。
慌てるノボリにぼくは普段の兄みたくめっ!と叱ってやるのが最後の楽しみなんだけど、それを知っていて、わざと着ているのかもしれないしね。
でも本当に叱ってるわけじゃないよ。ノボリの真似。
優しいノボリを本気で怒るなんて、ぼくにはできないよ。
ノボリはぼくにはすっごく優しい。いつもぼくのことを考えてくれるんだ。
ぼくはノボリが影でぼくの真似を練習していることを知っている。これだってきっと練習の一部なんだ。
たとえちょっと血がついてても、気にしないよ。
おんなじであるように、ぼくが不安にならないようにちゃあんとクダリを練習してくれているんだよね。ありがとうノボリ兄さん!
でも鏡の前でぼくのコートを着てノボリ、と甘く呟く兄さんのいつにない真剣な目は、ぼくの頭にしばらく残って離れなかった。


ぼくも鏡の前に立ってきゅっ、と口の端を下げてみる。きりりとした眼差しで鏡を見つめると、ぼくは仕事中のノボリそっくりだった。
まじまじと鏡を通して真似をしている姿を見ることはそんなになかったので、ぼくはその完成度の高さに内心どきどきした。
もしかしたらノボリもあの時は鏡の前を見てこんな気持ちだったのかもしれないな。ノボリにじっと見つめられてるみたいで少しくすぐったい。
せっかくだったから、ぼくは色んなノボリの顔をしてみることにした。困った顔、照れた顔、怒った顔、嬉しそうな顔。
どれもとてもよく似ていて(まぁ当前だけどね)、まるで本物のノボリがぼくと遊んでくれているようだった。
いつしか時間を忘れて夢中でノボリごっこを楽しんでいると、ふと鏡の後ろに本物のノボリが写っているのが見えた。
ぼくがえらく熱っぽい目をしてクダリ…と呟いていたときだった。

「な、な、なにを、しているのですか、クダリ…」

「なにって、ノボリごっこ」

「なぜ、そこでやっているのですっ?」

「え、ノボリもやってたでしょ?鏡の前でクダリごっこ」

「………それって、いつのことでございましたっけ?5歳くらいのときでしょうか…?」

「やだなぁつい昨日のことだよ、忘れちゃったの?でもね、完璧じゃないのぼく。ノボリみたいに鼻血出なかった」

「あばばばばばば!!!」

すっかり取り乱して発狂しているノボリは顔が真っ赤でなんだか可愛い。
ついでにわけのわからない雄叫びを上げていたけれど、それだってぼくも家の中で黒光りするあの虫を見つけたときにしていることだったから、べつに構わないかなって思えた。
たださっき洗濯籠に投げ入れたはずのぼくのパンツを振り回したり、安心を求めて顔を埋めたりするのは、さすがにやめて欲しいなって思った。
ぼくが簡単に真似できないことをされるのは、ちょっと困る。やっぱりいつまでもそっくりでいたいじゃない。
ね、ノボリ、ぼくがノボリだけのぼくでいるために、ノボリがぼくだけのノボリでいるために、あんまり変態さんにはならないでね。
ノボリはぼくにすっごく優しくしてくれるからぼくも少しは許してあげるけど、パンツを盗んだりコートを血で汚したり人を脅したりするのは本当は犯罪なんだよ?
ぼくを好きなのは嬉しいんだけど、真似を躊躇うことはほどほどにしてね。
ずっとずっとそっくりで仲良しの双子でいれたらいいなって思うんだ。似てない双子なんてぼくは絶対嫌だよ。
ノボリとぼくの二両編成なんでしょ、あんまり一人きりで遠いところへ行かないでね。
どうかお願いね、大好きなノボリへ!


あいのしれん


(クダリ、このお手紙は…?)
(ぼくが好きならパンツを返してって言ってるんだよ)
(!!?)



10.10/love trial


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