ナマモノにつき注意
「これを、あの子に渡してくれないかな?」
灰色の壁を背にそう、恥ずかしげに、少し困ったようにはにかんでいった彼の表情は私にとってとてもとても残酷で。だってソレは、彼の最近の隈の原因のソレは…決して私に宛てられた物ではなくてあの子に宛てられた物だから。
「私、Revoさんのこと、好きなんです」
この前聞いた彼女の言葉が耳を離れない。貴女はまだ気づいてないようだけど、ソレはソウシソウアイだよ。…なんて間違っても言えなかった。だって、私だって、彼に恋い焦がれていたから。すっかり灰色の心が音を立ててグニャリ、歪む。
私の方がずっと前からずっとずっと好きだったのに、なんで、なんで。
せめて彼女が彼を嫌いだったら、私はきっと……
有るはずない仮定だ、なんてコト分かり切ってるのに、そんな妄想して、馬鹿みたい。自嘲の笑みが口端から零れる。
でも、それでも……
醜い感情に押し流れそうで意識を保とうと右拳をギュッと握ると、私が右手に持つソレがグシャリと歪んだ。
彼の思いの結晶。彼の彼女に対する恋情のカタマリ。
そう思うと、なんだかソレがとても憎らしげに見えてきた。親の敵、とでも言わんばかりに。
(……)
窓から見るどっちつかずの鈍色の空模様は、ワタシだ。綿に染み込んだ灰汁のように汚れて、私の心内のように黒い。
一つ小さく溜息をつけば、亡くなった幸せが空に融けていく様だった。彼は憎めない癖に、ソレは憎める自分が情けなくて憎たらしくて見窄らしくて醜い。鳴々、このまま空気と化せたらどんなに良いんだろう。
(コレ、さえ、無ければ)
少しクシャクシャになったソレを睨む。コレさえ無ければ。
次の瞬間には左手のライターがソレに火をつけていた。端についた火は徐々にその足を広げ、あっという間に火は広がった。赤く燃えるソレからは細い煙がたなびいて、いつかみた火葬のようだ。彼の気持ちの結晶の火葬であり、私と彼との関係の火葬。
手に持つソレは少しずつ灰と化し、床に零れ落ちていく。
(これが無くなったって、どうせ。)
事実なんて、どうなるかなんて、分かりきってる。
それでも、願わくばこの火が頬を伝う水に消されてしまいませんように。