頭が重い、痛い。
辛く、苦しい。
俺は一体どうすればいい。一人でなんて、できることは限られてる。
俺はエステルみたいな権力もなければ、リタのような頭もない、バウルも居ないからジュディのような移動もできない。俺の世界は、この狭い騎士団と下町だけだ。
ならどうすればいい。


なぁ、俺は、









「あ、ユーリ起きた!?」

子供特有の高い声が頭を通り抜けた。急に明るくなった視界に何回か瞬きを繰り返す。頭がひどく重かった。

「もう、いくらなんでも寝過ぎだよ!昨日どれくらい飲んだのさ!」
「え、あ、俺…?」
「寝ぼけてるの?昨日みんなで宴会したじゃない。ユーリもレイヴンもすっかり酔っちゃってさ!」

辺りを見回すとその光景に見覚えがあった。随分と立派にはなったが、オルニオンの仮の宿屋として使われている場所。そのベッドから上半身だけ起き上がらせると向かいのベッドの上で紫色の物体がもぞもぞと動いていた。

「おっさ…?」
「早く起きてよ?もう朝食できてるんだから!」
「カロル…」

そう言ったカロルは眠りこけるレイヴンに容赦なく飛び乗る。途端に悲鳴を上げ唸るレイヴンと起こそうとするカロルをぼんやりと見ながら、俺は痛む頭に手を当てた。

「飲んだ…。オルニオン、で」
「平和になったからってもうボケちゃったの?やることはまだまだいっぱいあるんだよ!凛々の明星だってもっと忙しくなるんだから!」
「凛々の明星…」

そうだ、俺は、俺たちは。星蝕みを倒して、昨日、オルニオンでみんなで宴会をして。本当は昨日、レイヴンに応えようと思った。でもそれどころじゃなくて、二人とも酔っぱらって。いつの間にか寝ちまって。
誰も、フレンでさえそれを咎めなかった。最高に気分がいい夜だった。

「ユーリー、あっさなっのじゃー!」
「ワンッ」

ドアが勢いよく開いてパティとラピードが顔を出す。いつもは三つ編みにしている髪をお団子にしていた。

「似合うかの?」
「あぁ、似合ってる」
「ふふ、エステルにしてもらったのじゃ」

自慢げに髪を揺らすパティの頭を撫でてやり、痛む頭を堪え立ち上がる。寄り添うようについて来るラピードと一緒に宿屋を出る。

「ちょ、待っ、待って。ギブ、ギブー!!」
「うちも混ぜるのじゃー!」
「ぎゃああああぁぁぁぁ」

「…何、やってんだか」

呟いた言葉は、誰に対してだったのか。







「ユーリ、おはようございます!」
「ねぼすけさんね、どれだけ飲んだのかしら」
「あんた、昨日ぐでんぐでんだったわよ、おっさんと一緒に」
「…全く覚えてねぇな」

昨日はとにかくみんな上機嫌で、酒を飲んで飲んで、とにかく食べて飲んで騒いで。帝国もギルドも関係ない大宴会だった。でもフレンと飲んで、その後でおっさんと飲んだ辺りから記憶が無い。相当酔っぱらっていたということか。と言うことは、この頭痛は二日酔いらしい。

「おじ様は?」
「カロルとパティが二人がかりで起こしてるよ。フレンは何処に行ったんだ?」
「他の騎士どもと訓練よ。ったく、どんだけ真面目ちゃんかっての」
「でも凄いんですよ。昨日だってユーリたちをベッドまで運んだのはフレンなんですから」
「げ…マジか」

それはあまり好ましくない。あまりあいつに世話になりたくはないし、昨日は見逃したが今日になったらぶちぶちと文句を言われるだろう。暫く訓練から戻って来ないといい、なんて考えていると背後でドアが開く音がした。

「あぁユーリ、やっと起きたのか」
「朝っぱらから訓練お疲れさん」
「もう体が慣れてしまってね、意識したわけではないのに目が覚めた」
「さすが現役様ってか」
「それよりユーリ、昨日は何も言わなかったけど、」
「あー頭痛い。エステル、水あるか?」
「あ、はいっ。ちょっと待っててくださいね」
「ユーリ」

フレンの咎める声も無視してエステルが持ってきてくれた水を飲む。しかし頭痛は弱まらない。これまでの疲れも出たのかもしれない。少しするとレイヴンたちもやってきて、少し遅いが俺たちは朝食にありつくことができた。

さすがに食事中にまで説教を持ち込むほど野暮ではないらしく、恨めしそうな視線を寄越しながらもフレンは何も言わない。
エステルたちが準備してくれた朝食を食べながらふと視線を上げると、偶然レイヴンと目があった。向こうも二日酔いが残っていたのか蒼い顔をしたまま小さく笑う。返事をしようとしていたからか気まずく、少しだけ気恥ずかしく、俺は視線を逸らす。それにまた笑ったのが気配でわかった。

「あ、パティそれ僕のだよ!」
「さっさと食べないのが悪いのじゃ」
「パティ、お行儀悪いですよ?」
「ぼーっとしてる方が悪いのよ。好きな物は最初に食べる、これ基本でしょ?」
「あら、好きな物だけを食べることを『最初に食べる』とは言わないと思うのだけど」
「うぐっ」
「あーらリタっち。また好き嫌い?」
「ち、違う!これは、その、最後に食べようと…」
「リタ、好き嫌いをしたら大きくなれないよ」
「うるっさいわね!食べるわよ!ちゃんと!」
「…ワフ」

賑やかな朝食。あぁ、平和だ。
星蝕みはなくなった、エステルもレイヴンも、もう他人のせいで命の危機にさらされることはない。全く無いとは言い切れないが、とにかく暫くは大丈夫なはずだ。

ふと、昨日の夢が頭をよぎる。

「ユーリ、どうしたの?」
「…変な夢、見てたんだ」
「夢ぇ?」

長い長い夢で、うっすらとだが覚えている。

「なんか、俺がいきなり過去に戻るんだよ。で、体も戻っちまってて、騎士団にまだ居るんだ」
「あら、何かの物語みたいな展開ね」
「んで、アレクセイの野望を止めようと俺は騎士団に残っておっさんの隊に入るわけだ」
「んぇ、おっさんのぉ?」
「で、で、どうしたの!?」
「ユーリのことじゃ、アレクセイをぼっこんぼっこんにしたんじゃろ?」

お子様たちが本当に物語を聞くように目を輝かせて続きを急かす。だがいくら記憶を探っても夢なんてものは鮮明に覚えている筈もなく、さてどうだろうなと適当に濁してエステルの淹れた紅茶を飲み干した。

「えー、ユーリ、続きは?」
「アレクセイをぼっこぼこにしてみんな幸せになりましたとさー、めでたしめでたし」
「もう、心がこもってない!」
「いいんだよ、夢はどうせ夢だ。今が平和なら、それで」
「…似合わないな、ユーリには」
「なんだよ、それ」

だってそうだろ?星蝕みはもうない、もう何も心配することはない。平和なんだ。




頭が、痛い。








目が覚めるとそこは見慣れてしまった騎士団だった。頭上にはフレンが寝ているベッドの底が見える。辺りはまだ薄暗く、同室の誰も起きる気配はなかった。

「…なんつー、都合のいい、夢」

仰向けに寝直し、額に手をやる。頭がズキズキと痛んだ。

「……最悪だ」

なんで、あんなものを夢に見た。なんで、あんな。
俺は決めた、後悔もしていない。当たり前だ、選択肢は限られていた。
でもずっと考えていた。なんで、俺が、俺だけが。

「(いいや、寝よう)」

こんな後ろ向きな思考になるのはあの平和すぎる夢のせいだ。何も問題事がない、今の俺とは正反対の俺。
そんなものは寝て忘れてしまうに限る。こんなのに呑まれてしまうくらいでは、俺は前には進めない。


それにあの夢で、再確認できた。
俺が守りたいのは、俺が望む平和は、あの朝食の時のような騒がしさだ。



「(…そう言えば、また返事しそこなったな)」



まぁ、いつか言えればいい。
俺の望む平和が戻ったら、その時にでもゆっくりと。




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