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決して平和な時代ではなかった。
忍として生き、忍として死んだあの時代。
けれど幸せだった。
少なくとも今よりは。
「あ、名字、作兵衛見なかった?」
『さっきあっちで見かけたよ。』
「そっか、さんきゅー。」
『ちょ、次屋!そっちじゃない!』
次屋、なんて平気な顔で呼べているのは前世の鍛錬の成果だろうか。
輪廻転生というものを経験してから何年も経った。
学校に通うようになると出会いが増える。
前世の記憶だったはずの仲間、先輩や後輩との出会いも。
転生したのは私だけじゃなかったらしい。
みんな前世での記憶があって安心した。
そしてやっと、この学校に入学して恋仲と再会した。
のに、
「いつもわりーな。」
『別に、好きでやってることだから。』
「なんていい友達だ。」
『でしょ?』
彼には記憶が無かった。
何故無いのかは分からないけれど、彼は私を名字と呼んだ。
前はお互い名前で呼び合っていたのに。
また仲良くなればいいと思ったけれど、仲良くなるにつれて苦しくなる。
友達の関係じゃ虚しいだけ。
記憶が無くても私は三之助が好きなんだ。
「名字?急に黙って、どうかした?」
“名前、”
優しい声で名前を呼んでくれる君はもういない。
恋仲だった三之助はいない。
『いや・・・なんでもない。』
もう我慢できなくなりそうだった。
何もかも投げ出して泣いてしまいたい。
誰とも再会できないように閉じこもってしまいたい。
あの頃に帰れないのなら死んで別の世界に生まれたい。
次の瞬間、左の目元に次屋の唇が触れた。
『な、にしてんの、』
もう彼は恋仲じゃない。
それなのにどうして前世の三之助みたいなことをするの。
この想いが驚愕か拒絶かは自分でも分からない。
「なんか、泣いてるような気がして。」
ばかじゃないの。
言えなかった。
だってその表情は前世の時と同じ赤い顔。
あぁ、記憶は無くても三之助は三之助なんだね。
「・・・俺、お前のこと好きなのかも。」
だから付き合って、って。
記憶無しの無自覚め、告白のセリフも前世と同じなんてずるい。
今だけは許してあげるから、前世の記憶を塗り替えて。
『名前で呼んでくれるなら、いいよ。』
巡り巡ってもまた君に恋がしたい
With:sorrow,唇蝕