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同棲というものを始めて半年が過ぎた。
最初のうちと比べると大分慣れてきて、今ではお互いの味の好みも完璧に把握している。
涼太はモデルを続けていて相変わらず忙しかった。
今日もお仕事だったけれど、ピンポーンとインターホンがなったので帰ってきたようだ。
「ただいまっス!」
『おかえりー』
私達はただいまのちゅーはしない代わりにただいまのぎゅーをする。
私がキスを断ったので涼太なりの妥協案だ。
ビニール袋を手にしている涼太と、いつもの位置であるテレビの向かい側のソファーに座る。
『お疲れ様、コンビニ寄ってきたの?』
「まぁ…あ!名前っちの好きなやつ買ってきたっス!」
『ありがとー』
袋から出し手渡されたお気に入りを飲みながら思う。
涼太の様子がおかしい、というかなんかソワソワしている。
はて、今日は何かあったかな。
「俺、手洗ってくるっス!」
『風邪ひいたら大変だしね』
買ってきたらしい雑誌をわざわざ袋から出してテーブルに置き、涼太は洗面所へ向かっていった。
涼太の載ってる雑誌かと思って見ると、あるのは旅行雑誌のようだ。
デートに連れて行ってくれるのかなぁと思いながら手にとって気付く。
重なっていて見えなかったが、旅行雑誌の下に二冊目の雑誌があった。
「洗ってきたっスー」
『おー、勝手に雑誌見てたよ』
「あ、そ、そうスか」
涼太の戻ってくる足音が聞こえたからすぐに旅行雑誌を読んでいたフリをする。
私が大学に通っているせいか、私達が同棲を初めてから今まで結婚のけの字も出ていなかった。
だから涼太の買ってきたゼクシィにどうリアクションしていいか分からないのだ。
涼太が話題に出すまで待とうと思う。
「あー…あんまり面白いのやってないっスね」
そう言って涼太は私の隣に座ってリモコンを弄りだした。
いつもはすぐに何をどうして買ったかとか今日は何したとか楽しそうに報告するあの涼太が、だ。
話しづらいのか、あくまでも私から聞いて欲しいのか。
これが犬の雑誌なら簡単だ。
結婚という二人の関係を変えるような話題には慎重にならざるを得ない。
『…涼太』
「はいっス!!」
テレビに夢中かと思いきやしっかりこちらの様子を窺っていたようだ。
勢いよくこちらを向かれて少し驚いた。
涼太の目がなんとなく輝いて見える。
『今度ここに行かない?』
「へ、あ、うん!じゃあ次の休みに…予定確認するっス」
持っていた旅行雑誌を指差したまま考える。
ゼクシィの話題じゃないと気付いた涼太はややしょんぼりとした。
下がった眉は可愛かったけれど、やっぱりあっちも待っていると分かった。
仕方無いからここは私が覚悟を決めようと思う。
でも、何て言えば正解なのか。
何で買ってきたの、では嫌がってると勘違いされそうだし、これどうしたの、では話が進まない気がする。
「…名前っち?どうかした?」
『え?いや、何も?』
「そうっスか…」
『…ちょっと待っててね』
これはお菓子についていたやつ、だったかな。
ちょうどいいリボンを手にして涼太の元へ戻る。
これで満足してくれるといいんだけど、下手すれば関係にヒビが入るかも。
そういう意味で買ってきたんじゃないんスけど、なんて言われたらどうしようね。
不思議そうな涼太の前に座り、その手をとる。
「名前っち?」
『涼太、私はまだ大学生だからさ…この指に合う指輪が用意出来るまで待っていて下さい』
そう言いながらリボンを涼太の左手の薬指にキュッと結ぶ。
どきどきしながら顔を上げると、あいている右手で顔を覆った涼太がいた。
『あれ、涼太…?』
「…どこでそんな技覚えて、っつーか逆だろ…」
『涼太ー?』
そういうつもりじゃなかったのかと焦ったけれど、指の隙間から見える肌が赤くなっていたのでやっぱりこれで正解だったらしい。
ほっとしていたら多い被さるように涼太に抱き締められた。
「あーもう!こういうのはちゃんと俺から言うから!」
『嫌だった?』
「…惚れ直したっス」
そう言ってから涼太はすぐに、「同棲始めてからずっと名前っちが結婚したいとかそういう話題出さないから、したいと思ってるのは俺だけなのかなって思って、」と白状した。
つまりは不安だった、と。
なんだ、ゼクシィを手に取って結婚いいねって言うだけでよかったのか。
半年同棲してもまだ涼太のこと完全には分かってないんだなぁ。
「本番は俺に言わせてね」
『うん、待ってる』
私の左手の薬指に唇を落とす彼はどんなプロポーズをしてくれるんだろう。
素敵な未来を想像しながら、今は次のデートの約束をするのだ。