リヴァイ・アッカーマンは不機嫌だった。
煌びやかな装飾、色とりどりの料理、いつもより着飾った男女、BGMで流れている聞きなれた聖夜の音楽。
毎年の光景がやたら目に付く。思春期を越えてから、クリスマスという日に心躍ったことなど皆無に等しい。例えそれがリヴァイ自身の誕生日だったとしてもだ。
それでも今年は、表には出さないながらも楽しみにしていた。だが。

「おーいリヴァイ! どれだけ辛気臭い顔してんのさ。今日はあなたの誕生日でもあるんだから、少しは楽しそうな顔しないと」
「黙れクソメガネ。ここに見える顔がてめぇらのもんじゃなかったら、俺だって少しは晴れやかな顔をしてる」
「ひどいな、全く。仕方ないだろ? これも仕事のうちなんだから」
「分かってんだよ、そんなこと。いいから俺に構うな」

リヴァイの怒りのオーラを気にすることなく突っ込んでいける人物は少ない。その筆頭であるハンジに一瞥をくれて、リヴァイはゆっくりと腕を組んだ。嫌々ながらも袖を通したダークスーツには皺ひとつない。
己が子供じみていることはよく分かっている。それでもどうしようもない感情はあるものだ。

「そりゃあね……やっと付き合えたナマエとの初めての誕生日兼クリスマスだったもんねぇ?」
「うるせぇ。それ以上つつくな」
「はいはい」

くっきりと刻まれた眉間の皺がリヴァイの感情を表していた。ハンジの口から出た名に、出掛ける直前に見た寂しそうな彼女の顔が思い浮かんできて、小さく唇を噛む。

「日付変わる前には帰れるといいね」
「……ああ」

ハンジの言葉に肯定の意を示す。そのままヒラヒラと手を振って料理を取りに行った彼女の背を見送り、目を細めた。
最重要取引先であるホテルの運営会社から、「クリスマスの日の大型予約がキャンセルされてしまった」と泣きつかれたのは、12月25日をあと数日後に控えた日だった。ホテルの会場を一つ、50人規模のパーティーの為に押さえ、料理や酒、更に人員の手配まで済んだ矢先のキャンセルだったらしい。キャンセル料を徴収しても大量の食材が消化されるわけではない。この日の為に臨時に雇っていた派遣スタッフへの補償も考えると、損失はそれなりに大きなものになってしまう。
何か使い道はないか、と蒼い顔で相談されたエルヴィンは、その場で秘書に命じて自社でのパーティーを企画した。家族がいる者と既に予定が入っている者を除き、任意で参加希望者を社内で募ったところ、予定人数を軽く上回ったというのだから大したものだ。しかも自腹を切って豪華賞品が当たるビンゴ大会の開催まで謳ったものだから、若手社員を中心に大いに盛り上がっていたらしい。

「リヴァイ部長、間もなくビンゴが始まりますよ」
「俺はいい。お前ら代わりにやっとけ」

部下のペトラが持ってきた一枚のビンゴカードを軽くあしらう。が、「全員参加が必須です」と涼しい顔で押し付けてきたペトラに溜め息を吐いた。

「ナマエに何か当てて帰ってくださいよ」
「お前な……」
「リヴァイ部長も災難でしたね」
「仕方ねぇだろ。エルヴィンが出るってのに俺が参加しないわけにはいかねぇからな」

苦笑するペトラにもう一度溜め息をつく。恋人がいるのだから、とエルヴィンを始め、部下たちにも参加しなくてもいいと言われていたが、そうもいかないのがリヴァイの性だ。主だった幹部が出揃うのに、一応部長職である自分が不参加というわけにはいかない。

「部長、ナマエは大丈夫だったんですか?」
「オルオ……お前空気読めよ」

ぞろぞろとリヴァイの部下が集まってくる。通称「リヴァイ班」と呼ばれる彼らは非常に優秀なメンバー揃いで、リヴァイとその恋人であるナマエのこともよく知っていた。繁忙期にリヴァイ班のところにヘルプに来たナマエとリヴァイが出会い、そして恋に落ちたのだ。

「エルド、お前こそいいのか。恋人いただろ」
「はい。でも今日は向こうも仕事が入ってて……オルオとグンタと三人で過ごすことになりかけてたので、逆にありがたかったです」
「おいおい、そりゃひどくないか」
「そうだぞ! 俺だってお前が可哀そうだから一緒に過ごしてやろうとだな……」
「はいはい、そうだな。悪かったよ」

リヴァイの問いには穏やかに答えたエルドだが、グンタの苦笑と噛みついてくるオルオのことは軽く流している。
呆れたように肩を竦めるペトラと共にその様子を見ながら、リヴァイはナマエの姿を脳裏に思い浮かべる。数日前、事情を説明して25日は仕事になるかもしれない、と告げた時の彼女は、一瞬寂しそうな顔を見せたもののすぐに頷いていた。

「そういうことなら部長のリヴァイさんが顔を出さないわけには行かないですもんね」
「悪いな……。なるべく早く帰ってきてぇとは思っているが……」
「無理しないでください。ちょっと残念だけど……あとでその分お祝いしましょうね」
「ああ。ありがとな」
「その代わり、と言ったらなんですが、25日はリヴァイさんのお家で待っててもいいですか?」

わがまま言ってごめんなさい、とはにかむナマエに思わず口元を押さえた。可愛い、と素直な気持ちが零れそうになるのを何とか堪え、表面上は冷静な顔を崩さないように努力する。彼女が気が付いているかは分からないが、リヴァイがナマエに惚れ込んでいることは近しい仲間の中では有名な話だった。

「リヴァイさん?」
「ああ……構わねぇよ。遅くなるかもしれないから、先寝てろよ」
「はい」

嬉しそうに笑うナマエを優しく引き寄せる。本来リヴァイとは違うグループ会社に所属しているナマエは本社の所在地も違うため、今回のパーティーは対象に入っていなかったのだ。
着飾った彼女が隣に立って欲しい気持ちと、誰にも見せずに済んだホッとしている両極端な気持ちを両方抱いたまま、リヴァイは擦り寄ってきたナマエを抱き締め直した。

「リヴァイ部長? 始まりますよ」
「っ、ああ」

回想に耽っていたリヴァイは、エルドの声にハッと現実に引き戻された。壇上ではエルヴィンがいつも通り自信満々な態度でビンゴの景品について説明をしている。某有名パークチケットや旅行券、ディナークルーズなどの紹介には歓声があがっていた。

「エルヴィンも随分張り切ったねぇ……。全部自腹でしょ?」
「クソメガネ……てめぇが選んだのはアレか?」

いつの間にか横に立っていたハンジに胡乱な視線を向け、真っすぐに壇上を指さした。
そこには等身大の人体模型が披露されていて、悲鳴のような絶望に満ちた溜め息があちらこちらで溢れていた。

「そうそう! よく分かったね!」
「あんなクソ気持ち悪ィもんを用意するのはてめぇしかいねぇだろうが。どうすんだ、アレ当たったら」
「素敵じゃないか! 食事をしながら眺めれば、今自分の体のどこを通ってるか観察できる……」
「んなクソみてぇな使い方をするのはお前だけだ」
「ええー?」

不服そうなハンジは無視をして、アレだけは当たってくれるなと誰にともなく祈る。ペトラやオルオたちも本気で引いているのか、そそくさとハンジの傍から離れて行った。

「あ、始まった」

ペり、とカードの真ん中に穴をあけたハンジに倣って、リヴァイも渋々指で突く。どうせならナマエに何かプレゼントしてやれるものが当たればいい、と願いながら。



「暇だな……」

無意識に呟いた嘆きが宙に浮く。いつもよりも時間の流れが遅い気がして、ナマエはチラリと時計に目をやった。さっき時間を確認してから、まだ15分しか経っていなかったことに深々と息を吐く。
聞き分けのいい恋人のふりをしたが、自分が思った以上に寂しがっていることに今さら気が付いて苦笑を漏らした。

「いい大人が何やってんだが……」

テレビの中ではクリスマスらしい華やかな雰囲気を以て大騒ぎしている。リヴァイの部屋のテレビはナマエのそれよりも一回り以上大きいものだが、今はそこから流れてくる騒がしさは耳障りなものでしかなかった。電源を切ってクッションを抱き込み、そのままソファーへなだれ込んだ。

「……リヴァイさん、早く帰ってこないかな」

つい半年ほど前に恋人になったばかりの彼の姿を思い浮かべる。
恋人になる前は、1年の期間限定でリヴァイの会社に出向に行っていたナマエだが、彼に恋をするまでそう時間は掛からなかった。
そもそもリヴァイの部署は少数精鋭で、出向に行った社員が、半年も経たずに白旗を上げて戻ってくる部署として有名だったのだ。戻ってきた彼らは一様に口を揃えて、「俺には無理だ……」と言っていたが、ナマエも出向に行ってその意味が初めて分かった。とにかくリヴァイが優秀すぎるのだ。

「ナマエ・ミョウジです。本日より1年間、よろしくお願いいたします」

初日は足が震えるほど緊張していたが、真っすぐにリヴァイを見て何とか笑みを浮かべようとしていたことは覚えている。あの時はリヴァイのひととなり知らず、「人類最強の厳しさ」やら「配属されたら屍になって戻ってくる」やら、不穏な噂しか知らなかったのだ。

「リヴァイだ。よろしく頼む」

ナマエよりは高いが、想像していたよりは小柄な体躯に内心驚いた。厳しそうではあるが、パワハラをするような人物にも見えないことにほんの少しだけホッとする。

「先に言っておく。出向してきたからと言って、特別扱いをする気はねぇ。特に今は会社の変革期で猫の手も借りてぇほど忙しいからな。それもこの1年が正念場だと思っているが……あんたには期待している。力を貸して欲しい」
「は、はい……!」

素直で実直な言葉に背中がピンと伸びた。その言葉通り、一切の容赦は無かった。無駄がなく的確な指示を出すリヴァイのもと、ナマエも期待に応えようとがむしゃらに頑張ったのだ。リヴァイの言う通り、過渡期を迎えていた彼の部署は目の回る忙しさだったが、ナマエを即戦力とみなし、ごく自然にチームの一員として迎え入れたリヴァイの手腕は大したものだったと今でも思う。
リヴァイ班の彼ら、特にペトラとはすぐに意気投合し、仕事帰りに飲みに行くほどの仲になったが、それでも初めての職場、同じ業務とはいえど微妙に異なるやり方、リヴァイの部署以外は全員知らない顔という環境に、知らず知らずのうちにストレスが溜まっていたらしい。
ある日、休憩に出た屋上のベンチから立ち上がることが億劫になってしまったのだ。早く戻らなければ、と思うのにどうしても腰を上げることが出来ない。

「……疲れたな」

零れ出たのは本心だった。
リヴァイは厳しいがよく見てくれている。失敗を絶対に部下のせいにしないし、仕事の分量や質も一人ひとりをよく見て割り振ってくれている。ペトラたちも優しいし、最近知り合いになったハンジは変人だが、会うたびに明るく声を掛けてくれて本当に救われていた。でも、それでも。

「……ナマエ」
「ッ、リヴァイ、部長……!」

後ろから聞こえた声に慌てて立ち上がる。さっきまでは絶対に立ち上がれないと思っていたのに、反射とは怖いものだ。

「お前……」
「す、すみませんっ……すぐ戻りますっ…!」
「待て」

ぺこりと頭を下げて足を踏み出したナマエを止めたのは、リヴァイの初めて聞く焦ったような声だった。
聞いたことがない声音に驚いて振り返ると、そこにはひどく難しそうな彼の顔があって思わず目を瞬いてしまう。

「リヴァイ部長……?」
「あー……辛いか?」
「へ……?」
「その……なんだ。最近暗い顔をしてるな。溜め息も多いし……ここに来て3ヶ月だろ。ちょうど疲れが出る頃かと思ってな」
「え……」

ガシガシと刈り上げた髪を掻きながら、どこか辿々しくリヴァイが告げる言葉にぽかんと口を半開きにしてしまう。
慣れていないその様子に、冷たく凍りかけていた心がゆっくりと解れていく。

「そんなに溜め息多かったでしょうか……?すみません……」
「いや、それは構わねぇんだが……仕事量、多かったか?」
「い、え……そんなことは……」

口籠ってしまう。仕事が辛いわけではない。それどころか毎日は充実しているし、手応えがある仕事がこんなに楽しいものなのだと初めて知ったくらいだ。

「……クソメガネとペトラに言われてな。いくらナマエが優秀だからと言って、来たばっかりのお前に負担を掛けすぎだ、とな」
「二人が……?」
「悪かったな。俺も焦っちまって……お前がちゃんとやってくれるからつい甘えちまった。負担を掛けてすまなかった」
「えっ……!ちょ、顔を上げてくださいっ……!」

おもむろに頭を下げたリヴァイに本気で慌ててしまう。形の良い後頭部に見惚れる間もなく、見えないと分かりながらも大きく両手を振った。

「ほんとに違うんです! 確かに疲れは溜まってますが、仕事が嫌だとか業務量が大変だとか、ましてや人間関係が、とかじゃないんです。ただちょっと慣れない環境に疲れただけで……」
「……本当か?」
「はい。リヴァイ部長も皆さんもとてもよくしてくださって……早く皆さんに追いつけるようにしたいんですけど……」
「それだ」
「え……?」

顔を上げたリヴァイが眉間に深く皺を寄せて腕を組む。ぱちくりと瞬きを繰り返すナマエに、言い聞かせるように口を開いた。

「頑張りすぎなんだよ、お前は。出来ねぇことや辛いことはちゃんと口に出せ」
「でも……仕事ですし……」
「多少の負荷は仕方ねぇが、心や身体を壊すほどのもんは駄目だ。本来ならそのコントロールも俺がすべきところなんだが……お前の能力の高さに甘えてたな。悪かった。無理はするな」
「ありがとう、ございます……」

優しい風が屋上を吹き抜けた。風になびくリヴァイの黒髪が揺れる光景が美しい、と思ったあの瞬間に、きっとナマエは彼に恋をしたのだ。

「ありがとうございます、リヴァイ部長。まだまだ未熟ですが、これからもご指導お願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」

心からの笑みを向けたナマエに、リヴァイも僅かに頬を緩めた。二人並んで階段を降りたあの日のことを、ナマエは今も忘れていなかった。
それからしばらくしてから、ハンジがこっそり耳打ちしてきたことがある。
溜め息が多くなり、下を向く回数が増えていたナマエにリヴァイが一番最初に気が付いていたこと、ペトラとハンジにさりげなく気に掛けるように頼んでたこと、そして改善しないナマエの様子に気を揉んでソワソワした様子を見せていたこと。

「あの日、リヴァイがめちゃくちゃ不機嫌そうな顔で私のところに来てさ。ナマエが休憩から帰ってこない。屋上に行ったらしいが何か知らないかって」
「リヴァイ部長が……?」
「様子を見てこいっていうから、お前が行けって部屋から追い出したんだよね。全く……素直じゃないんだから」
「リヴァイ部長……本当にお優しい方なんですね」
「ナマエ……あなたも大概鈍いね。リヴァイといい勝負だわ」
「え? 何がですか?」

呆れたように額に手をやったハンジに向かって首を傾げた。リヴァイの不器用な優しさと気遣いに感動していたナマエが、そこに隠されていた彼の本当の気持ちを知るのは大分先になってからだった。
1年間の出向が無事に終わり、リヴァイと付き合うようになったとペトラに報告した時は、やっとかと言わんばかりに盛大な溜め息を吐かれたものだ。久しぶりに集まったリヴァイ班との飲み会の場で、ナマエは知らなかった事実を色々と目の当たりにすることになる。

「リヴァイ部長ったら、ナマエがちょっと疲れた顔したらすーぐ飛んで行って気遣うんだから。私たちにはそんなことしたことないのに」
「ぺ、ペトラ……?」
「分かりやすいったらなかったよな。ほら、いつだったかグンタがナマエを食事に誘ったこと、あったろ?」
「エルド! あれは落ち込んでるナマエを励まそうとしただけで……」
「分かってるって。あんときのリヴァイ部長の顔、思い出すだけでチビりそうになるぜ……」

グンタの焦った様子と、大袈裟に自分の肩を抱くエルドを唖然としながら交互に見遣る。そんなこともあった気はするが、リヴァイの様子を気にしたことはなかったのだ。

「なんで気付かないのかしらって、思ってたわよ」
「ぜ、全然気が付かなかった……」
「フン……ナマエ、お前はまだまだリヴァイ部長の観察が足りねぇ。俺くらいになれば部長の機嫌くらい……」
「そんなこと言ってナマエに無理難題吹っ掛けて怒られたの、オルオじゃない」
「ばっ……おま、あれはハンジさんが……!」
「ああ、ハンジさんがナマエを合コンに連れ出そうとしてオルオを使ったやつか」
「思い出させるなよ……俺の方こそチビりそうだ……」

一気に蒼ざめたオルオの様子に記憶を辿る。確かにオルオに声を掛けられ、ナマエと飲みたがっている社員がいるから行かないかと言われたことは覚えているが、あれは合コンだったのか。
その後、「あれはどうなったのか」と聞いても、オルオはぶるぶると大きく首を振るだけだった。

「あの時の部長、ハンジさんの研究室に乗り込んでいったんだよな?」
「そうそう。モブリットさんが必死に止めて九死に一生を得たらしいわよ」
「こえーよ……」
「俺、巻き込まれただけだっつーの……」

エルドとペトラの会話を聞いたグンタとオルオが、冷や汗をかきながら一気にビールを呷った。
何とも言えない顔をして絶句しているナマエに、ペトラが優しく声を掛ける。

「ナマエは何も気にしなくていいのよ? 部長がヘタレで嫉妬深いって話だけなんだから」
「ペトラ……」
「大体私たちがいくら言っても、「出向中は駄目だ」とか何とか言って告白するのを躊躇ってたくせに。ナマエもよくOKしたわね?」
「え、ええと……うん……」
「いつから部長のこと好きだったの?」
「えー……」

打って変わって興味津々の様子で身を乗り出すペトラのキラキラした様子が可愛い。可愛いが、皆の前で披露するのはどうにも恥ずかしくて曖昧に笑って誤魔化す。

「いつからだろうね。忘れちゃった」
「もうっ。じゃあ今度二人で飲みに行った時に教えてよ?」
「ふふ、うん、分かった」

顔を見合わせてクスクス笑うナマエとペトラを温かい目で見守っていた男たちは、その背後に見慣れた姿を目に留めて咄嗟に背筋を伸ばす。今の今まで話題になっていたリヴァイだった。

「ナマエ」
「あ、リヴァイさん」

途端に満面の笑みになるナマエに、ペトラもこっそり笑みを深くする。
対するリヴァイもいつもよりも数段穏やかな雰囲気を背負っていて、その順調ぶりが窺えた。

「お前ら、飲みすぎんなよ」
「部長もどうです? 仕事、終わられたんですよね?」
「まあな。だが明日、日帰りで支社に行くことになった。エルド、明日の会議はお前に頼んだ」
「了解しました」

ネクタイを緩めながらそう告げるリヴァイ。多忙ぶりは相変わらずだが、その中でもナマエとの時間を取ろうと努力している様子が見て取れる。こうして僅かな時間を縫って顔を出しているのがその証拠だった。

「ナマエ」

そうやって彼女に掛ける声音のなんと優しいことか。
会社の人間が見たら卒倒するかもしれないな、と内心苦笑しながら、ペトラは寄り添う二人を見守るのだった。



それからもお互いの仕事の合間に、少しづつリヴァイとの関係を進めていった。
自然とお互いの部屋の合鍵を持ち、週末はどちらかの家で過ごすことが多くなってきた頃、リヴァイの誕生日兼クリスマスの今日という日を迎えたのだ。

「……リヴァイさん」

付き合って初めての彼の誕生日を祝いたかった、と思うナマエの素直な気持ちをクッションを抱える腕に込める。
朝会った時に、誕生日プレゼントは渡せていた。おめでとう、と大好きです、の言葉と共に贈ったそれに、滅多に見せない笑みで答えたリヴァイに思わず抱き着いた記憶も新しいのに、それでも寂しいもの寂しいのだ。
ぐっと唇を噛んでそれを堪えていたその時、がちゃり、と玄関の方で音が鳴って咄嗟に顔を上げる。慌てて腰を上げて玄関は向かうと同時に、ゆっくりとドアノブが回り始めた。

「りばっ……わっ……!」

扉が開いた瞬間に視界に飛び込んできた光景に思わず声を上げてのけぞった。
リヴァイの上半身を覆い隠すほど巨大なティディベアのまんまるい瞳が、ナマエを見つめていた。

「え、ええ……?」
「ただいま」
「リ、リヴァイさん……?」

クマが喋っているようにも思えるが、間違いなくリヴァイの声だ。ひょいっとクマの後ろから顔を出した彼の顔には若干の疲労の色が見える。

「おかえりなさい……どうしたんです?この子」
「ビンゴ大会で当たった」
「なるほど……」

そう答えることしか出来ない。つぶらな瞳と胸元の赤いリボンがとにかく可愛らしいクマだが、仏頂面のリヴァイとのアンバランスさが何とも言えないギャップを醸し出していて、自然に浮かんでくる笑みを抑えきれなかった。

「ふふっ……まさかこのまま電車に乗って帰って来たんですか?」
「仕方ねぇだろ。今日なんてタクシーの一台も捕まらねぇよ」

やる、とクマをナマエに押し付け、苦々しい表情を隠さず靴を脱いで進むリヴァイの後を追う。
両手で抱えなければ持つことも出来ないこのぬいぐるみを抱えて電車に乗る彼の姿を想像すると、そのシュールさに声を上げて笑ってしまった。

「あは、あははっ……! とっても可愛い子をお持ち帰り出来たんですね」
「お前な、それだけ聞くと俺がやべぇ奴じゃねぇか」

不服そうな彼とは裏腹に、ナマエの気分は晴れやかだった。先ほどまで感じていた、ぽっかりと心に穴が開いたような寂しさは吹き飛んでいた。

「あはは……はー、可愛いですね、この子」
「散々笑った後に言うんじゃねぇよ」
「ふふ、ごめんなさい」

クスクス笑い続けるナマエを軽く睨みつけ、着替えたリヴァイがどっかりとソファーに座る。
流石に疲労感を隠せないようだった。

「おかえりなさい。お疲れさまでした」
「……疲れた」

ぼそりと呟いたリヴァイが、立ったままのナマエをちょいちょいと指先で呼ぶ。クマを抱えたまま大人しくリヴァイの前に立ったナマエに眉を寄せ、「クマが邪魔だ」とやや乱暴に奪い取る。そのままソファーにクマを座らせたリヴァイが、改めてナマエの手を優しく引いた。

「悪かったな、今日は」
「いいえ。リヴァイさんこそお疲れさまでした」
「もっと早く帰って来たかったんだが……結局ギリギリになっちまったな」
「そんなことないです。ギリギリでも、25日中にお祝い出来て嬉しいです」

お誕生日おめでとうございます、とリヴァイの腕の中から笑顔を向けた彼女に答える代わりにそっと唇を落とす。
冷たいリヴァイの唇とナマエの温かさが相混じって、彼らしか知らない温度を生み出した。

「……クソ恥ずかしかったぞ、あいつを持って移動すんのは」
「大丈夫ですよ。今日はクリスマスですもん。きっと誰かへのプレゼントだって温かい目で見られてましたよ」
「まあ……あながち間違っちゃいねぇがな」

恥を忍んで巨大なクマを持って帰って来たのも、家で寂しい想いをしているだろうナマエに少しでも笑顔になって欲しい一心だった。
そうでなければビンゴ大会でティディベアを当てたリヴァイを、大爆笑しながら指差していたハンジに押し付けてきただろう。「ナマエ、きっと喜びますね」と笑いながら嫌味なく告げてきたペトラにも励まされ、巨大なクマと共にクリスマスで賑わう街を歩き、電車を乗り継いで帰って来たのだ。

「うん、ほんとに可愛いです」
「そりゃ良かったな」
「ちっちゃい頃、こんな大きなティディベアに憧れたことありません? もふもふ可愛いなあ」
「残念ながらねぇよ」
「えー?」

可愛い可愛いと言いながら、リヴァイの腕の中から手を伸ばしクマと戯れているナマエこそ可愛いと思う。口が裂けても言えないが、可愛い恋人と等身大ティディベアの組み合わせは悪くない、と内心では満足だ。

「いい加減、こっちに集中しろ」

だが、やっと訪れた二人の時間をクマごときに邪魔されるのはやはり頂けない。
残り僅かな聖夜と誕生日を隅々まで堪能しようと、リヴァイは赤く熟した甘い唇に噛みついたのだった。


ふ、と浮上した意識のままうっすらと目を開ける。視界に入った時計の時刻でまだ明け方にも遠い時間だと認識するが、遠くからシャワーの音が聞こえてきて、リヴァイが風呂に入っているのだと理解した。 

「ん……」

ひりひりと痛む喉を唾を飲み込むことで潤すが、リヴァイに散々啼かされ酷使されたそれには焼け石に水だったようだ。
水を飲もう、と痛む腰を擦りながら起き上がったナマエの目が、リヴァイの代わりと言わんばかりに鎮座したティディベアの姿を捉えた。

「ふふ、リヴァイさん、なんだかんだ気に入ってるんだ」

いくらリヴァイのベッドが広いといえど、この巨大なクマと一緒に寝るとなると少々手狭になってしまうだろう。
それでも本来リヴァイの寝ている場所を占拠しているクマに、彼の優しさを感じ取る。元々ショートスリーパーの彼は、きっとこのまま起きている。まさかナマエが今起きているとは思っていないだろうが、きっと目を覚ました時に少しでもナマエが笑顔でいられるようにと、彼が考えてくれたことなのだ。リヴァイのそんな深い想いを、ナマエはちゃんと分かっていた。

「……あれ?」

艶々の毛並みを堪能していたナマエは、クマの首元できらりと輝いた光に目を丸くした。常夜灯の中、赤いリボンの上できらきらと光るそれは。

「っ、リヴァイさん……」

細いチェーンに繋がれた、シンプルで華奢なデザインの指輪を両手で大切そうに抱えて、ナマエはそっと目を閉じる。
慣れないサプライズに試行錯誤したであろうリヴァイの横顔を思い浮かべると、わっと湧き上がる想いを抑えることが出来なかった。
大きなリヴァイからの愛を抱えたまま、ナマエはひんやりとした床に足を下ろす。火照った身体にはその冷たさがちょうど良かった。
腕の中から円らな瞳がナマエを見上げている。それに励まされるように、驚くリヴァイの顔を思い浮かべながら、彼の元へと足を急がせた。
今すぐあの強くて優しい腕の中に飛び込みたい、と願いながら。


-fin


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