恋華そだて

ヒロインは兵士長補佐、リヴァイとは恋人関係です
一目惚れしたリヴァイが彼女を手にするまで色々頑張ったことをなつかしむ。







朝礼にエルヴィン団長の声が響く。




「長らく皆に伝えそびれていたが、改めて紹介しよう。彼女はナマエという。新兵の皆、見知りおいてくれ」



あの潔癖症で鬼と呼ばれる兵長の補佐を務める女性だと聞いて、それはまた一体どんな厳しくごつがましい人間かと多くのものが恐れを抱いたが、現れたそのひとの風貌にそれはすぐ覆されることになる。

すい、と前に出て頭を下げた女性の、その。



「皆様、初めてお目にかかります。ナマエと申します。兵士長補佐の任と平行し、これより新兵の指導を勤めることになりました。宜しくお願い致します」

「彼女はここにいるリヴァイやハンジらと同期でね、勿論実戦慣れもした一兵士だが、この所は情報処理や事務方を一手にしてくれているんだよ。兵団の中でもベテランだし頼れる存在だ、皆も心強いだろう」


東洋の、“ジパング”という穏やかだが芯の強い民族の血を引くという彼女の顔を見たものは、時が止まったような想いをした。
鈴を鳴らすような凛とした声。やわらかな物腰。
長い髪は艶やかに輝いて靡いている。
白い透き通るような肌に長い睫毛、化粧っ気がなくとも赤く色づいたくちびる、大きな瞳。耳にオニキスのピアス。
華奢ながら、圧倒的な存在感。
その背には、まるで白き翼があるかのような、





「きれい…。女神様、みたい」




ペトラの呟く声だけが響いた。
その言葉はそこにいるもの総ての思いを代弁したものだった。
この血生臭い調査兵団にこんな美しい人間がいたのか、何故誰も気づかなかったのかと…
男性兵士らは皆見惚れ、ほうと溜め息をつくもの、真っ赤になって顔を反らすものと様々で。
リヴァイだけが面白くなさそうにその様子を見て、軽く舌打ちをしたものだ。
それをにやにやとハンジが笑いながら、脇をつついた。ミケもふっと鼻を鳴らしている。




「…ッチ、指導は仕方ないにしろ、わざわざ紹介なんざしなくとも」

「仕方ないじゃない、新兵も増えて仕事も増えて問題は山積みだ。彼らを育成するにはあなたとミケと私だけじゃもう手が足らないだろ?彼女なら性格も勤務態度も申し分なく、うってつけだし」

「だからって何でもかんでもナマエに押し付けすぎだろうが。前線を引いたからと俺の補佐につけたはいいが、夜会の同伴だ商会の取引だと何もかもあいつにやらせやがって。挙げ句に新人の教育だと?ふざけてんじゃねぇ」

「もお、ほんと独占欲の塊なんだからさ、変わらないねえ」

「黙れクソメガネ」

「まあいいじゃないか、リヴァイ」

「いいわけあるか、クソ」


彼女は怪我で前線を引いた身で、今はリヴァイの補佐として基本的に事務方を請け負っているが、これからは新兵の指導を兼ねて兵団での生活、救護、栄養など多方面から補助をしていくことになるという。
そう聞いた兵士等が喜んでガッツポーズをするなか、当の彼女は柔らかな笑みを称え、リヴァイのみが面白くなさそうな顔をしていた。



そして、一度も自分と視線が合わなかったことに、更に不機嫌が増した。




彼女のことをなにも知らない人間が、顔を見ただけで
なにもかもを解ったような顔をするのはたまらなく不愉快だ。
美しいこの花に触れられるのは自分だけだ。











その夜。





コン、コン、
深夜、リヴァイの個室のドアをノックする音が響く。







「リヴァイ兵長、遅くに申し訳ありません。もうお休みでしょうか?」

「いや、まだ起きている」

「ナマエです、入りましても宜しいですか?」

「…入れ」

「失礼致します」



了承を得て部屋に行儀良く入室するナマエは、もう湯浴みをすませ、部屋着のワンピースに着替えている。
恋人である彼女とリヴァイの個室は通路を隔て離れたところにあった。
リヴァイは机に向かい書類を片付けているところで、そちらの方を振り向くことをしなかったが、ナマエが手にした盆に乗った紅茶の香りと、焼き菓子の匂いには気づいたようだった。

こと、と机の空いたところにそれを置けば、視線がそれを捕らえた。
ナマエは柔らかに微笑み、リヴァイを見下ろす。



「遅くまでお疲れ様です。少し休憩なさいませんか」

「ああ、丁度甘いものが欲しかった所だ。もらおう」

「はい、どうぞ――――、…え?あ、あの、兵長?」

「なんだ」



と、手を引かれ、リヴァイよりも小柄で華奢なナマエの体はくるりと、まるで子供を抱くように、椅子に座るリヴァイの腕の中で横抱きにされて、膝の上に乗せ座らされる。ふわりと浮くような感覚に恥ずかしさを覚えてじたとするが、彼は離すつもりもないようだ。
甘いものが欲しかった、と言ったのですぐ甘味に手が出るかと思ったのになぜと、その意図が読めずナマエは戸惑うが、それをよそにリヴァイは続けた。



「心行くまで頂くといいたいが先にすることが山積みだ」

「? ?」

「なあナマエよ…他の男にヘラヘラ笑いかけてやる必要なんざねえんだぞ」

「兵長…?」

「お前は俺のものだ、そうだな?」

「はい、勿論です」

「解ってねえ癖に、…昼間も大概、ガキどもに愛想振り撒きやがって」

「愛想?なんて、……、っ、んっ」

「――――――ふ」

「ん…、…ぅ」






リヴァイの薄く形良い唇が、ナマエの赤いふっくらしたそれを奪った。
覆い、角度を変えて合わさり、舌が入り込む。
歯列をなぞり、器用に絡められた舌は噛まれたり、吸われたりして。
腕の中のナマエがびくつくのもかまわず、胸を押し返そうとした手と離れかけた後頭部をしっかりと捕らえて逃がさず、甘い咥内を蹂躙した。




――――――、――――――



どれほど経ったか、
銀糸を引いて離れた唇。リヴァイのシャツを力なく握り息も上がってくったりとなったナマエを一層強く抱く。
戸惑いながらもキスに翻弄され、顔を紅潮させて涙を浮かべるナマエの扇情な様をリヴァイは見下ろした。


恋しい、恋しい、この、





「…兵、長?」

「――――――気分が悪い」

「…っ」

「己の女が。…それも飛び切り魅力的で、笑いかけるだけで何人の男を惑わすようなお前がだ。そんな女が上官についたとなりゃ、これから数多の奴等に慕われて憧れられて、果てには想われることだろうよ」

「そんな、」

「…朝礼の時には目も合わさねえし、かと思えば、んな煽るような格好で部屋に来やがって」

「ご、ごめんなさい…、そんなつもりでは…」

「呼び方も違う」

「あ!……り、リヴァイ、さん」


恋人になった時から、部屋に入ったら名を呼ぶようにと言ってある。
しかしナマエはもともとの丁寧な性格もあり、リヴァイを呼び捨てで呼ぶことすら未だに出来ない。
本人曰く、視界に本の少し入れるだけ、声をかけてくれるだけで泣きそうなほど幸せだと思うくらい、憧れて憧れて恋うた相手と恋仲になれたこと。それは最早奇跡にも近いことらしく。
人類最強と云われ、兵団の総てを背負うリヴァイが自分に触れて、まさか束縛し愛してくれるなど、今でも不安になるし、間違いでないか毎日でも確かめたいほど夢のようなことだという。



リヴァイからすれば、己のすぐあとに入団し、部下となったナマエに出逢った瞬間から心奪われてーーーーー穏やかで優しくよく気の付く彼女が、自分に群がる肉食獣のような女と比べてはるかに愛しく思ったし、総てを恋しいと思った。
女に対して愛し守りたい、側に置きたいと思ったなど、初めてのことだった。
そんなナマエの愛を手にするためどれだけ心を悩ませて思い手を尽くしたかなど。


そして彼女が、怪我をして前線を引くことになったときに生まれた感情は悲しみより悦びが勝ったなどとはけして言えない。


今、拗ねているなどということも。



手に入れた幸福は手に余るほどで、なくさないように、獲られないようにまもらなくてはならないのだ。
たとえどんなことをして、でも。
そう思う癖に、壊したいほど愛したいと思えば、心から慈しんで甘やかしてもやりたいと思うのだから、これは大分な末期なのだろう。

黙ってしまったリヴァイを、不安そうにナマエが見上げる。





「リヴァイさん…?」

「…いや」

「…ご免なさい…わたし、不愉快な思いをあなたに…」

「お前自身に不愉快な思いをさせられたことなどただの一度もないがな」

「え?」

「…懐かしいな」










その頬をふに、とつつきながら、リヴァイはその、今ではなつかしい記憶に想いを馳せた。


















初めて出逢ったのは、入団してすぐの幹部との顔合わせ。
数十名いた新人兵士のなかで、そのナマエという女性の、真っ直ぐで曇りのない瞳に、リヴァイは一目で惚れ込んだ。


お世辞にも他人に、特に女に対して良い態度など取ったことのない自分がぞくりと背中が震えるほど、苦しいほど心臓を掴まれるような気持ちに、なったのだ。

日々を見ているうちに、彼女の優しくて穏やかな、気のよくつく、皆に好かれる性格も、総て好きだと思うようになった。
そうなれば彼女の特別になりたくて、思い浮かべるのは、他が知らない彼女のことをもっと沢山知りたいということ。

邪なことかもしれないが、彼女に倣ってほかの兵士とも少しずつ会話をすることを増やした。

彼女が立体機動の訓練を一人で行っているのを知ったときは、然り気無くだがそこに偶然一緒になったことにして、指導をしてやったり。
合同の訓練の際には、彼女が危ない目に遭わぬよう、誰も気づかないところでフォローをしたりと。
ありがとうございます、の一言と笑顔が眩しくて。
一年ほどたっただろうか。



そして、自分を意識して貰うために、何かをプレゼントするべきかということに思い至ったのだが、










『なあ、女は、一体何をやれば喜ぶんだ』

そう聞いた時の、ハンジの見開いた瞳は、今でも思い返して笑えるほど、忘れられない。

今までまともに恋というものをしたことはない。
女を相手にしたことがないわけではないし、汚い話であるが悦ばせる術は心得ているつもりだ。
ただ、愛してやりたい、かわいい、喜ぶ顔が見たいなど、挙げ句の果てにただ笑っていればいい、などと青臭くて、くだらない、甘ったるい感情を抱いたことはなかった。
だから、どうしたらいいかわからない。
そうしたらハンジは苦笑して言った。


『ねぇリヴァイ、女はものをもらえばいいってものじゃないよ』

『じゃあ何で想いを計るっつうんだ』

『お金をかけて、高いプレゼントもらったり綺麗にされたい女もそりゃいるだろう。でも、ナマエみたいな娘はね、金額じゃない。相手が気持ちを込めてなにかしてくれるだけでいいんだよ』

『ああ?』

『リヴァイが純粋に自分を思ってくれてのことならきっと、摘んだ花一輪渡しても、頭を撫でてありがとうの一言をやるだけでも喜ぶ。そんな、優しい娘だよ』

『そんなことでいいのかよ』

『それがどれだけ難しいことか解ってるから私に聞いたんだろうよ』

『――――――、様ぁねえな』

『恋に堕ちたら人なんてそんなもんさ。…でも私は今のリヴァイのほうがずっと人間臭くて好きだよ。ね?心弱き人類最強様』

『クソメガネ、それ慰めてんのか』

『…序でに良いことを教えてやろう、リヴァイ。ナマエの好きな花はSternblume、紫が鮮やかな星の花。花言葉はあなたを誰より尊敬する。希望を捨てないだ。…さあて、彼女が誰より尊敬する相手とは誰だろう?何の希望を捨てたくないのか?尊敬は愛に変わるだろうか?』

『――――――!ハンジ、てめぇ』

『礼は今度酒場で飲み放題、あと今溜まってる書類の〆切延長10日で。…こっちのが切実』

『前者は了解した。…期限は一週間だ、それ以上は延ばさねぇぞ』

『はいはい、わかった』









なにも飾らず、伝えたい想いを。


ーーーーーそして、彼女の部屋の前に、花束を置いた。
紫の小さなシオンの、可愛らしい花束。メッセージカードに『Blumen brauchen Sonnenschein und ich brauch Dich zum Glucklichsein』と手書きで書いて。
















彼女が、リヴァイの部屋をノックしてくれたのは、その夜の事だ。
珍しく慌てた様子で、見上げてくる。






「あの、こんな夜分に、ごめんなさい…」

「いや、何だ?」

「リヴァイ兵長、あの、シオンの花束…兵長がくださったものですよね?」

「さて…どうしてそう思うんだ?」



そう、差出人の名前は書いていなかったはずだ。



夜更けであったから人目を憚り、彼女を部屋へと入れた。
ベッドに座らせ、リヴァイが心臓の音を誤魔化すように背を向けて、紅茶を淹れる準備をしていると、響いた声。




「リヴァイ兵長の筆跡を、見間違えるはずがないです」




どくん、と心臓が高鳴った。
カップを取り落としそうになったのも、



「…俺の字?」

「はい。…癖のある、右上がりに流れるような几帳面な文字と、それに」

「それに?」

「兵長の、石鹸の香りがわずかに残っていましたから」

「正解だ。…柄にもねえことをするもんじゃねえな」

「花には太陽が必要で、私には貴方が必要だと、そう書いてくださっていました。嬉しくて、夢じゃないかと確かめに来ました」

「嬉しい?」

「だって私、ずっとずっと、リヴァイ兵長のことが」

「……っ!」


たまらず抱き締めた華奢な体が、思い望んだ通りのものであったこと。
その先は先に俺が言ってもいいか、と聞くと頷いてくれたこと。

初めて想いを交わして口接けをしたことは、忘れられない。



















ナマエは、その美しい瞳をぱちぱちとさせた。






「…そんなに、いっぱい、頑張ってくださっていたんですか…?」

「…笑うかよ?」

「いえ、あの、嬉しくて、どうしましょう…」

「ッ今、顔、見んじゃねぇ、こら」

「いいじゃない、ですか…二人して、真っ赤、なんですもの」

「…ああもう、お前少し黙れ」





先ほどの不機嫌は何処に行ってしまったのだろう。
しかも、結局、彼女を落とすためにしたことのいろいろを話してしまって、けれど喜んでくれたようだから良いのか。







「…私、幸せです。こんなにも、あなたに愛されて」

「愛しているなんて言葉で伝わるなら、いくらだってくれてやるさ」

「もう、怒っていませんか?」

「ああ。…最初からお前に怒っていたわけじゃねえよ」

「…あなたしか見ていませんから。これから先、どんな魅力的な男性だって、素敵な言葉だって、いらないです。私を幸せになれるのも、するのも、リヴァイさん、あなただけです」

「馬鹿野郎、飴と鞭なんてどこで覚えてきやがった…」

「??」

「でも俺はそんなお前が愛しくて呼吸すらままならない」




だから絶対に離れるなよ、と告げれば、笑って頷く。



その笑顔がとびきり美しく、そしてリヴァイにしか見せないものだと解っているからこそ恋しくて、嬉しくて、時に不安にもなるし、無我夢中で足掻く時だってあるのだろう。そんなリヴァイをナマエは、やさしく受け入れて。

想いはいつも互いの心にある。
今は二人をつなぐ愛が花となりて、少しずつ育っている。
ナマエが優しい雨に、リヴァイが太陽の光となりて、どちらが欠けても大きくなれない。
いつも心に置いて守るべきものをなくさないように、消えないように、壊してしまわないように。






指が絡まり、唇が触れれば、溶けていく、
花がひらいて、甘い蜜が滴るように。








恋華そだて
ー答えはただ君の中に在りてきらめく愛ー









累さま、この度は本当に素敵な小説をありがとうございます!
リヴァイさんに溺愛されたい方は、丁寧な描写と流れるような言葉使いが素晴らしい累さまのサイト【夢有】までどうぞ。これからも何卒よろしくお願いします。

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