人類最強と人気投票



ある日の麗かな昼下がり。
掲示板の前でわぁわぁと騒ぐ兵士たちを目にしたリヴァイは、その様子を見て眉間に皺を寄せた。

「ミケ…あの騒ぎはなんだ」

「ああ…三兵団をまたいでやるとかいう、人気投票の告知じゃないか」

「は?なんだそれは」

「お前、会議で聞いてなかったのか」

呆れたように鼻を鳴らすミケだが、リヴァイとしてはくだらない貴族のご機嫌取りの話など耳に残らないようにしているだけだ。
今回もその類だろうと決め付けて最初から聞いてもいなかったが、どうやら毛色が違うらしい。

「なんでも調査兵団、憲兵団、駐屯兵団の中で一番人気のある女性兵士を選ぶ催しらしいぞ」

「…くだらねぇ話の極みじゃねぇか、そりゃ」

「今後女性兵士をどんどん入団させたい狙いと、民衆への庶民派アピールらしい」

「はっ…貴族のクソ野郎どもが考え付きそうな話だな」

「そう言うな。とりあえず兵団内から一人ずつ代表兵士を選び、貴族のお偉方や中央憲兵の奴らが投票するんだと。あの掲示板はウチの代表を決める告知だろう」

「誰が選ばれようと、嫌われ者の調査兵団じゃ最下位位だろ。んなクソみてぇなもんに呼ばれる兵士が可哀想だな」

「…お前、聞いてないのか?」

意外そうに目を見開いたミケが告げた候補兵士の名に、リヴァイの顔がみるみるうちに険しくなる。そのまま即座に踵を返し去っていた後ろ姿を見て、ミケがスンっと鼻を鳴らした。

「…相変わらず、彼女のことになると一直線だな」



「オイ、エルヴィン。どういうことだ」

「あ、リヴァイ兵長」

「なんだリヴァイ…早かったな」

「…ナマエ」

ノックも無く乱暴に開け放たれた扉の向こうーエルヴィンの執務室にて、にこやかな表情で手を組むエルヴィンと、その前で困ったように眉根を下げるナマエの姿を確認したリヴァイは、足音も荒く入室した。
そのまま机越しにエルヴィンへと詰め寄れば、隣から慌てたような様子を見せたナマエの雰囲気が伝わってくる。

「へ、兵長…?」

「オイ、エルヴィン。コイツを兵団代表で人気投票に出させるとは、どういう了見だ」

「ちょうどいい、今その話をしようとしていたんだ。ナマエ、了承してくれないか?」

「あの、団長…」

「黙れ。クソみてぇな娯楽のために、なんでコイツが見せ物にならなきゃならねぇんだよ」

「リヴァイ…私は彼女に聞いているんだが」

「コイツは俺の副官だ。話なら俺を通すのが筋ってもんだろ」

「…お前に話したらナマエに話がいく前に頓挫するだろう」

「はっ…残念だな。例え先にナマエの耳に入っても頓挫する話だ。諦めろ」

「ナマエ…君の意見が聞きたい。どうだろうか?」

本人そっちのけで交わされる応酬に、ナマエは困ったように首を傾げながら苦笑を隠せないでいた。
そもそもどんな内容の催しなのか、何故自分なのかが分からない以上、話を受けることは出来ない。本当ならすぐにでも断ってしまいたい話だが、団長自ら声を掛けてきたとなればそういうわけにもいかないだろう。

「その…人気投票ってなんなんです?」

「簡単にいえば、三兵団でそれぞれ優れた能力を持つ兵士を代表にして、その中でも一番人気のある兵士を投票で選ぶということだ。優勝した兵士には、兵士募集の広告塔になってもらい、壁内を回る予定になっている」

「ふざけんな。コイツが優勝したらそのくだらねぇ広告の為に、何度も業務を抜けるってことだろ。却下に決まってるだろうが」

「まさか私が優勝するとは思いませんが…兵長の言う通り、訓練や業務に穴を空ける可能性がある以上お受けするのは難しいです。申し訳ありません」

「ああ。私も君のような優秀な兵士を度々貸し出すことになるのは、兵団にとっても損失にしかならないと思っている。だが…知っての通り、我々は喉から手が出るほど人員を欲している。もし調査兵団代表が優勝して兵士募集の広告塔になったら、この上ないアピールになるだろう。だからこそ優勝出来る可能性が高い兵士を選びたいんだよ」

渾々と説得を続けるエルヴィンに、リヴァイの反応は冷ややかだ。ナマエも団長命令となれば無碍には出来ないと考えていたが、あくまでも打診という形なら是非とも断りたい。

「団長…お言葉ですが、私が優勝出来るとは思いません。審査基準は分からないですが、私より適役はたくさんいると思いますよ」

「審査基準は端的にいえば…容姿端麗で戦闘力があり、更に対人能力が高いかどうか、だな」

「それじゃあますます私が優勝する可能性はな…」

「オイ…そんな基準ならコイツが優勝するに決まってんだろうが」

「は…兵長…?」

「ほう…リヴァイ、そう思うか」

ナマエがその基準の高さに慌てて手を振ったが、リヴァイは至極真剣な顔で思わぬことを言い切った。
驚いて、ポカンと口を半開きにしてしまったナマエとは裏腹に、エルヴィンは心なしかものすごく楽しそうな雰囲気で顎の前で手を組んだ。

「当たり前だ。コイツより容姿端麗な奴が他の兵団にいたら見てみてぇもんだな」

「確かに…私も他の兵団と関わることは多いが、ナマエほど可愛らしい女性兵士には会ったことがないな」

「ちょ、ちょっ…団長、リヴァイ兵長っ…!」

「てめぇがナマエのことをそういう目で見てるのは胸糞悪ィが…。俺がコイツに纏わり付く虫ケラ共を蹴散らすのに苦労してんのは、お前もよく知ってるだろ。その時点で基準の一つは軽くクリアしてんだろうが」

「そうだな。戦闘力は恐らく立体機動の実戦で評価がつくだろうが、彼女が他の兵士に遅れを取るはずがない」

「んな分かりきったこと言ってんじゃねぇよ。コイツの討伐数と討伐補佐数を見れば一目瞭然だろうが」

「なるほど…。これで二つの基準はクリアしているな」

「対人能力とやらをどうやって計るかは知らねぇが。ナマエが部下や他の兵士から慕われてんのはお前も知っての通りだ。初対面で新兵の緊張を取り払って、そいつの能力を最大限に発揮出来るように動けるように仕向けられる奴は、俺はコイツしか知らねぇな」

「…リヴァイと言う通りだ。やはりナマエが出れば優勝間違いなしだろうな」

「…もう…本当にやめてください…」

これは何の拷問なのか、誉め殺しという名の辱めにあったナマエは真っ赤になった顔を両手で覆い隠してしまった。
リヴァイはともかく、真面目な顔を取り繕っているエルヴィンの口端は笑みを堪えるようにヒクヒクと痙攣していて、この状況を大いに楽しんでいるのは明白だった。

「ナマエが出れば優勝だと見込んだお前の目は間違ってねぇよ。だが、コイツをクソ豚野郎どもの好奇の視線に晒すのは俺が許さねぇ」

「…分かったよリヴァイ。お前がそこまで言うのなら、今回は違う兵士を選出しよう」

「ふん…最初からそうすりゃいいんだよ。行くぞ、ナマエ」

「はい…エルヴィン団長、失礼します…」

無事に断れたのだから万々歳なはずなのに、全ての気力が失われた気がするのは何故なのか。
未だに収まらない顔の熱を隠すことが出来ないまま、ナマエは何とか敬礼を捧げてリヴァイに連れられ、退出した。

「…ここ何年かで一番面白いものが見れたな」

正々堂々、赤面もなく惚気るリヴァイなど誰が見られると思っただろうか。
それだけでも今回ナマエを選出出来なかった無念さを上回る気がして、エルヴィンは機嫌よく書類に手を掛けたのだった。



不機嫌そうなリヴァイの顔を見れず、ナマエは顔を伏せたままリヴァイの執務室へと帰ってきていた。恋人同士であるとはいえ、あそこまで自分への賛辞を贈られたことは今までなかったのだ。

「ナマエ…あんなの直ぐに断れ」

「は、はい…」

「くだらねぇ催しにお前の時間を割く義理はねぇよ。いくら団長命令だとはいえ、自分を安売りするような命令には……オイ、聞いてんのか」

苛立ったようにナマエに声を掛けたリヴァイだが、彼女が顔すら上げずに俯いたままなのに気がつくと、訝しげに椅子から立ち上がる。
己の八つ当たりに近い感情だったと理解しているからこそ、言い過ぎたかと僅かながらだが反省しなくもない。

「ナマエ、オイ…」

「み、見ないでくださいっ…」

ばっと顔を両手で覆ったナマエが、「今は見ないでください」とくぐもった泣きそうな声で再度告げた。
思わず伸ばした手を止めたリヴァイだが、垣間見えるナマエの耳の赤さに彼女の内心を察して、思わず口角を上げた。

「ナマエ…顔見せろ」

「やっ、今は無理ですっ…!」

「ほう…無理やり外されてぇか」

「うう……」

観念したナマエがゆっくりと両手を外していく。露わになったナマエの潤んだ瞳と紅潮した頬、そして同じく赤く熟れた唇を目にしたリヴァイは、抗うことなくそこに齧り付いた。

「ッ、ふっ…んんっ…!?」

いきなり降ってきた激しい口付けに翻弄されたナマエは目を白黒させながらも、絡められる舌になんとか応え始めた。
舌先を擽られるように弄ばれれば、寒気のような快感が背中を走る。息を乱すナマエからゆっくりとリヴァイが離れていった。

「お前な…いつまでも恥ずかしがってんじゃねぇよ」

「だ、って…兵長が、あんなこと…」

「エルヴィンの前で話したことか?あんな当たり前の話で照れんな」

「うー…私を殺す気ですか…」

リヴァイの腕の中に収まり、羞恥で縮こまりながら胸元にぐりぐりと擦り寄ってきた彼女に満足げな息を吐く。
確かにエルヴィンに告げた話を思い返せば若干の気恥ずかしさが込み上がってくるが、それでナマエを豚どもの目から守れたのなら安い話だ。

「お前の良さは俺だけが分かってればいいんだよ」

わざわざライバルを増やす必要はねぇ、と忌々しげに呟いて、沸騰しそうなほどの熱を持て余した恋人をしっかりと抱き込んだ。



-fin

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