瞬く星を手に入れる


兵団本部から遠ざかっていく馬車を二階の窓から見送って、ナマエは僅かに肩を落とした。エルヴィンとリヴァイを乗せたそれは王都に向かっており、帰りは明日の夜遅くになる予定だという。

(仕方ないよね…)

貴族相手にへつらい、機嫌を取らねばならない大変さは想像に難くない。しかも今回は、人類最強の生誕日を知った調査兵団支持を表明する貴族の一人が主催し、リヴァイの為に開く会だというから尚更だ。

(…仕方ない)

恋人になって初めて迎えるリヴァイの誕生日、いつもならリヴァイ班を中心に祝われているが、今回はナマエとリヴァイの仲を慮った仲間たちが違う日に開催してくれたおかげで、明日の終業後は二人で過ごせるはず、だったのだが。

「…よし、仕事しよ」

壁外で誕生日を迎える兵士もいるのだ。
本人はものすごく嫌そうな顔をしていたが、盛大に煌びやかに祝われた方が良いに決まっている。
そう自分に言い聞かせて、ナマエは重い足をようやく床から引き剥がした。



調査兵団への全面支持を声高に叫ぶ物好きな貴族の一人が、リヴァイの誕生日を偶然知ったのが始まりだった。是非その武勇伝を聞きつつ生誕祝いを、と熱心に主張されて断ることなど出来なかった。これを受ければ兵団への出資を増額する、と暗に告げられたせいでもある。

「さすがはリヴァイ兵士長!人類最強の名に恥じない働きですな」

「…もったいないお言葉です」

「今の調査兵団はリヴァイがいてこそ成り立つ組織です。それもこれも、卿の力強い支援があってこそ。これからも何卒よろしくお願いします」 

「エルヴィン、調査兵団には期待しているからな。君たちこそ人類の希望だ!」

屋敷に着いた二人は、熱烈な歓迎を受け主催者と夕食を共にしていた。貴族の自慢話、他貴族や他兵団の噂、そしてエルヴィンとリヴァイへの賛辞が飛び交うその席をなんとか堪え、ようやく部屋へと戻ってきていた。
苛々と兵団服を脱いだリヴァイがシャワーでも浴びるか、と溜息を吐いた時に部屋にノックの音が響いた。

「なんだエルヴィン。寝る寸前までお前の胡散臭ぇツラなんざ見たくねぇよ」

「…リヴァイ、気持ちは分かるがその顔をなんとかしないか」

「この顔は生まれつきだ」

立っていたのはエルヴィンで、抱いていた苛々を全てぶつけるように辛辣な言葉を吐き捨てた。招き入れなくとも勝手に入ってくるエルヴィンに背を向け、大きく舌打ちをする。

「チッ…なんでクソ貴族の茶番に付き合わなければならねぇ。しかも泊まりときたもんだ」

「これも仕事のうちだ。お前も分かっているだろう」

「なんだ、わざわざ部屋に来たのは説教か?言われなくても明日はちゃんとこなしてやるよ。大事な大事な『お仕事』だからな」

皮肉たっぷりに言い放ったリヴァイにエルヴィンは内心苦笑した。リヴァイがここまで心情を露わにし、鬱憤をぶつけてくるなど珍しいことだ。なんだかんだこのような雑事や接待が必要なことだと理解し、言葉は多くないが場に合った対応を身に付けてきていた。今のリヴァイの様子に入団したての頃を思い出して、エルヴィンは目を細める。

「いや、一言謝ろうと思ってな。お前にもナマエにも悪いことをした」

「…仕事なら仕方ねぇだろ。俺もナマエも理解している」

「あぁ、分かっているよ。だが周りも協力して、誕生日にはお前たち二人の時間を取らせようとしていたのは知っていたからな」

リヴァイがナマエとの関係を公にして以来、大なり小なり色々な声があったらしいが、温かく見守っている兵士が殆どだった。ともすれば職務に没頭してすれ違いかねない二人を心配し、リヴァイ班を中心になんとか二人の時間を取らせようと奮闘していると聞いた時は、思わず笑ってしまったものだ。

「…ガキくせぇと思ってんだろ」

「いいや?リヴァイにもようやくまともな春が来たと喜んでいたところだが」

「チッ…俺よりもナマエだ。誕生日なんざどうでもいいが、あいつが明日の為に色々考えてくれていたのに悪ィことをしたと思っただけだ」

「…ほう」

自分の為に色々準備していたナマエの好意が無駄になり、彼女がそれを悲しむかもしれないと思って苛ついているらしい。どこまでもナマエ第一主義だな、とエルヴィンは呆れ半分感心半分で感嘆した。

「なんだその顔は。気持ち悪いな」

「お前な…。まぁいい。私からの誕生日プレゼントだ。26日はお前とナマエ、二人とも休みにしてある」

「はっ…気が利くじゃねぇか」

「明日帰るのは夜半になるだろうが…」

「仕方ねぇだろ。だが晩餐会が終わったら俺は直ぐに帰るぞ。だらだら引き延ばされるのはごめんだ」

「分かっている。時間になったら馬車を呼んであるからな。何か言われたら緊急事態だと言ってやればいい」

「…ふん」

涼しい顔で言い放ったエルヴィンを鼻で笑う。大人気なく感情を露わにしたことを今さら気恥ずかしく感じるが、あと一日我慢すれば休日が待っているのだと自分に言い聞かせた。
手を挙げて退室したエルヴィンを見送り、リヴァイは深々と溜息を吐く。窓の外には、ナマエが好きそうな満天の星が輝いていた。



「落ち込んでるね」

「…ナナバ」

誕生日当日、食堂でぼんやりと食事をしていたナマエの隣にナナバが座って声を掛けた。仕事中はいつも通りを心掛け、淡々とこなしていたつもりだがふとした瞬間に気が抜けてしまうのは否めない。

「…やっぱり分かる?」

「まぁね。ナマエがそんなになるの珍しいし、今なら通常種一体にでもやられそうだね」

「もう、やめてよ」

ナナバの冗談に苦笑する。そこまで腑抜けていたつもりはないが、リヴァイの不在が棘になって心を重くしているのは確かだ。

「ナマエがそんなに恋人の誕生日を重視する子だと思わなかったよ」

「…そうじゃないよ、ナナバ」

ナナバの軽口に一気に気分が重くなる。周りに他に人がいないこともあって、ナマエは抱いていた澱みをつい口にしてしまった。

「仕事だから仕方ないのはちゃんと理解してるよ。別に誕生日を当日に祝えないのが嫌なんじゃないの」

「じゃあ何が嫌なの?」

その問いに答えられなくて、いや、答えたくなくて思わず口を噤んでしまう。兵士の自分が恋愛ごとでこんな女々しい、弱気な姿を見せていることに今さらながら情けなくなってくる。

「リヴァイの誕生日を一番最初に祝うのが、見ず知らずの女かもしれないってことかな?」

「っ、ハンジさん!」

後ろから聞こえた声に思いきり振り返る。そこには食事のトレーを持ったハンジが立っていて、「ごめん、話が聞こえちゃってさ」と気まずそうに鼻の頭を掻きながらナマエとナナバの向かい側に座った。

「で、当たりかな、ナマエ?」

「はぁー…。その通りです」

ハンジの悪戯っぽい笑顔に苦笑いを返し、溜息を吐きながら肯定した。隣で揶揄うようにヒューっと口笛を吹いたナナバを軽く睨み付けてから、ハンジの頭越しにどこまでも続く晴天を見上げた。

「誕生日を当日に祝えないのも、仕事で顔を合わせられないのもいいんです。でも…」

「着飾った貴族の女がリヴァイにベタベタしながら『リヴァイ兵長、お誕生日おめでとうございますぅ』って言うのが嫌で嫌で仕方ないと」

「ちょっとナナバ、そこまで言ってない!」

わざわざ声色まで変えてナマエの心情をズバリと当ててくるナナバに慌てて周りを見回した。幸い、こちらの話を聞いている兵士はいないようだ。

「ま、ナマエの気持ちも分かるよ。リヴァイがこういう会に参加するのも珍しいのに、更に誕生日ときたもんだ。頭まで花で着飾った女たちは群がるだろうね」

「…ですよね」

あっさりとしたハンジの肯定に項垂れてしまう。リヴァイが誰かに靡くとは思わないが、いい気分がしないのが本音だ。はっきり言えば、まったくもって面白くない。
そんなナマエを横目で見たナナバが、クルクルとスプーンを回しながら口を開く。

「リヴァイ、いつ帰ってくるんだっけ?」

「今日の夜中近くになるみたい」

「リヴァイの部屋で帰りを待ってればいいじゃん」

「え…?」

「お、それはいい考えだね」

ナナバの突拍子もない提案に目を丸くするナマエとは裏腹に、ハンジも楽しそうに同意する。

「リヴァイの部屋の鍵、貰ってないの?」

「貰ってる、けど…」

思わず素直に答えてしまう。正しくは貰ってはいるが、今まで使ったことはない、だ。

「ナマエ、こういう時に使わなくてどうすんのさ!」

「で、でもハンジさん、疲れて帰ってきてるのに他人がいたら休めないんじゃ…」

「あぁもう!ナマエのそういうところ、ほんとに変わってないんだね。謙虚なのもいいけど、もうナマエとリヴァイは他人じゃないだろ?」

「そうだよ。一番最初におめでとうは言えないかもしれないけど、誕生日が終わる瞬間におめでとうを伝えられるってのも素敵じゃないかな」

ハンジの叱咤激励とナナバの静かな笑みがナマエの背中を押した。本当は街に外食に出て、そこで誕生日プレゼントも渡してちゃんとお祝いしたかった。だが、今日という日の最後にナマエにも出来ることがあるかもしれない。

「形はどんなであれ、大切な人に祝ってもらえるのが一番嬉しいんじゃないかな」

「…そう、ですよね」

ハンジの穏やかな声にナナバも頷いていた。
二人の顔をしっかり見返して、ナマエは満面の笑みを浮かべた。



「リヴァイ兵士長、お誕生日おめでとうございます」

「…恐縮です」

「リヴァイ様、こちらに来てご一緒しませんこと?」

「申し訳ないが、卿に呼ばれているようです」

「兵士長殿、壁外調査のお話を聞かせて頂きたいわ」

「私は話がうまくないので。エルヴィンを呼びましょう」

次から次へと掛かる声を慣れない敬語で何とか交わしつつ、リヴァイは所謂壁の花に徹していた。何とか自分たちの輪に引き込もうと奮闘していた女たちもやがて諦め、遠巻きでリヴァイの姿を眺めることにしたらしい。

「リヴァイ兵士長、今日の主役は貴方ですからな!酒は足りてますか?」

「…ええ、頂いています」

「さ、こんなところにいないで是非こちらに。貴方の話を聞きたくてウズウズしている輩が多くてなぁ」

「…申し訳ない。何分いつも粗暴な兵団にいるからか、こういう雰囲気に慣れていないもので」

「はっはっは、人類最強にも苦手なものがおありか!皆、人類最強の弱みはこのような華やかな雰囲気らしいですぞ!」

完全に酔っ払ったらしい主催者が大声で騒ぎ、それにワッと応える招待客を醒めた目で見つめ酒を煽る。チラリと時計を見れば約束の時間だった。

「…エルヴィン」

「あぁ、分かっている。ここは俺が何とかするからお前は馬車に向かってくれ」

「お前は残るのか」

「頃合いを見て離脱するさ。なに、今日は私のことは気にせず帰るといい」

いつの間にか隣に来ていたエルヴィンに小さく声を掛ければ、深い声がそれに答えた。だが貴族の屋敷からエルヴィンを一人で帰らせるわけにはいかない。何があるか分からない以上、護衛という点から見ても先に帰るのは得策でないだろう。

「…リヴァイ。実はミケを迎えに寄越してある。だから私のことは気にするな」

「…了解だ、エルヴィン」

リヴァイの逡巡を見て取ったのか、エルヴィンが殆ど唇を動かさずにそう囁いた。チラッと扉の方を見れば巨体の影が視界に入り、安堵の息を吐く。

「礼を言う。ミケにも伝えてくれ」

「あぁ、ナマエにもよろしく伝えてくれ。謝罪も一緒にな」

「了解した」

主催者にも一応軽く声を掛けるが、酔っ払っていてまともに会話にもならない。だが義理は果たしたと、リヴァイは喧騒からそっと離れて大きく息を吐く。
遠目に見えるミケに軽く手を挙げれば、同じように手を挙げて答える姿を見たのを最後に、リヴァイは馬車に乗り込んだ。

「兵団本部までなるべく急げるか」

御者の了承の声を耳に、リヴァイは座席に深く凭れ掛かる。今はとにかく早く、ナマエの顔が見たかった。



煩く騒ぐ心臓を宥めて、ナマエはリヴァイの部屋と向かっていた。片手にはプレゼント、片手には蝋燭を持っているが両手とも今にも震えてしまいそうだ。リヴァイの誕生日が終わるまであと三時間ほど、今日が終わるまでに帰ってこられるかは分からないが、おめでとうだけでも伝えたい。

「お、お邪魔します…」

長い時間を掛けてゆっくり、ゆっくりと鍵を開けていく。恋人になって割合すぐの頃に合鍵を貰ってはいたが、あまりに恐れ多くて今までこれを使ったことはない。初めて使うのが本人不在の誕生日になるとは思ってもいなかった。

「…失礼します」

執務室を抜け、隣にあるリヴァイの自室に入った途端に感じた彼の香りに鼻の奥がツンと痛んだ。そっと蝋燭を置けば、見慣れたリヴァイの部屋が広がっている。

「…リヴァイさん」

未だにリヴァイの部屋に入る時に照れてしまうナマエに、少しだけ呆れたようにしながらも手を伸ばしてくれるリヴァイの姿はここにはない。そのことに急に寒々しさを感じて、思わず自分の身体を抱き締めた。

「ちょっとだけ…いいかな」

リヴァイを近くに感じたくて、彼の香りが一番強いベッドへとふらふら近づいていく。きちんと整えられたベッドに一瞬逡巡するが、それよりも寂しさを埋めたい気持ちが勝る。
モゾモゾとベッドに潜り込んだナマエは、プレゼントをしっかり抱えたまま、ほんの少しだけ…と目を閉じた。



馬車が止まるか否かで扉を開けたリヴァイは、足早にナマエの部屋に向かっていた。未だ正装のままだし、整髪料や酒の匂いが染み付いている。いつもならいの一番にシャワーを浴び、全ての匂いを落とすところだが今日はそんなことをしている余裕はない。
幸い誰とも会わずにナマエの部屋まで辿り着いたが、いくらノックしてもナマエが出てくる気配は無かった。神経を集中させれば、そもそもナマエの気配が部屋に無いことが分かる。

(…こんな時間にどこだ?外か?)

あまり褒められたことでは無いが、ナマエは夜間訓練と称して立体機動の自主練をすることがある。予定が無くなった今日、その為に外に出ていてもおかしくなかった。

(とりあえず部屋に帰ったら訓練場の使用申請を確認するか…。そのあとは風呂だな)

ナマエが居ないことに落胆は大きいが、少し冷静になれた。一先ず今日の汚れを落とすことを決意し、リヴァイは自室に取って返す。
走ったせいで乱れた前髪を鬱陶しそうに除けながら、ナマエへと思いを馳せる。付き合ってすぐにリヴァイの部屋の合鍵を渡したが、ナマエのものは貰っていない。ナマエも作ろうとしてくれたのだが、いくら恋人とはいえ女の部屋だ。ものすごい葛藤の後、リヴァイは断腸の思いでその申し出を断ったのだ。

「こんなことなら貰っておくんだったな…」

呟いた嘆きは暗い廊下に落ちて消えた。
重くなる足を叱咤して自室へ辿り着いたリヴァイは、どこか雰囲気の違う部屋に気が付いて視線を鋭くさせた。

「…誰かいるのか」

兵団内でリヴァイの部屋に忍び込む奴がいるとは思えない。そっと執務室と自室を繋ぐ部屋を扉を開ければ、月明かりに照らされてぼんやりと部屋の様子が窺えた。

「っ、ナマエ…?」

自分とは違う柔らかい香りを感じると同時に、こんもりと盛り上がるベッドに気が付いた。足音を忍ばせて近づけば、丸くなってスヤスヤと眠るナマエの姿があって思わず口元を掌で覆う。

(…こんなところにいるとはな)

あんなに遠慮していた合鍵を使い、リヴァイのベッドに潜り込んでいたというのか。
ナマエが持ち込んだらしい蝋燭はとっくに消えていて、それなりの時間ここで待っていたことが窺える。あまりの可愛さと健気さに口元が緩むのを片手で隠し、リヴァイは優しくナマエ揺り起こした。

「ナマエ、帰ったぞ」

「ん……りば、いさん…?」

何度目かの声掛けの後、ゆっくりとナマエの瞳が開かれた。ぼんやりと何度か目を瞬かせていたナマエだったが、ハッと目を覚ましたように勢いよく起き上がる。

「やだ、わたしっ…!ごめんなさい…!」

「いや…」

ワタワタと慌てるナマエの乱れた髪を梳きながら、リヴァイは目を細めてその姿を見下ろした。会いたいと思っていた恋人が自分のベッドの上で待っていたなんて、最高の誕生日ではないか。

「遅くなって悪かったな」

「いえっ…私こそ寝ちゃって……あ」

「なんだ?」

「…リヴァイさん。お誕生日おめでとうございます」

恥ずかしそうに俯いていたナマエが、しっかりとリヴァイの顔を見上げて微笑んだ。月の光に照らされたその姿に思わず息を呑み、そして僅かに口角を上げる。

「…あぁ、ありがとな」

あの晩餐会では誰に言われても心に響かなかったのに、ナマエの言葉だけでこんなにも心が暖かくなる。嬉しそうに笑うナマエがリヴァイに手を伸ばすが、そのまま何故かピタリと動きを止めた。

「ナマエ?どうし…」

「やっぱり…女の人もいたんですね…」

へにゃりと眉を下げてそう呟いたナマエの腕が力無く下される。ハッと自分の服の匂いを嗅いだリヴァイは、そこから漂う胸糞悪い香りに思いきり顔を顰めた。
酒や食べ物の匂いだけでなく、香水の匂いも纏わりついている。己のあまりの迂闊さに思わず舌打ちし掛けるが、それよりも先にすることがあると勢いよくジャケットを脱いだ。

「えっ…!リヴァイさん!?」

「こんなくせぇ匂い付けてたらお前に触れねぇだろ。待ってろ、今風呂に…」

「ちょ、ちょっと待ってください…!」

ジャケットの次はタイを引き抜き、次はベストに手を掛けたリヴァイを慌てて静止する。自分の失言でリヴァイに気を遣わせてしまったことを反省するが、それよりも。

「あ、あの…もうちょっとだけ…」

「…なにがだ?」

「リヴァイさんの正装姿、初めて見るので…あの、もうちょっと見たいなーって」

最初は暗くて良く分からず、更に香った香水にショックを受けてしまったが、よくよく見ればリヴァイの正装姿を見られるのは珍しく、様になっていて本当に格好いい。

「…却下だ」

「えっ、ええ!?」

「こんな格好、いくらでもしてやる。それよりもナマエに触れねぇ方が辛い」

「あの、別にそのままでも…」

「…いいのか?」

「っ…!」

リヴァイの静かな問い掛けに息を呑む。
オロオロと視線を彷徨わせてしまうが、リヴァイの真っ直ぐな目に根負けして唇を噛んだ。

「いや…嫌、です…他の女の人のところに行かないで…」

「っ、クソっ…」

震える悲痛な懇願に、一瞬でも惜しいとリヴァイは勢いよくシャツを脱ぎ捨て上半身は裸になる。ボタンがいくつか弾け飛んだ気がしたが、無視だ。
まだ薄らと香水の匂いがする気もするが、先ほどよりはマシだとナマエの腕を引いて思いきり抱きしめた。

「…可愛いこと言ってんじゃねぇよ」

「…お仕事なのにごめんなさい」

「あぁ…クソみてぇな仕事だった」

「本当にお疲れさまでした。というか…とりあえず服を着てください…」

「別にこのままでいいだろ」

「駄目です!」

キッパリと答えたナマエを渋々離し、適当に引っ張り出したシャツを被る。いつもなら風呂に入る前に着替えるなど言語道断だが、今は目の前の恋人を愛しむことに忙しいのだ。再び抱きしめた肢体の柔らかさを堪能しながら、リヴァイは口を開いた。

「ナマエ」

「はい」

「…妬いたのか」

抱きしめられたままでくぐもったリヴァイの声が確信を持って聞いた。誤魔化すようにリヴァイの肩に顔を埋めるが、すぐさま引き剥がされて目を合わせられる。月明かりしかないはずなのに、リヴァイの瞳が優しく輝いて見えた。

「…だって、私以外の女の人が最初にリヴァイさんにおめでとうを言ったんですよね…?」

「はっ…耳に入っちゃいねぇよ」

「最初も最後も、私だけがいいです…」

「ナマエ…」

ハンジとナナバの前では強がって物分かりの良い恋人を演じていたが、本当はこんなにも女々しくて嫉妬深い。本当はちゃんとお祝いしたかったし、二人で笑い合って誕生日を過ごしたかった。
そんなことを訥々と訴えるナマエに、浮かんでくる笑みを抑えられない。誕生日なんてただ一つ歳を重ねるだけの日だと思っていたが、こんなナマエを見られるなら毎日が誕生日でもいいくらいだ。

「はぁ…エルヴィン団長を恨みます」

「そう言ってくれるな。あいつも悪かったと言っていたぞ。その詫びに明日は二人とも休みだそうだ」

自分も憤ってエルヴィンに八つ当たりしていたことは綺麗に棚に上げ、エルヴィンからの誕生日祝いを告げればナマエが嬉しそうに目を輝かせた。

「本当ですか!」

「あぁ。誕生日はどうでもいいが、ナマエと休みが重なるなら万々歳だな」

「もうっ、どうでも良くないですよ!明日はちゃんとお祝いしましょうね」

急だが、行こうとしていたレストランは空いているだろうか。街に出て二人で色々物色しながら食べ歩きをしてもいい。
ワクワクした気持ちを抑えきれずに起き上がったナマエは、ベッドの中に埋れたプレゼントを発見して慌てて救いあげる。

「リヴァイさん、これプレゼントです」

「なんだ…悪いな」

「いえ、私が抱きしめて寝ちゃったので袋は皺になっちゃいましたが、中身は無事なはずです」

まさかプレゼントまで用意してくれていたとは思わなかったリヴァイが目を瞬くが、次ぐナマエの言葉にはそれが最高だんだろうが、と言い掛けて寸前で呑み込む。自分がこんな変態染みたことを考えるなんて思いもしなかった、と軽く絶望を覚えた。

「開けていいか」

「はいっ」

ゆっくりと開かれた包みから現れたのは、繊細な作りのティーカップだった。緑と白のラインが複雑に絡み合う模様は、さながら調査兵団の自由の翼のようだ。

「…これはかなりいいモンじゃねぇのか」

「ふふっ、秘密です」

その精巧な作りに思わず見惚れてしまう。
そんな様子を満足そうに見ていたナマエは、そっとベッドから足を下ろしてリヴァイと隣り合って座り直した。

「お誕生日、おめでとうございます」

「…ありがとう」

ぎゅっとリヴァイの手を握ったナマエの手を握り返したリヴァイの顔が、今まで見たどんな表情よりも柔らかくて見えた。これからもずっとその顔を一番近くて見ていたいと、そう願いながらナマエはそっとリヴァイの頬に唇を寄せたのだった。

-fin

2020年リヴァイ誕生祭
【あおぞらラプソディ】

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -