私にとってこの出会いは最悪で、あまりにも唐突で、良い思い出ではない。


私が働くここ武装探偵社は、ちょっと危険なお仕事を請け負っている会社。
そんな場所であるからこそ、ここにいる人間は一癖も二癖もあるものばかりだ。


「やぁ、初めまして。お嬢さん?いきなりで悪いんだけど、私と一緒に心中してくれないかい?」

私の前にいるこの男は、とんでもない事を口走った気もするが、整った顔つきをしており、さぞ女性達にもてるのだろうと思う。
あんなことが無ければ私とて、この男をある程度好感の持てる異性として認識していただろうと思う。


目の前に立つこの男が、私にとって敵でなかったのならの話だけどね…


そう、何を隠そう、今目の前に立つ彼は私にとっては親の敵。死んでもその命を奪い取ってやりたいと望んだ憎き男なのである。
だのに!
「あれ?聞こえてるかい?」

「えっ…あ…はい…ごめんなさい」

ほんとにごめんなさい。状況が飲み込めてないんです。

ちょっと風邪で寝込んで、やっと出社したら?いきなり新人が入ってて?それがまた、私がこの8年ずっと殺したいと願い探し続けた男だぁ?

はっきり言おう……

「ふざけんな…」

ぽろっと口から出た言葉に彼は明らかに驚いたように目を開いてこちらを見つめた。
失礼なのは承知している。だが、情報も少なく、探すのに何年もかかってきた相手が目の前に現れたのだから当然の反応である。
しかし、私も、まさか口から出るとは思っても見なかったのだから、慌てて弁解するように続ける。

「あっ!?ご、ごめんなさい!つ、つい!!あ、えっと…何でしたっけ!!」

あわあわと慌てだした私を見てふっと吹き出す彼に、若干の殺意を覚えつつ、今が自己紹介の途中だということを思い出した。

「えっと、ほんとに失礼しました。変わった人を見るのは慣れてますけど、ここまで変わってる方を見るのは珍しいもので……私、苗字名前といいます。太宰……治さんですよね。よろしくお願いします」

正直全く宜しくしたくない。
むしろ今すぐにその首かき切ってやろうかとも思っている中、社長とのある約束のため大人な対応をした私を褒めて欲しいよ。

社長、私頑張ったから後で褒めてください…。

そう心の中で呟きながら、ひたすら耐える。

「い、意外とはっきり言うんだね。」

「当然だ。お前があんなこと言うからだろうが。名前もう体調はいいのか?」

少し引き気味に言う太宰の後に、来た彼国木田さんは、太宰に言った後、私を見ながら言う。
「えぇ!お陰様で、こんなに元気ですよ!」

えへへ、と言いながらくるりと回って見せた。
すると、一瞬少し安心したかのように表情を少し緩めたかと思われた彼の顔は、またいつもの厳しい顔に戻ると彼は私の机にドサッと書類の束を積み上げた。

「お前が休んでいる間にたまった書類だ。今日明日で片しておけ」

「ひぃ!?う、嘘ですよね!?これを1人でですかぁ!?」

あたりあえだろ、とサラッと言って私の元を去る彼は鬼だとおもう。
泣きそうになりながらも、書類と向き合おうとすると、横に気配を感じた。
そうだ、忘れてた。彼がいた。
じーっとこちらを見つめているであろう彼を無視するように、書類に目を落とした。

その書類には、ヨコハマ連続失踪事件の報告書と書かれていた。
そう言えば、最近、大きな事件があったとか…
何日か言えからでないだけでこんなにも世の中のことに関して疎くなるのかと、少しショックを受ける。
しかし、そんな事よりもこの山のような書類を整理することがさきである。

やっと、半分片付く頃には、昼も過ぎ、定時まで過ぎてしまっていた。太宰もいつの間にかそばからいなくなっていた。と言うよりは社内から消えていた。その事実に国木田さんが青筋を浮かべていた事を思い出した。

ほとんど人のいなくなった社内はしんとしており、時計の針が時を刻む音が静かに響いている。
社長は奥にいるだろうか?

「まぁ、忙しいだろうから、声をかけるのはやめておこう。」

ぐっと伸びをすると、今日の事を思い出した。

まさか、あの男が入社してくるとは…
「憎い相手を前にして、何も出来ないとは、私もだいぶ腕が落ちたなぁ…少し前なら速攻で殺せただろうに…」

ぽつりぽつりとつぶやくように言えば静かな社内にその声は消えていった。

まぁ、社長との約束は守らなくちゃいけないし、もう少しは大人しくしていようかな。

しかし、名前も名乗ったにも関わらず、気づかないとは…彼の中ではそれほど気に止めるにも値しないような人間だったのだろうなぁ…

自称気味に笑うと荷物をまとめ、帰路についた。

「私があなたを殺すのが先か、あなたが私に気づくのが先か…見ものだねぇ」

そうつぶやくと、日が落ちたヨコハマの街を歩き出した。
これが、私と彼の出会い。
唐突で最悪な出会い。
この出会いが吉と出るか凶と出るか…

それは神のみぞ知るってね?


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