雲雀恭弥×三浦ハル

年に一度のバレンタイン。
恋愛沙汰に関心のあるもののみならず中学生という年頃の男女ならば多少なりとも意識せずにはいられない、そんな一日。
三浦ハルとてそれは例外ではなかった。前日から張り切って台所を占領し試行錯誤の末に完成したガトーショコラは会心の出来栄えで、今までに作ったものよりもずっと上手く仕上がったように感じられた。ラッピングにだって勿論手は抜かない。店頭であれやこれやと悩み抜いた挙げ句に相手にぴったりのデザインを決め、ばっちりイメージに違わぬよう狂いなく包装してみせた。
全てに於いて完璧と言うべきそれを手に登校し授業中はそわそわと落ち着かない様子を見せながらも、常より長く感じた授業も終わりお待ちかねの放課後。
ハルは一目散に学校の敷地を抜け出し目当ての人物に会うべく先を急ぐ。どうか帰っていませんようにと願いながら向かった先は並盛中学校で、既に下校中の生徒が行き交う中で他校生であるハルは大人しく校門付近で待つ……などといった殊勝なことをする筈もなく、逸る胸を躍らせて校内へと侵入する。幾度となく忍び込んだ校舎は他校であるにも関わらず勝手知ったるなんとやらで、目指した場所に辿り着くのもそう時間はかからなかった。
応接室と書かれた札が掲げられている部屋の扉をノックしようとすると、それより早くに扉が開いてハルは思わず前のめりに倒れそうになったが寸でのところで踏み止まり事無きを得た。
扉から顔を出したのは紛れもなくハルの会いたかった彼であり、ハルはたった今転びそうになったことすらすっかり忘れて弾んだ声を上げる。

「雲雀さん!良かったいました」
「何か用?」

嬉々とした面持ちを向けるハルとは反対に雲雀は不機嫌そうな表情を浮かべる。それにハルは構わず言葉を続けた。

「今日はバレンタインですよ!バレンタインに用事なんて一つじゃないですか」
「没収物が多くなる訳だ」
「没収…雲雀さんは横暴です!」

意気揚々と紡ぐハルだったが興味なさそうな溜め息を吐き出してみせた雲雀には流石に少しムッとして口を尖らせる。然し雲雀はあくまで涼しい表情だ。

「風紀委員として当然の職務だよ」
「えー、不良のくせに」
「何か言った?」
「いえ何もっ」

学ランに付けた腕章こそ風紀委員の証明であったけれども、ハルは彼の素行を十二分に知っていた為ささやかな反論を紡いでみる。だがその言葉は容赦ない雲雀が構えたトンファーを視界に捉えたことで飲み込まざるを得なくなる。流れた冷や汗を拭いつつ雲雀が深く追及しないのを幸いと胸を撫で下ろしつつ、承諾を得るより早くに応接室の中へと足を踏み入れた。
そこで目撃したのは応接室の机にうず高く積み上げられたチョコレートの山で、ハルはその光景に思わず目を丸くする。

「…雲雀さん、これ」
「没収物」

さらりと答える雲雀に想像以上だとハルは絶句したが、ふと頭に過った思考にそのまま口を噤んでしまった。それを訝しんだ雲雀がハルの方に歩み寄る。

「三浦?」
「これ、没収物だけですか」
「は?」
「ま、まさかとは思いますがハルは先を越され…っ」

責め立てるように雲雀ににじり寄るハルの表情は真剣そのもので、雲雀は瞬きを繰り返す。

「ハル、雲雀さんに他の誰かが先にチョコレート渡してたりしたらって考えたら…何だかとってもブロークンハートですよ」

先程までの勢いは一気になりを潜めうなだれるハルに雲雀はまたも溜め息を一つ。それに食って掛かるような余裕もなくしたのかハルは手にしたままのガトーショコラが入ったラッピングバッグをきつく握り締めるばかり。

「毎回毎回君の想像力には脱帽するよ」
「だ、だって雲雀さんモテそうじゃないですか!流行りのクールビューティでツンデレってやつですよ!モテるに決まってます!」

顔を上げて紡ぎ出すのは若干ズレていると思わしき発言だったが一応は雲雀を褒めているらしい。けれども雲雀は眉を寄せると共にハルの頬に手を伸ばし思い切りつねった。

「いひゃい!何するんですか!」

直ぐに手は離されたが頬は赤く染まりハルは涙目になりながら今し方つねられた箇所に触れ擦る。

「誰が何だって?」
「だって本当のことじゃないですか」
「三浦が自分で言っただろ」
「へ?」
「わざわざ並盛一の不良にチョコレートをあげにくるような物好きなんて君ぐらいだよ」

そう言って雲雀は未だ呆気に取られたままのハルを引き寄せ反動で自身の腕の中に閉じ込める。

「くれるんでしょ、それ」
「はい!ハル今日のは凄く上手く出来たと思うんですよね」
「へぇ」
「あっ、開けてみますか?今食べます?」
「うん」

一気に機嫌を直したハルに受け答えをしつつも雲雀は解放する気は更々ないようで、ハルは抱き締められたまま身動きが出来ずにいる。段々と脈打つ鼓動が早まってくるのが感じ取れた。密着しているのだから当然雲雀にも伝わっているのだろう。

「こ、これじゃ開けられないですよ」
「三浦」
「何ですか」
「たまには言っておこうと思って」
「何をですか?」

聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で微かに好きだと耳元で囁かれてしまえばハルはたちまち破顔する。
本人が言うように滅多にない愛の言葉はそれだけで苦労も報われるというものだ。自分の浮かれた気分が雲雀にも伝染したのだとしても構うものか。だって今日はバレンタインなのだから。
漸く体を解放された後、ハルは早速ラッピングを解く。丁寧に取り出されたガトーショコラは型崩れもない美品で店先に並べたとしても遜色ないと思われる代物で、ハルが言うように自信作というのも頷けた。
応接室に常備されている食器やフォークなどの位置もハルはすっかり把握していて、もたつくことなくお茶の用意を整える。
それからソファーの傍らに腰掛けてガトーショコラを食す雲雀の一挙一動を見守るかのようなハルに、雲雀は僅かながら眉根を寄せたがそんなことに構うようなハルではない。割合早いペースでガトーショコラを食べ進める雲雀に笑みを送りつつ紅茶を口に運ぶ。

「美味しいですか?」
「まあね」
「へへ、良かったです!雲雀さんもバレンタイン楽しみでしたか?」
「全く」
「な、なんでですか!」
「風紀を乱す者が多くなって嘆かわしいことこの上ない」
「雲雀さんだって乱してます、寧ろベストワンですチャンピオンです」
「僕は良いんだよ」

理不尽としか言い表わしようのない雲雀に、尚も言葉を続けようとしたハルだったが不意に落とされた口付けにより続く言葉は封じ込められてしまう。
ほんの少し甘さとショコラの苦味が感じられるそれは、何処か雲雀に似ていると、そう思った。

END

■12/02/12