短編 | ナノ


▼ 子猫をお願い!@

初めて見つけた時から運命的なものを感じていた。

だけどうちのマンションはペット禁止だから…
毎日毎日、ただじっとガラスケース越しにその子を見つめるだけだった。何度も忘れようとしたけど、やっぱり忘れることなんか出来なくて…家なら引っ越せばいい。そう、心に決めてペットショップへ向かった。

「エレン、迎えにきたからね〜」

デレデレとお目当ての子に近づけば、珍しくガラスケースの前に先客がいた。顎に手をあてガラスケースの先をじっと見つめる男の眼差しは真剣そのもので…なんだか嫌な予感がした私は、強引に男とガラスケースの間に割り入った。

「あの…そこどいてもらえます?その子、私のなんで…」

「あ…?何言ってる…こいつは今、俺が飼うと決めた猫だ」

男はそう言うと、親指でくいっと店の奥を指した。顔を向ければスタッフがバタバタと慌ただしく引き渡しの準備を進めている。

「はぁ!?ちょっと違う子にしてよ!この子はずっと前から私が連れて帰るって決めてたんだから…!」

「知るかそんなこと…」

契約書を持ったスタッフが戻ってくると、男は何事もなかったかのように契約の話しを始めた。なんということだ。ようやく心を決めて迎えに来たというのに他の人間に先を越されてしまうなんて。それもあと一歩というところで…。諦めきれなくて子猫のいるガラスケースにべったりと貼り付いた。

「エレン…!!私のエレン…!!」

それを耳にした男はすぐに鬼のような形相で振り返った。

「てめぇ…人の猫に妙な名前つけてんじゃねぇよ…」

「この子はもうずっと前からエレンって名前に決めてたんですぅ!」

「ふざけんな…こいつはエルヴィンって名前に決めてんだよ」

「何よその気取った名前は…この子は絶対にエレンなの…!」

「そんな小便臭い名前にされてたまるか」

店中に響きわたるくらいぎゃあぎゃあと言い合いになれば、店員がおろおろと両手をあげて二人の間に割り入った。

「あ、あの…お客様…」

「エレンよ!」

「エルヴィンだ…」

「エレンったらエレン!!」

「エルヴィンって言ってんだろ…」

その後も仲裁に入った店員を挟んで言い合いは続いたが、やっぱり先に契約されてしまったという事実はどうすることも出来なくて、子猫は男が持ち帰ることになった。あれだけ何日もペットショップに通ったというのに、こんなに呆気なくお別れの日がくるなんて…。

半べそかきながら家路についた。

涙をごしごしと拭ってマンションの階段を上ると、めずらしく同じ階の住人と鉢合わせた。こんばんは〜なんて軽く会釈しようと顔を向けた瞬間、私は見事に固まった。

「あ、ああ…あんた…!!」

エレベーターから何食わぬ顔で降りてきたのは、つい数時間前にペットショップで大喧嘩になった男だった。抱えているケースのなかにはおそらく私の大切な子猫が入っているに違いない。

「あの…ここってペット禁止ですよね?」

じろりと視線を向ければ、男はあきらかにギクッとした顔で眉根を寄せた。

「そういうお前だってここで飼おうとしてただろうが…」

男は視線を合わすことなく、そそくさと部屋の中へ逃げようとしたが、逃がすもんかと閉まる寸前のドアに足を滑り込ませた。

「ばっ…バラしますよ…?叫びますよ…?いいんですか!?いいんですねッ!?」

挟まれた足はかなり痛かったが、ここで諦めるわけにはいかなかった。目の前にはあの子猫がいるのだ。ドアの隙間から変質者顔負けの気迫で迫れば、男は確実に引いていた。じりじりと攻防は続くかと思われたが、階段下から住人の話し声が聞こえてくると、男は諦めたように私を家の中に招き入れた。



――――――



部屋に入れば自分の部屋と同じ間取りで出来ているとは思えないくらいシンプルに整頓され、かつ清潔感に溢れていた。黒を基調としたインテリアはなんだか高級そうなものばかりで、ついでに言えば女っ気もない。

「チッ…これが独身貴族ってやつか」

「おい…てめぇ、しっかり聞こえてるからな…」

突然押し入ったにも関わらずご丁寧にキッチンでお茶を淹れはじめた男は苛々とカウンターから顔を覗かせた。そんな言葉は無視してペットショップから持ち帰ったであろうケースの扉を開ければ、にゃあと可愛らしい鳴き声と共に子猫がひょっこり顔を覗かせた。首もとにもは「寿」と書かれたブルーのリボンが巻かれている。

「かっ…可愛ぃいい!!」

人の家だということも忘れて大きく感嘆の声をあげる。いつもガラス越しでしか眺めることができなかった子猫がすぐ目の前にいるのだ。それだけで私のテンションは急上昇した。

「はぁ…この金色の瞳にやんちゃな駆逐顔…やっぱりどう見てもエレンって顔ね」

うっとりと独り言のように呟けば、カップを手に戻ってきた男がふざけんな…と、舌うちをした。

「この気品漂う身のこなし…どう見てもエルヴィンって面だろ」

再び数時間前と同じ言い合いが始まるかと思われたが、にゃあにゃあと可愛い声で鳴きながら部屋の探索を始めた子猫に二人して夢中になった。

ちらりと子猫を見つめる男に視線を向ける。

この男…どうやら私と同様に子猫に夢中なようだが、きっとすぐに飽きて放り出すに違いない。男なんてそんなもんだ。猫も女も飽きたらポイなんだから。よく見れば小柄ではあるが整った顔立ちに筋肉質な体。悔しいが、見てくれだけはいいじゃないか。いかにもモテそうなこの男を信用するわけにはいかなかった。

そう、私は未だ飼い主の座を諦めてはいないのだ。
そんな厄介な思惑に気付いたのか、男は物言いたげに目を細めて私を見た。

「お前…どうせ彼氏もいないんだろ…」

「どうせって何よ…」

「一人暮らしの女が猫なんか飼ったらますます婚期を逃すだけだ…」

「う、うるさい…!余計なお世話よ!」

男は一緒に持ち帰ったペットショップの袋からドライフードを取り出すと、可愛らしい魚のイラストが描かれたエサ皿の中にいくらかのドライフードを落としていった。

「で、お前…名前は…?」

「ナマエよ…隣の502号室に住んでる。あんたこそ人に名前を聞く前に名乗りなさいよ」

「俺はリヴァイだ…」

リヴァイと名乗った男はドライフードが入ったエサ皿を子猫の前にゆっくりと置いた。子猫は最初こそ興味津々に近づいたが、匂いを嗅ぐだけで一向に食べようとしない。そんな様子を見かねて徐に立ち上がった。

「…まだ子猫なんだから固いドライフードをあげたって食べれないに決まってるでしょ?」

「あ…?」

リヴァイからエサ皿を取り上げるとキッチンに向かい、紅茶を淹れる為に沸かされていたお湯を適量注いだ。数分ほど待つと固かったドライフードは子猫でも食べやすい柔らかさにふやけていった。

「ほら、こうすると食べやすいでしょ?」

十分に冷ました後に子猫の前にエサ皿を置けば、待ってましたと言わんばかりに子猫はエサに食らいついた。

「…お前、猫を飼ったことがあるのか?」

「子供の頃に一度だけ、ね…でも家庭の事情で一緒には暮らせなくなって…」

「……」

「それから猫を飼うのは避けてたんだけど、この子を見てもう一度一緒に暮らしたいなって思ったの」

悲しげな顔で俯けば、男は案の定深刻な顔つきでそうか…と呟いた。

「まぁ、不本意ではあるが…俺も仕事で忙しい時がある。お前がその気なら、こいつの世話を手伝うことを許可してやる…」

「え…」

「それに家も隣同士だ…会いたくなったら会いにくればいいだろ」

(この男、ちょろいな…)

私は内心ほくそ笑んでいた。すぐに泣き真似をやめて顔をあげると両手を広げる。

「じゃあ名前はどうする?」

「あ…?だからエルヴィンだと何度も言ってるだろうが…」

「ねぇ、ここはとりあえず間をとってエレビンってことにしましょうよ」

「なんで間をとらなきゃなんねぇんだよ…俺の猫だ」

再び名前について言い争いが始まろうとしたが、エサを食べ終わった子猫がごろんとお腹をみせて転がった瞬間、私たちは息を止めてその愛らしい仕草に夢中になった。

「きゃあああ、可愛いっ!カメラカメラ…」

「おい、人のカメラを勝手に使うんじゃねぇ!俺が撮る…」


──その日から子猫と私とリヴァイの…奇妙な二人と一匹の関係が始まった。



つづく

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