拍手夢 | ナノ

 兵士長の受難

かつて調査兵団本部として使われていた古城は、今やすっかりリヴァイが統括する新しい支部として栄えていた。午前の訓練を終え、いつもだったら一人書類の処理に追われている時間、今日は執務室に珍しい来訪者の姿があった。

「おい、ハンジ…」

「なにさ…」

「こんなこと言いたくもないが、お前は普段から頭の切れる奴だ」

「そりゃどうも」

「そこで一つ相談だが、あのクソ狸をなんとかしろ…」

「…は?」

突然の言葉にハンジは資料から顔を離してリヴァイを見た。相談と言いながら命令口調なのも気になる。

「ねぇ、クソ狸ってもしかしてザックレー総統のこと言ってる…?」

「他にタヌキ面の奴がいるか…?」

お決まりの舌うちをしながらも書類に目を通すことはやめないリヴァイにハンジは呆れた表情を向ける。

「仮にも兵団のトップに向かって酷い言い草だね」

「いいから奴をなんとかしろ…」

「なんとかしろって…一体何があったのさ」

困ったようにハンジがそう言えば、リヴァイは溜め息をついて苛々と指で机を叩きはじめた。何やら長い話しになりそうである。



――――――



それは遡ること数週間前から始まっていた。

突如として古城に届いた大きな箱。他の兵士たちが見守る中ナマエがその箱を開けてみれば、いかにも高級そうな純白のワンピースが出てきたのだ。同封されていたカードにはダリス・ザックレーの紋章。

「なにこれ…可愛い…」

溜め息まじりにうっとりとそう呟いたナマエは、キラキラと瞳を輝かせながら自分の体にワンピースをあててみた。白い絹のワンピースは胸元からAラインに裾が広がる華やかなもので、普段動きやすいカジュアルな服ばかり着ていたナマエはそのワンピースに夢中になった。そんな姿を遠目に見ていたリヴァイは忌々しく顔を歪めて舌打ちをした。



「あのクソ狸…相変わらずナマエに甘いな…」

最初は単純にザックレーの気まぐれだろうと思っていた。そんな金があるなら少しでも調査兵団の予算を増やしやがれと内心悪態をついていれば、早速ワンピースを身に纏ったナマエが嬉しげにスカートの裾をなびかせ駆け寄ってきた。

「ねぇ、リヴァイ…どうかな…?」

小首を傾げながら伺うその姿に、なぜだか無性に苛立ち冷めた視線を向けた。

「おい、ここでそんな格好すんじゃねぇよ…兵士たちの目に毒だ」

「毒?!毒ってなによ…!?」

それからお決まりの喧嘩になり、数日は口をきいてもらえなかったのだか。…まぁ、それは今はいい。



その日から数日おきに同じような箱が届いた。ある時はフリルのついたエプロン、ある時は胸元があいたドレス。靴、香水、白粉…

最終的に下着まで送ってきた時は剣を抜きかけた。

「あのクソじじい…何考えてやがる…」

「お、落ち着いてください兵長…」

そのまま完全装備で内地に向かおうとしたのだが、それは部下達に取り押さえられて未遂に終わった。

ザックレーが何故そんなことを始めたのか、その真意が分からないでいたが、自分宛に同封されていたカードを読んでようやく全てを理解した。

そこには「しっかり励め」と書かれていたのだ。
つまりそういうことだ…

どこまでも悪賢いたぬきじじいの策略に、送られてきたカードを片手でぐしゃりと握りつぶした。



――――――



「…ってことは、ザックレー総統が自分の孫見たさにやってるってこと?」

「孫じゃねぇが…まぁ、そんなところだろうな」

「なるほどねぇ…追いつめられた老人ほど何をするか分かったもんじゃないね」

ハンジは呆れたように溜め息をつくと、腕を組んだままどさりとソファに腰掛けた。

確かにナマエはいつも化粧っけがないというか、年頃の娘にも関わらず自分の外見を着飾ろうとはしない。それが彼女の素朴な魅力でもあるが、子供の顔を早く見たいと願っているザックレーが心配になるのも無理はない。

「奴が人の妻に服や下着を送って喜ぶ趣味を持つ変態じゃなきゃ、この馬鹿げた行為を止められるだろ…お前が内地に行ってなんとかしろ」

「なんで私がそんなことしなきゃならないのさ…」

まったく勘弁してくれ…とハンジは肩を竦めてみせた。哀れみの念を込めてリヴァイを見てみればなんだか疲れているようで目の下にはくっきりと隈がある。大体、この男が自分に頼るだなんて余程追いつめられているに違いない。

「ねぇ、別にいいんじゃないの…もういっそのこと総統のご厚意にあやかって励んでみたら?」

「ふざけんな…あいつはまだ未成年だ」

「変なところ真面目だよね、リヴァイって…」

「ガキがガキを産むようなもんだろ…」

「まぁ、ナマエも年頃なんだしさ…本人が喜んでるなら別にいいんじゃないかな…」

なんて適当に言葉を濁らせていれば、コンコンと控えめなノック音が響いた。リヴァイが返事をすればすぐに扉が開いてナマエがひょっこりと顔を覗かせる。おそらく身に纏っているのはザックレーから送られてきたワンピースなのだろう。

「ねぇ、これからエルドさん達と水汲みも兼ねて川に行こうって話しになったんだけど、リヴァイ達も一緒に行かない?」

「…俺はまだ仕事中だ」

「ハンジさんは…?」

「私もいいよ、まだ此処でやることがあるからね」

「そっか、じゃあ夕方までには戻ってくるから」

ナマエはそう言うと笑顔で踵を返した。ふわりと舞ったスカートの裾からのぞく白い足に視線を向けたハンジはリヴァイが苛々してる原因に気付いてうーん…と唸った。



――――――



その後もザックレーについてああだこうだ言いながらお互い書類の処理をこなしていれば、ハンジが急に何かを思い出したように顔をあげた。

「ねぇ…川って皆で水浴びでもしてんのかな?」

「さぁな…この辺で涼める場所っつったら川辺くらいだろうが…」

「あの子の着てたワンピースって水に濡れたら透けそうだよね…色々と」

ガタッ…。そんな音がしたかと思えばリヴァイは既に扉に向かって歩き出していた。ハンジはその素早い行動に苦笑を浮かべるとその後ろ姿を見送った。

「まったく…今やすっかり愛妻家だね…」



――――――



旧調査兵団本部の古城から川まではそれなりに距離があった。リヴァイが馬を走らせ川に近づいた頃には既に兵士たちは水汲みを終え、個々の馬の手入れをしたり、足を水をつけて涼んだりとそれぞれの時間を楽しんでいた。

「なぁ…あれ、リヴァイ兵長じゃないか…?」

エルドが遠くによく知った姿を見つけて目を細めれば、そこにいた誰もが振り返った。

「…なんかすごい剣幕で近づいてきてないか?」

ゴゴゴゴとまるで壁外調査の時のような気迫で近づいてくる兵士長の姿に、兵士達は背筋を伸ばしてそれを迎え入れた。

「兵長…!なっ…何か緊急事態でもあったんですか?」

オルオが慌てて近寄ったがそんなものには目もくれずリヴァイはきょろきょろと辺りを見回していた。

「おい、あいつはどこだ…?」

「は…?あいつ…?」

「あいつに決まってんだろ…」

その気迫にヒィ…と肩を跳ねさせたオルオは舌を噛んでそのまま悶絶した。

「…ナマエならペトラとあっちの方で見ましたけど」

グンタが指差した方向にナマエの後ろ姿を見つけると、リヴァイは眉根を寄せたままズカズカと一直線に進んで行った。




「おい…ナマエ…!」

剥き出しの岩肌に座ってペトラと話し込んでいたナマエは、急に名前を呼ばれて目を丸くして振り返った。

「え、リヴァイ…どうしたの…?」

なぜだか不機嫌オーラ全開のリヴァイに、一体何がバレたのだろうと心当たりがありすぎて、頭の中では必死に考えを巡らせていた。

「ペトラ…少しこいつを借りるぞ…」

「ど…どうぞ…」

その剣幕にペトラも何事かと瞬きを繰り返したが、リヴァイは気にすることなくナマエの手を取り再びズカズカと林の奥へと進んで行った。

「ちょ、ちょっと…リヴァイ…どうしたの急に…」

人気のない場所まで辿り着くとリヴァイは足を止め振り返った。

「お前…さっきまで着ていた服はどうした…」

「さっきまで着てたって…あのワンピースのこと?」

「あぁ…」

ナマエを足元から見上げれば、ワンピースではなくいつもの白シャツにパンツスタイルというカジュアルな服装に着替えていた。

「馬に乗るのにワンピースで来るわけないでしょ…」

その言葉に、ようやく肩を下ろすと大きく息を吐いた。とんだ無駄足になったが、それでも想定していた最悪の状況でなかっただけ良しとしよう。

「もしかして、それを確認する為だけここまで来たの…?」

「何だ…悪いか…」

「ねぇ…リヴァイ、ずっと気になってたんだけど…もしかして私がザックレーのおじさんから貰った服着るの嫌…?」

不安げにそう訊ねられ、わずかに目を見開く。確かにザックレーとはいえ他の男が贈った服を着て嬉しそうにしている姿を見るのは面白くはないが、嫌なわけではない。だが、この複雑な気持ちをどう説明すればいいか分からなかった。

「似合わないよね、あんな可愛い服さ…リヴァイが嫌なら、私…もう着ないよ」

「…違う、その逆だ」

視線を逸らしながらそう呟けばナマエは驚いたように顔を上げた。その澄んだ瞳をじっと見つめて頬を撫でる。

クソ狸の思う壺のようで面白くねぇが…

「似合いすぎてんだよ…他の奴に見せたくないと思うくらいにな」

「本当…?」

「あぁ…」

「よかった…リヴァイに可愛いと思ってもらえなきゃ意味ないもんね」

クソ可愛いこと言いやがる…

思わず目の前の体をぎゅっと抱きしめ、このまま古城に連れ帰ろうかとも思ったが、遠くからペトラの声が聞こえてくるとそっとその体を離した。

「俺はまだ仕事がある…先に城に戻るがあまり遅くなるなよ」

「うん、分かった」



――――――



古城に戻れば優雅に紅茶をすするハンジの姿があった。もう帰ったとばかり思っていたその姿に、まだいやがったのか…と顔をしかめればハンジはひらりと手を降ってみせた。

「おかえり、その様子だと無駄足だったみたいだね…」

「余計なお世話だ」

「ねぇ、紅茶淹れたんだけど、リヴァイも飲む…?」

ハンジの目の前にあるティーポットに目を移すとあぁ…と小さく頷く。休むことなく馬を走らせたせいか、すっかり喉が渇いていた。

「はい、どうぞ…」

「悪いな…」

ハンジの淹れた紅茶を飲みながら再び書類の処理に戻ろうとしたが、ふとあることが気になって手を止めた。

「ところでハンジ…お前、此処へは何の用で来た…?」

昼から普通にこの部屋にいたが、何の用事で訪れていたのかその理由は聞いていなかった。

「ごめんね、リヴァイ…本当はこんなことしたくなかったんだけどさ…」

「あ?」

何のことだと聞き返そうとした瞬間、急にぐらりと視界が揺らぐ。すぐに立ち上がろうとしたが、ガタッと音を立ててその場に片膝をついた。

「お、おい…てめぇ…紅茶になんか入れやがったな…」

「総統が巨人の生体調査に関する研究費用を増やしてくれるって言うからさ…断れなかったんだよ」

ぐわんぐわん視界が揺らぎ、思わず米神を押さえる。

「あのクソじじい…どこまでガキが見てぇんだ…」

「さぁね…自分も老い先短いと思ってるんじゃないかな…?」

トップに対しててめぇの方がよっぽど酷い言い草じゃねぇかと悪態つきながらも徐々に息があがっていくのを感じてさっと血の気が引いていく。

「じゃ、そういう訳で…私は帰るね」

「ふざけんな…!鎮静剤をよこせ…」

「そんなものあるわけないだろ…心配しなくても入れたのは軽い催淫剤だから、数時間もすれば興奮はおさまるよ」

ハンジはまるで風邪薬の説明でもするかのように淡々とそう言うと扉へと歩きだした。

「まぁせいぜいしっかり励むことだね、兵士長殿」

「覚えてろクソメガネッ…!」

バンッと扉が閉まるのと同時に叫べば、一気に体が熱くなった。



――――――



ハンジが消えてしばらく執務室で耐えていたが、ここにいればいつ誰が来るか分からないと覚束ない足取りで立ち上がった。こんな不甲斐ない姿を他の兵士達に見られるわけにはいかなかった。ましてやハンジに薬を盛られたなど誰にも知られたくはない。

ふらつく足で細心の注意を払いながら部屋まで辿り着くと、中にナマエがいないことを確認する。

この時間ならまだ食堂か医務室だろう。自室に鍵をかけて朝まで耐えるしかないと決めると、リビングを突っ切りベッドルームのドアを後ろ手に閉めた。鍵をかけて胸を撫で下ろしたのも束の間、目に飛び込んできた光景に持っていた書類をバサバサと床に落とした。
自分のベッドに横たわるのは、ザックレーから送られてきたネグリジェを見に纏って無防備に眠るナマエ。

人の気も知らないで幸せそうに寝息をたてるその姿にぐっと拳を握りしめ、露になった太ももにごくりと喉を鳴らす。

「おい…これは一体なんの拷問だ…」

人類最強の男、眠れぬ地獄の一夜がはじまるのだった。


【兵士長の受難 おわり】





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