拍手夢 | ナノ

 ジャンの受難

(※シンデレラ15話以降のお話です。)









年が明けた。

どこもかしこもお祝いムードで賑わっているというのに、第104期訓練兵団を6番目の成績で卒業したジャン・キルシュタインは調査兵団本部の庭の掃除に追われていた。地面に落ちた枯れ葉を箒で集めては一人ため息をつく。

新年早々にどうしてこんなことをしているかというと潔癖症で有名なリヴァイ兵長が急遽調査兵団本部を訪れることになったからだ。

「くそっ…新兵だと思っていいように使いやがって…」

本来ならば仲間たちと新しい年の幕開けを祝っているはずだった。にも関わらず急な呼び出しをくらい、先輩兵士は全て新兵に任せきりで自分達は呑気に酒を飲み交わす有り様。まったく許しがたい話だ。

「あー…こんなことならマジで憲兵団に入団すれば良かったぜ…」

そんな後悔に苛まれながらイチョウの葉を集めていく。訓練にも使われるだだっ広い兵団本部の庭を一人で掃除するのはかなり骨の折れる作業だった。

小耳に挟んだ情報だと今回リヴァイ兵長と一緒にその妻も本部を訪れるらしい。結婚披露パレードの時にちらっと見たがなかなか品のありそうな女だった。運が良ければ今回その顔を拝めるかもしれない。

わずかな期待に胸を弾ませる。

なんと言っても人類最強と謳われるリヴァイ兵長の妻だ。きっと品があって気利くイイ女に違いない。ついでに色気なんかもあるんだろうな…

(まったく羨ましい話だぜ…)

もう何度目か分からない盛大なため息をついていれば、突然背中に衝撃が走った。急にぶつかってきた女はそのまま派手にすっ転び、苦労して集めた枯れ葉はひらひらと辺りに舞い散った。

「お、おい…何やってんだよお前…」

いたた…と枯れ葉にまみれになって腰をさする女は、よく見れば兵団の制服を着ていない。ここは、部外者は立ち入り禁止だ。

「てめぇ…どこから入りやがった」

「ご、ごめんなさ…」

謝りながら顔をあげた女は急に動きを止めた。まるでよく知った何かを見つけた時のように大きく目を見開いて瞬きを繰り返す。次第にその瞳はキラキラと輝いていった。

「あ…?なんだよ…気持ち悪い奴だな…」

それは率直な感想だった。突然現れたと思ったら人の顔を見てこの反応だ。気味の悪さに逃げ腰になっていれば、ものすごい勢いで女が飛びかかってきた。

「へ、兵長…!?」

「うぉおお…何すんだよッ!?」

ぎゅうっと首元に抱きつかれて思わず変な声がでる。勢いあまってその場に尻餅つけば、集めていた枯れ葉が再び辺りに舞い散った。

「おい、いい加減離れろ…!」

未だぎゅうぎゅうと抱きついてくるふざけた女を強引に引き剥がすと、その頭をぺしりと叩いて声を荒げた。

「馬鹿かお前は!俺が兵長なわけないだろ!」

「どこからどう見たってあなた兵長だよ!!」

真っ直ぐな眼差しでそう言い切られると、次第に顔に熱が集まっていく。

「ま、まぁ…そう言われて悪い気はしねぇな…」

俺だって訓練兵時代は立体機動で右に出る者はいないと言われた男だ。それに加えてこの男前な容姿。確かに自分はリヴァイ兵長に似ているところが多々あるかもしれない…

しばらく良い気分に浸っていたが、辺りに散乱する枯れ葉が視界に入ると盛大にため息をつく。ガシガシと頭をかいて立ち上がり箒を持ち直した。

「あーくそっ…また最初からやり直しかよ…」

「え…まさかここ、一人で掃除してるの?」

「まぁな…」

「…なら、私も手伝うよ」

女は近くにの壁に立てかけられていた箒を手に取ると散らばったイチョウの葉を器用に集めはじめた。

(なんだこの女…)

眉根を寄せたまま、その横顔をじっと見つめる。よく見ればそれなりに可愛い顔をしている。ひとつ気になるとすれば、ここ兵団本部で制服を着ていないことだ。

「手伝ってくれるのはありがたいが…お前一体何者なんだよ?」

「あ、ごめんね…私はナマエよ」

そう言って、よろしくと片手を差し出す女に頭を抱えてため息をつく。

「いや、そうじゃねぇ…その格好からしてお前兵士じゃないだろ?」

「兵士じゃないけど…これでも調査兵団の一員だよ」

「…冗談だろ?」

「医療班なんだけどね」

とりあえず部外者ではないことに肩をなでおろす。再び地面に視線を下ろして枯れ葉を集めていけば、ナマエが思い出したように口を開いた。

「ところで兵長はさ…」

「俺の名前はジャン…ジャン・キルシュタインだ」

「ジャン…?なんかしっくりこないな…」

「あ…?」

「兵長って呼んじゃダメ?」

兵長と呼ばれて嫌な気分はしないが、今日ここに来ることになっている本人の耳にでも入ったらとんでもない事態になりかねない。

「まぁ…別に構わねぇけど…そう呼ぶのは二人だけの時にしろよ?」

「うん、分かった」

嬉しそうに頷くナマエの表情に一瞬どきりと心臓が跳ねた。は…?と胸の辺りを押さえた瞬間、背後からえらく陽気な声がかかった。

「おい、新兵…ここの掃除終わったかー?」

振り返れば顔をほんのり赤くした兵士がへらりと笑って立っていた。おそらく掃除の進み具合でも確認しにきたんだろう。酒に酔いながらも、その抜け目のなさに舌うちをする。

「なぁ、裏庭の方も頼まれたんだが…もちろん俺たち先輩の分も喜んでやってくれるよな?」

「あーそうっすね…ここが終われば向かうんで…」

こいつらマジでめんどくせー。そんなことを考えながら適当に返事をしていれば黙って聞いていたナマエが急に動いた。

「ちょっと…一人だけにやらせてないで先輩なら先輩らしく見本になるように自分の役割をちゃんと果たしなさいよ!」

怯むことなく一息で言い切ったナマエはどうだと言わんばかりに仁王立ちで先輩兵士を見上げていた。あまりに突然の出来事にその場に立ち尽くす。へらへらと笑っていた先輩兵士も突然出てきた女に呆気に取られて固まっていた。

(おいおい、コイツ…死に急ぎ野郎かよ…)

そんなことを考えながらもナマエのピンと伸びた背筋にまっすぐ相手を見据える目。思わずその姿に見入ってしまう。

(ん…なんかコイツ…可愛くねぇか…?)

訓練兵時代はミカサに一目惚れなんかもしたが、それに近い衝撃を感じる。いや、本当はこういう奴の方が俺には合ってるのかもしれない。なにより今回はミカサのようにエレンの幼馴染みというわけでもない。

まさか…この俺にさっそく春が来たのか…!?

見えない所でぐっと拳を握りしめていれば、ようやく我に帰った先輩兵士が今度は怒りで顔を赤くした。

「あ、なんだてめぇ…どこから入った」

そう言ってナマエに掴み掛かろうとしたので咄嗟に庇おうと動けば、その手は別の誰かによって阻まれた。

「毎回勉強から逃げ出してた奴が人に説教とは偉くなったもんだな…」

「ひっ…!リヴァイ兵士長…!?」

その名に驚いて顔を向ける。そこに立っていたのは紛れもなく人類最強と呼ばれる男だった。兵長はナマエに向けていた顔を先輩兵士に移すと、その目をすっと鋭いものに変えた。

「おい…随分ナメた真似してるようだが…掃除より訓練の方がいいか…?」

言いながら兵長が目を細めると、ガタガタ震えていた兵士は掃除道具を持って一目散に逃げ出した。

「すっ…すみませんでしたー!!」

呆れた表情でその背中を見送る。

それにしても、どうしてこんな所にリヴァイ兵長が…と訝しげに振り返れば、ナマエが申し訳なさそうに駆け寄ってきた。

「ごめんね兵長…勝手なことして」

「いや…」

俺は別に…と言いかけて固まる。向かいに立った本物の兵長は眉根を寄せて不可解そうに顔を歪めていた。きっと自分以外の人間が兵長と呼ばれていることに疑問を持ったんだろう。当たり前だ。

慌てて顔の前で手を振る。

「すっ…すみません兵長!この女…俺のこと兵長に似てるとか言い始めて…」

再び顔に熱が集まる。

「まぁ…似てるっちゃ似てますよね…俺たち」

ぽりぽりと頬をかいていれば、急にナマエが兵長に向かって声を荒げた。

「もう、リヴァイってばどこに行ってたのよ!」

「へ…?」

思わずぽかんと二人を眺める。

「あ…?それはこっちの台詞だ…どれだけ探したと思ってやがる」

「あ、あの…」

状況がうまく把握できずに二人を交互に見つめる。
二人はどうやら顔見知りのようだが、ナマエの態度はリヴァイ兵長に対して少々馴れ馴れしすぎやしないか。

「あ、そうだ…そんなことよりリヴァイ!兵長にそっくりな人見つけちゃった」

「あ…?」

嫌な汗をダラダラとかきながら事の成り行きを見守っていれば、リヴァイ兵長が眉根を寄せて俺の方に顔を向けた。じっと向けられるその視線に耐えきれず顔を逸らす。

生きた心地がしない。

「…確かに似てるな」

(ん…?)

何かがおかしいと、そこでようやく気がついた。

「あの…さっきから言ってる兵長ってのは…」

「こいつの馬のことだが」

「う、馬!?」

ぴくぴくと頬の筋肉が痙攣する。唖然として固まっていれば、ナマエが盛大なため息をついた。

「ほら…やっぱり兵長に乗ってくればよかった」

「お前にはまだ長距離は無理だ」

「なによ…リヴァイが一緒の馬で行くって言いだしたんでしょ!?」

ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた二人を固まったまま見つめる。
なんだこの甘いようで甘くない雰囲気は…
ごくりと生唾を飲み込むと、意を決して口を開いた。

「あの…お二人の関係は…」

「あ…?こいつは俺の妻だが何か問題あるか?」

(マジかよ…)

気付けば俺はその場に倒れていた。

「へ、兵長…!しっかりして!!」

ナマエに抱きかかえられながら上半身を起こせばその肩越しにリヴァイ兵長の鋭い視線が突き刺さった。

(ま、まずい…新年早々殺られる…)

「だ、大丈夫だ…軽い目眩だ…」

米神を押さえながら慌てて立ち上がると、再び兵長が俺の顔をじっと見据えてきた。世にも恐ろしい顔で。

「おい、お前…どこかで見た顔だと思ったが…エレンと同じ104期生だな」

「はっ…第104期訓練兵卒ジャン・キルシュタインです!」

声高らかに敬礼しながらそう言えばナマエが大きく目を見開いた。

「もしかしてエレンと知り合いなの?」

「あぁ…ってお前もエレンの知り合いかよ?」

なんて当たり前のことを聞いてすぐに後悔する。エレンはリヴァイ班に配属されたのだから知っていて当たり前じゃないか。そう思った瞬間、ナマエは満面の笑みで口を開いた。

「知り合いもなにも、エレンは私の幼馴染みだよ」

気付けば俺は再び倒れていた。

(な、なんだこのデジャブは…!!)

「兵長…!!」

ナマエが再び俺に駆け寄ろうとしたが、それは本物の兵長の手によって阻まれた。

「いい加減、紛らわしいその呼び名をやめろ…」

「もう…だかリヴァイのことはリヴァイって呼ぶでしょ!?」

兵長の手を振り払って俺に近づいたナマエは、慣れた手つきで脈をとり、ひんやりと心地よい手のひらを額にのせた。

「うーん…熱はないみたいだけど…」

心配そうに覗き込まれて、その至近距離にある顔に再び熱が集まっていく。

「顔は少し赤いかな」

「いや、これは…」

しどろもどろになりながらなんとか誤摩化そうとしていれば、リヴァイ兵長の盛大な舌打ちが響き渡った。

「やっぱりお前をここに連れてくるべきじゃなかったな…」

「え、なんでよ!?」

信じがたいことだがナマエは紛れもなく兵長の妻のようだ。それはナマエに手を出したら容赦はしないと恐ろしいほど兵長の目が語っていた。そんな牽制に立ち向かっていく勇気など微塵も沸き上がってこなかった。

遠のいていく春の訪れに、がっくりと項垂れる。

「ところで、エルヴィンに用事はもう終わったの?」

「あぁ…」

「えー…私も会いたかったのに」

「お前が会う必要はない」

「なんでよ…!新年の挨拶したかったのに…」

そう言ってナマエが駆け出そうとすれば、すべて分かっていたかのようなタイミングで兵長がその首根っこを掴んだ。

「ぐだくだ言ってねぇでさっさと帰るぞ…」

「ちょ、ちょっと!せめてハンジさんに会わせてよ!」

ずるずると引きずられていくその様子を口を開けたまま呆然と見送る。突然現れて突然消えていく、まるで嵐のようだった。

な、何なんだ一体…

人類最強と謳われるリヴァイ兵長の妻。想像してた女とは全然違っていた。

まさか、あんな頭の弱そうな奴だとは…
しかも仲がいいのか悪いのか全然分かんねぇ!!


何はともあれ…

さよなら…俺の淡い恋心…


一人寂しく箒を持ち直したジャン・キルシュタインはぐすんと涙を飲み込んだ。





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