6月



6月はざんばら頭の×××。

 亀山りりの前にはざんばら頭の少女が一人。大きめの、一見で男物だと分かるフードに斑柄の猫を入れた彼女はくつくつと私の応答に笑う。無垢でいて、威圧感を感じる微笑み。この年齢の少女似つかわしくない雰囲気。黒に、黒。闇の色が店内の灯りよりふわりと浮き出る。
 それは切り口も鋭い六月中旬の昼下がりのこと。今月は何も無いなと息を吐いた亀山りりの新しい携帯電話は贈り物のストラップでじゃらりと鳴き声を立てていた。ふわふわのマスコットがビーズ編みのチェーンにぶら下がったやけに可愛らしいそれは緋つばくろよりのおすすめの一品である。意外性。
 腰からぶら下げたポシェットから機械を取り出して足りない物品の補充データを入力していく。お弁当等のデイリーは店長である怠惰兎の役目、お菓子の補充は亀山りりの分担。雑誌や飲み物は長期の先輩である上田さんの持ち回り、新入りの下関はまだまだ勉強中という按配だが飲み込みは早い。じきに文房具等の仕入れに関わることに成るだろう。充分過ぎる程に調った店の戦力内情――本日のシフトに入っていた上田さんは先程仕事を切り上げ、店内奥では兎が珍しくパソコンを片手に唸っていた。
 店の整頓と、残りの営業は亀山りりの双肩に任されている、なんて言っても客足が少ない時間帯。一人でも充分に営業は出来るのだが。
 
「…、」

 呼吸音さえも響く無音の店内。
 そんな中、スキップ混じりに入ってきた少女は袂から膨れたがま口を覗かせて私に柔らかく訊ねてきた。ダッツはどこかな、なんて。なんて贅沢な子供なのかと絶句しつつも案内したのが十分前。大量にダッツを持った少女がレジに現れたのが五分前。お会計は1万円札が一枚、お釣りは小銭。レジを通して袋詰めにし渡そうとした瞬間、少女よりの、声。

「亀山りり、幸運続きの。君は」

 毎回そんな幸運が平穏無事に続くとは思っていないだろう?
 突き刺さるように耳から脳を言葉が通過していった。目の前には見ず知らずのざんばら頭の少女。にゃあとフードより猫が覗くその光景は、大変和むものであったけれど。彼女の左右違いの瞳の色。
《見透かされるような表情が、いやに腑に落ちた。》

「ああ、うん。そうですね。続くとは、思っていません」
「やっぱり。ね、だろうね」
「はい、けれどそんなあたしの事情を知っているとは。なるほど、あんたも」

 そちらですか、と問えば。ああうん。察しの良い子は好きだねとダッツの封を開けながら少女はけららと笑う。手渡した、何の変哲もない筈の袋がふわり。宙に浮いて冷気を強める摩訶不思議な状況。ひんやりとした空気に晒されて腕を擦る。―はて、保冷剤なんてサービスは行なっていないのだけれど。

「あんたは、」
「《魔王》クロラ・リクス・ナイトレイだよー!えっへん!」
「…またエキセントリックな」

 どうしようかと途方に暮れながら完全にお手上げ状態。諦めて営業用の表情を崩せば彼女は面白いとアイスにかぶり付いて猫みたいに目を細める。

「現実を見ながら幸運に流され続ける君の人生。はて―さて。私の知ってる神は、不運しか与えないものだけれど。ねえ―ねえ、どう思う?」
「何がでしょう、魔王様」
「この世界の神様は随分と寛容じゃない。そうは思わないかな?」
「…あんたの世界の神様がもし、最悪な奴だとしても。私は、私の人生において神が寛容だとは到底信じていませんが」

 ほほう、と梟みたいにクロラは嗤った。

「幸運に踊らされてるにしては意外にヒカンシュギ?で無神論者なんだね」
「楽観主義で狂信者よりはマシでしょう。何でも神様のせいにするような無責任な人間にはなりたくないんです」
「まあね」

 そんな奴は喰われてしまえ、と恐ろしいことを紡ぐ唇を見詰める。真っ白な肌の色。人らしからぬ美貌と万人が焦がれるような声。なるほど《魔王》とは、こんなにも美しいのかと柄にもないことをしみじみと思う。

「あなたの世界の神様は、どんな奴ですか?」

 私からの問いかけが予想外だったのか、彼女は目を真ん丸に見開いてぐりんと首を傾ける。次いでぐしゃりと歪めてみせた左右違いの硝子玉みたいな目玉。繰り抜いたら温度が通っていないような趣を魅せるんじゃなかろうかと、少しばかり彼女の身体が気になった。
 食べるとかそんな趣味は無いけれど。彼女たちのような《人間じゃないもの》も、温かいのかしらと一抹の興味。燈助さんは、動物の類だからか温かかったけど。

「そうだね。あれはバランサーでありこのクロラ・リクス・ナイトレイの創造主である。最低な、奴だね」

 吐き捨てるような感情と見え隠れする―きっと、ひとつまみの愛しさ。
 それとは、付き合いは長いですかと言葉をかければぱきりとチョコレートコーティングされた部分を犬歯で破壊して、彼女は苦笑する。いやというほど、と言葉。ならば一概に感情を分けるのは難しいに違いない。
 長い付き合いは感情を有耶無耶にしてしまう不思議な力が働いている。

「安心してください」

 だから不敵に笑って答えてみせる。亀山りりの、答え。
 今の時点で胸を張って言える、宣言。

「上り坂ばかりが続く、都合の良い展開ばかりが人生ではないと思っていますから」

 言えば、満足気に鼻を鳴らしてひらりんとダッツで膨らんだ袋を持ち彼女は踵を返す。まるで真黒き猫のような軽やかな足取り。斑猫がフードから降り立って彼女の足に擦り寄った。
 一つ瞬いた先に、彼女の隣に寄り添う漆黒に、息を飲む。全く、びっくりショーみたいな流れは勘弁願いたいものだけれど。執事宜しく横で彼女の荷物を受け取った男に、彼女は当たり前のようにそっぽを向くと出口に向かって歩み始めた。
 いつの間にか、暮れた空の下―唄うように彼女が笑う。

「亀山りり。君は上々だね。それでは、」

 幸運を!その言葉の後に、建物が大きく揺れた。


20120621




 


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