3月



三人目は、不思議な住人たち。


 前文、亀山りりは帰る家が無くなりました。
 突然来襲したサングラスに黒スーツ組み合わせの人たちに「此処は売りに出されたから」と起き掛けに言われたのが季節外れの雪降り積もる昨日のこと。―言外に早く出ていけと、言えば彼らは私を憐れんだ目で見詰めた。ああ、何も知らないのかこいつ。みたいな。
 言葉もなく俯いた。災厄は何時だって音もなくやってくる。最悪。
 そんな憐れみも謗りも全てを含んだ回答が、一晩の猶予時間。して、段ボール二箱に収めた荷物を持ち私は急遽学校に連絡を入れ(家が無くなりましたって言ったら、聞き返された後に休んでいいよと柔らかく言われた)、朝も早くから此方に従事している。
《LOWSON》、怠惰兎の元に。
 大きい荷物を持って転がり込んできた私を彼は一瞥すると、ああ親父さんね二階の空き部屋使って良いよリリーとさらりと言ってみせた。全て無償で良いさ昔馴染みだし、とこんな状況になった理由まで見抜いた奴に、ナメんなと返して、早速後悔しそうになっている。まる。

「賃貸料6に生活費2諸々雑費でパアかあ」

 これから一人暮らしになるとすれば家が無い分部屋の賃貸料を考えなければならない。それを鑑みるに、手元に何も残らないという計算上の事実はとても痛かった。
 働いても働いても働いても、といった案配で。
 全ては糞親父のせいと悪態を吐きながら念入りに洗い物と掃除をする。そんなに娘よか彼女が大事かとか、子供なんて作るんじゃねえよ最初から、とか。果てにはどうして私はあいつらの子供なのかしら、早くどうにか飛び降り或いは首吊った方が良いのかしら古典的、なんて動いてないと思考回路が鬱々として身体が悲しみに固まってしまいそうだった。
 何より本日は例の月始め、何が来ても何が起こっても可笑しくない。ならば少なからず平生通り、そう平生通りにやっていきたいものだけれど。
 激情で頭が真っ白になりそうだ。自然、カウンターを磨く手にも力が入ってしまう。摩擦で火が起こせるんじゃ無かろうか。
 焦れる熱に干上がる思考の海、更に追い討ちを掛けるチャイム音。りんごんりんごん!タイミングが良すぎると舌打ちを一つして、

「いらっしゃいませ!《LOWSON》へようこそ!」

 勢い余って叫んだ。

「はい!すみません!」

 何故か即、謝られた。
 手を止め目を見張り入り口を見遣ると、何だか放っとけないタイプのおじさんが居た。中肉中背。先輩の上田さん(やせ形)とは、また見た目正反対だけれど。猫背と気弱な初見は、そう。
 守ってあげたくなるような。

「え、ええと」

 ふらりと視線をさ迷わせる。言葉が見付からず沈黙すること二分。
 怠惰兎は勿論のこと、此処まで来ると愉快犯か―何も言わない。ごちゃごちゃする頭の中をフル回転で整理して優先順位を付けていく。
 矢張先ずは謝らねばなるまい。《出会い頭怒鳴りお客様に謝らせた高慢ちきな店員》と亀山りりの名に汚名は着せたく無いゆえ、彼に向き直る。

「すみません、叫んだりしてしまって。少し、私生活が行き詰まってまして」
「え…あ、いえ。此方こそすみません。取り乱してしまって」

 照れたように互いに笑い合い、ほわりとぎこちなさが溶けた。
 しかし笑顔が可愛いなこのおじさん。笑窪が両頬にくっきりと残る。和やかな雰囲気にへらりと笑みながら、視界の端のぶれる景色に目を遣った。―続けて弾丸のような一撃。ぴょん、と真っ白な塊がカウンターに飛び乗る。密やか且つ大胆な煌めき、無垢の色彩。
 飛ぶパンチ、
 突き上げる足、
 目を狙う額、
 致命傷を狙い繰り出される攻撃、意味も分からないまま総てを避けて瞬く世界の中心に。ひこりと尻尾、シルクの毛並みの三角耳。―青い生彩に、金色の瞳という歪な取り合わせ。

「おじちゃんをいじめないで!」

 絶世の猫耳幼女が憤慨していた。またこれは立派なもふもふ度合いで。心中で燈助さんを想う。お仲間ですか、なんて。
 少しの合間惚けて居たら、先まで相対していたおじさんが困った顔をして駆け寄って来た。彼女を確りと後ろから抱き上げて、めっ、とは此如何に。

「あ、すみません。家の子が」

 ああ、飼われてるんですね。そんな言葉は恐ろしくて口に出せない。幼女を飼う中年男性なんてただの変態ではないか。
 また面倒な客か、ぼんやりと愛想笑いを浮かべると不信感を感じてか焦ったように彼の方から口火を切った。

「私は榊四介と申します。この子はオルタシア。とある方の下で家族として生活しています。
 兎さんから店員さんが物件をお探しだとお聞きしまして」

 ただ少々難ありなので、先ずはお話を聞いて頂けますか?そんな柔らかな口調に頷いていた。微かに見えた幸運を逃すような阿呆では無いつもり。

 特殊な込み入った事情なんです、と前置きと共に語られたのはこれまた不思議な物語。四つの煌めき輝く夢と恋と魔法の話。一昔、争い崩れてしまった四色の魔女。時に一番不利を買った青の精彩は生きるため、かけがえのないものを作ろうと思い至った。
 先ずは猫叉、次に土蜘蛛、
 次に人間。
 とあることへの足掛かりに、人間の道のりは思い付いただけだったがこれがまたどんな方向に転がるか分からない。連綿と継がれる意志の世界、その短い可能性に。
《魔女》は恋をした。

「しかしながら私も、此方に住処があります」

 総てを打ち切ることは出来ません、そう眉尻を下げて彼が請うように言う。
 気に入られた人間の家系、凛と揺れる強さに見初められた三代目の当主。榊四介。

「家は生き物です。誰かが住まねば息絶え、朽ちてしまう。
 私は私の歴史を築き、彼の家への入口となるあの家を殺したくはない」

 だからお願いします、一人には少し広すぎるとは思いますが私の家に住んで貰えないでしょうか。
 神妙な口振り。嘘を吐いているようには見えない。しかし無償。ただより怖いものはない、と溜め息を一つ。

「私はただの女子高生ですよ?」
「知っています」
「そんなに立派なお宅ならもっと良い条件の人に貸し出したら如何ですか?」
「お金が欲しいわけではないので」

 家賃はそちらの言い分で結構です、なんて。何て聖人君子なのか。

「なら、何か」

 少しだけ目を細めて訊ねる。目付きの悪さを隠すために掛けた眼鏡の下、意地悪く真意を問うように。

「あたしにしようと思った特定の条件でもありましたか?」

 覆いを無くした悪意。警戒する亀山りりの感情を向けると、あろうことか彼はふにゃりと猫耳娘を抱いたまま笑った。

「ええと。秘密は厳守、綺麗好きな人が良いなあということ、本当に困っている人に渡したかったということ、それから」

 猫耳幼女を目の前に差し出して朗らかな声。

「彼女たちのようなものに、慣れていること。多分きっとこれが一番、ですかね」

 突然扉からこんなのが飛び出してきても、貴女なら。驚かないでしょう?見透かしたような声に白旗を上げた。
 馴れている。慣らされている。確かに。その通り。

「あたしも生活が掛かっているので甘えて、お借りします。お支払は少なくても月々2万は入れます。
 補いは家中全てのお掃除と《たまに帰られた時分の増えた分の家事全般》。それで、如何でしょう?」

 笑顔が可愛い貴方なら何でもやってあげてしまいそうです、との一文は飲み込んだ。先輩といい、彼といい、まるで下関の友人が喜ぶようなラインナップ。
 一部を隠し、それでも彼は答えに満足したらしい。最後の此方よりの提示の言葉に彼は益々笑顔になってチョコレートを大量に買って帰った。愛のお返しを作るのだそうで。
 くるくると駆け回る猫耳幼女はよく見ると本当に絶世の美しさを保っていた。彼女とは今後とも会うことだろう。そうであれば良いと思う。
 もふもふしたいし。
 そして恐らく奥で寝転けているだろう怠惰兎。たまになら、優しくしてやってもいいかもしれない。優しい、策略。嵌まって亀山りりは助かったのだから。
 新たな転機が訪れる学期の終わり。旅立ちの歌も皮肉な程に似合う青空の下。幸運にも掬われ勢いでお引っ越しが決まり、精神的に疲労した亀山りりの苦難はどうやら父親が発信源らしいと感じた今日この頃である。


20120302


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