愛し終末よ



 私―《文豪》―が子供の頃。
 例えば十代の頃。二十代の頃、一桁の頃。
 一回りも違えば《私》は大きく変わるものだと、思っていた。予測する、理想でがちがちに固めた《未来の私》は何でも出来るスーパーウーマン。付き合いも上手くやれたし仕事や、見た目、お洒落だって。完璧だった。
 だからこその温度差。現実への落胆、それは何時までも節目を迎える度に私を襲う。
 十を越えた頃、十年はあっという間だったという感想を一つ。
 二十を越えた頃、酒や煙草、法的に許可されるものは増えたが―乗り越えようとずたぼろだった私は変わらず弱い儘だった。
 生涯をかけて溺れるように沈み続ける。次から次へと対象を変え、段取りを変え、何かに病的に固執しなければいけない人間。それが、私だ。今も昔も変わらない。
 強く。しなやかに逞しく、変わらないものかなあと思う。経験と後悔だけが山積みで何一つ成長出来ていない人間は子供のまま、きっと一生を終える。私も。私が手掛けた《子ども達》も。足りないままだ。

 そう、彼らの話をしよう。《タソガレ商店街》。その彼らだ。
 交番の鈴木さん。彼は変わらずヌシさんとのバトルを繰り広げながら、花さんと仲良くしている。時折姿を見せる田中さんには頭が上がらない。好々爺の笑顔には何かが含まれている、が口癖。
 花さん。彼女の想いは、いつ鈴木さんに届くのやら。あれでいて、彼は鈍いところがあるので、そう、気付いていないのだ。交わらない平行線は連綿と、と紹介しておこう。
 打って変わり佐方さん家のご子息。佐方息子さんは、無事に高校を卒業し修行の旅へ。少し遠方の酒蔵で慎ましやかな生活を送っている。そのお相手の八千代さんは。あの商店街で変わらない日常を送る。しかし幸せそうな横顔と、流行に少しだけ踏み出した眼鏡がとてもよく似あって居た。その首筋に、確りと結われた三つ編みは見当たらない。
 ご隠居さんはそんな彼女に、満足気に笑み縁側で茶をすすることを日課とする。その傍らには、包帯だらけの変わらぬ彼女。愛し、と囁く真昼の温もり。
 やどありという呼称の彼は髪を切った。明るい世界で、毎日を送っている。亡くなられたお姉さんにはこの間、挨拶をされた。笑顔の穏やかな方。瞳がよく彼と似ている。
 ソラオ先輩は夢と希望を売っている。気儘に八千代さんを振り回し、近頃では修繕の腕が評判を呼んだのか客が増えた様子。商売繁盛は一向にかまわないんだけど、と言う割には奥の修繕室より出て来なくなった。知り合いのみに顔を見せる彼は、本当はとても臆病なのかもしれない。
 もっとも。私の友達は、そんな彼のことを「怠け者なだけです」と密やかに柔らかい口調で言うのだが。
 私の友達―コウハイ―彼女は小学校の教師になった。《少し怖いが良い先生》として評判は上々。はっきりと言う彼女に、はじめこそ戸惑った子供たちだったが真っ直ぐに、凛と伸びた背中に徐々に羨望を懐くようになった。私と同じ。
 コウハイと私の関係は変わらない。彼女は、ぼんやりと過ごす私の元に暇を見つけてはタイミング良く転がり込む。勘の鋭さは変わらない。
 10月には犬さんと見えることが多い。現在、少しは頼りにされているようだ。ご隠居さんには敵わないみたいだけれど。
 10月以外の四季は、絶え間なく彼が見守っている。ヌシさん。商店街の、幸せの権化。小さな神社の神様で、丸く肥えた身体に甘いものや酒が好き。斑の身体をころころと転がし跳ねさせながらじとりと見遣る。黄昏の象徴。
《タソガレ商店街》の悲しみや歓喜、慈しみを一心に昇華して幸せにする。古き良き街並み。人々が犇めき合う忘れられた光景を。
 彼はあの光景を守るためなら、何でもするだろう。
 そして、私も、きっと。彼にはそうであって欲しいと身勝手に願う。
 変わらないもの。変わることばかりに目を眩ませた人間が立ち止まる、緩やかな夕焼け。私のような、私こそが惹かれたあの寂しさを孕んだ愛おしさを。二度と、忘れることはない。
 世界が終わるその時まで、

「…ブンゴー。まぁた書いてんのか。仕方ねぇ奴だなおい。おら、行くぞ」
「はい。和先輩」

と、切れ端でタイプしていた手を止めた。しんと行き届く強い声音。
【書くことを逃げの道具ばかりにしてはいけない】。そう私の瞳を真っ直ぐに見詰めて真摯に囁いた先輩が、私を焦れたように呼ぶ。模倣ばかりの弱い私を、駆け上がるはじめの地点へ連れ立った先輩。
 俯いている私の背中を押す今のヒーローだ。嘗て、スーツを身に付けて追い詰められていた私を拾い上げた。
「来るか」と誘う手を取った先には、誰にでも等しく輝く高みが待っている。彼はいつも多忙で、少し捻くれた小説家を担当しているが―その合間に見える温かさに、心がゆるりと息を吐く。私の物語に、嫌いじゃないと囁いた衝撃を今でも覚えている。勿論身を焦がすような嬉しさも。
 もし、―もし。叶うならば、彼に真っ先にこれからも私の《子ども達》を見て貰いたい。女の子は時には強かに。これは、弱虫なヒーローが言ったことだが。引用させて貰おう。
 女の子は時に、強かに。
 私は彼に付いて、笑顔を浮かべる。弱い成長の兆しがない私。それでも、恋をしている時には強くなったと、思えるのだった。《不思議なこと》。本当は酷く単純なことだと知っていたけれど、そうわざと。言い置いておく。
 これからも、たぶん強いと錯覚しながら弱いまま生きていく。身につけた紡ぎの音は絶えず私の足元をぐらつかせたままだ。揺らぎさえも楽しんで。
《タソガレ商店街》は変化する。慈しみを含んだまま、柔く温かく。君よ止まって、見渡せと囁いて。優しさこそ、この世界の運営方針さと夢を唄って鮮やかに。
 一先ずは。「一回り先の自分に過度な期待をしないところから始めようか」なんて。
 全てを守って流して、丸く丸く時は過ぎていく。不器用に、一歩ずつ。
 いつかは大好きと口ずさめるよう。
 それまでは、暫く。ご覧あれと囁く《タソガレの時分》。
 幸せよ。どうか続いて。胸躍る日常。



20111231


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