1月



一人目は、お日様の色を持つお兄さん。


ゆっくりと、息を吐く。寒さが蔓延る一月の陽気。本来ならば新年の華やかさで煌めく年の始まり。だが、ぽつりと立つ竹松だけが密やかに私の目の前に息ずいて居た。
お札には変な呪文。神言とかでは無さそうな。新手のアートのような出来映えに拍手。
鼻水をすすって手足の悴む感触を連れての掃き掃除。そんなのとうに慣れてしまった私―亀山りり―が働く罰当たりなお店は、軍手一つ女子高生に支給する姿勢すら見せない。いや、もう慣れたけど。―慣れたらお仕舞いという事実からは目を逸らす。虚しくなるだけ。
此処、店長の兎が経営するコンビニエンスストア《ローソン》は四季に拘わらず経営時間が決まっていた。即ち、朝七時から夜十時まで。
今日日二十四時間営業を謳うコンビニ業界で異例の経営時間でありながら―こうして此処が瞑れないでいるのは、あの店長を鑑みるに魔法や黒い金の繋がりを感じざるを得ないのだけれど。怖いから聞いたことは無い。
兎はそれにしたって面倒臭がり屋なので、訊いたところで答えてくれるとは限らないが。

「うさいてんちょー。終わりましたー」
「ご苦労様ー。レジで肉まん詰めてー。んでんで。一個廃棄にして食べて良いよー」

くぐもった声。仕事を丸投げしてくる怠け者兎。遣る気の無い当店の店主様々である。
しかし肉まんの申し出は有難い。冷えきった手に優しく馴染むだろう愛しの彼女を想って頬が緩む。こっそりピザまんにしようか。
時間帯は夕方から夜に掛けて釣瓶落とし真っ逆さまの黄昏時。先程まで居た夕闇を、今度は明るい内側から見て嘆息した。
こんなに寒い日には鍋が美味しいというのに、私の財布の中身はたったの大きなコイン一枚。そんなんじゃ高騰した野菜を入れることは不可能だろう。―ああ、無情。近頃帰って来ていない父を思う。湯豆腐の予定で豆腐を大量に買い込み、帰ってきた瞬間の父に投げ付けてやろうか。
そうしたら安い豆腐を四丁、一丁を木綿にする。醤油と、葱を少量。温めて。ああまずい。

「お腹空いた」

ピザまんを一つ拝借してしゃがみこむ。
しかし元より少ないお客様が来て欲しくないときに来る、というのは既にデフォルト。昔よりあるパターンであるからにして。
りんごんりんごん、と微妙なチョイスの鐘が鳴る。
入口のセンサー音。急いで飲み込んでカウンター下よりこっそり視線を遣った。「いらさいませー」あ、噛んだ恥ずかしい。
足音。深と静まり返った中でのんびりな規則正しいリズムが耳に届く。固い何かを打ち付けるような旋律に首を傾げた。こんなに派手な音を立てる靴なんてあったっけ、と。
ピザまんからの蒸気で曇った眼鏡をエプロンの端で拭き取って、消化経過は半分。密やかにフロアを覗く。
真っ先に私の目を焼いたのはふらりと揺らめく橙色だった。まるでピザまんの中身のような、明るい色。

「お日様の色?」

そんな馬鹿な。此処は現実で、二次元みたいな髪色とか。 や、でも新手のファッションで私にはまだ流行が理解出来て居ないだけ、とか考えていたらばっちりと目が合ってしまった。調った顔立ちに、体温が上がる。直視するのすら恥ずかしくなるような綺麗な人。
【耳と尻尾を晒した彼がにやりと笑う】。軍服姿が心に痛い。軍服って、でもいやに似合っている。美形は得だと、一つ亀山りりは学習した。

「おねーさん、」
「はい、」
「ヘアゴムとかって、此処にあるだけ?」
「…はい」

尻尾。耳。ふさふさの二つを交互に見ながら受け答えだけは確りと。
観察するような目付きで彼は私を見て、少しの躊躇いの後に―柔らかく手招きした。背筋を正して彼を見返す。一緒に選んでよ、とは何のお誘いだろう。

「ピザまん食べながらで良いからさ」

どうしてバレた。
大人しく現行犯宜しくカウンターを出ると、分かりやすく彼の表情が明るくなった。人懐こい生物のようだ、と認識を上塗りする。獣耳と尻尾を生やした男。しかし、おかしいとは感じながらも呼ばれれば行くしか無い。
何故なら仕事時間内の私の行動は分かりやすく、給料に直結するからだ。客に対する態度に関しては、あの兎でさえも気を付けている。彼に出来ることが私に出来ない筈が無い。
意地を張って近付いた。束の間脳内を通り過ぎる冷たい煌めきからは目を逸らして、太陽の色彩を抱く彼を見る。
彼は険しい顔で二つを見比べていた。
片や、青いリボンのついたヘアゴム。
片や、赤いリボンのついたヘアゴム。
何故その二種類に絞った。突っ込みたい衝動を堪えて訊ねる。

「…その、二色ですか」
「うんそう。悩んじゃってさぁ」
「…はあ」

店内設置の防犯カメラに視線を遣るが、事態に変化は無い。わざわざ出るのが面倒なのか、とため息。そういえば炬燵が店の奥に設置してあって彼は病み付きだった。
じゃあ多分、恐らく。彼と目の前の彼は。

「兎サンなら、青ですけれど」
「ふ、」
「…笑いましたね。オニーサン。兎サンくらいしか引け合いに出せないんですよ。だってオニーサンと兎サン、きっと知り合いでしょう?」

愉しげに目が細まった。
ご名答、と語る《獣の瞳》。コスプレでは無いのだろう、ゆるゆると息を吐いた。種類さえも常識に捉えられないものとの遭遇だなんて。はじめて。少し緊張する。

「犬?」
「うんや。俺様は狼」

狼と犬の見分け方ってどういうのだったっけ。
ふらりと揺れる橙に目を奪われながら相槌を打ち、彼に赤を差し出した。柔らかな色合いがベロア生地に溶ける代物。

「こっちの方が、似合ってる。あったかそう」

オニーサンの髪色と同等に。伏せた言葉は伝わったようだ。へらりと崩れた表情は何とも愛らしい。
伸びやかな声が耳を打つ。

「――じゃあ、これ頂戴?」
「承りました」

直ぐ様加えていたピザまんを丸ごと飲み込んで、彼に向き直った。綺麗な手で受け取って、レジまで連行。お会計二百十円、ポケットに捩じ込まれるゴムを思ってシールをぺたり。
最後に、擦れ落ちる眼鏡を引き上げ意を決して私は進言した。

「あの」
「ん?」

拳を握る。―震える身体に叱咤して。やれ、りり。お前なら出来る。

「私、亀山りりと言います。もふもふがっ!この上無く大好きで、その。
 さわ、らせてもらえませんか?尻尾と耳」

 彼は呆気に取られた顔と共に毛並みを逆立て、次いで思い切り噴き出した。
 しかし笑われた価値は有り。とても手入れの行き届いた尻尾と耳の毛並みの良さに顔が綻ぶ。
 元旦出勤でも、良いことあるかも。
 気分と同じく、やけに高音の口笛が店内に響き渡った。間抜けね、と兎がひょっこり顔を出す。そんな一月一日の夕暮れ。




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