アトマツリ 2



――後始末、と申しますか。
そう切り出され始まった青年の話に、私は目を白黒―皮肉にも葬儀場の色と同じである―させ、分かりやすく動揺した。
動揺のまま彼に少し待つように促し、束ねていた髪を翻しながら私の直ぐ隣へ着地した【包帯をひっ掴む】。掴んで、叩き付けた。木造の床、みしりと鳴らないそれに睨みを利かせ低く唸る。
亡き祖父よ、予めこういった事態を予期していたかどうかは知らないが霊の扱いを教授頂いて感謝する。念のためにしてきていた霊木を材料とした数珠がじゃらり、私の左手首で、―鳴く。

「包帯」
「んむ」
「あんたに聞かせて貰おう。此方はどちら様だ」
「ああ、この人は」

自分に問われたものかと勘違いした青年が、瞳を輝かせ包帯に被さるように紡いだ。

「兄だよ」
「妾腹の兄です」

見事な揃い踏み。その内容にまたぐらりと目眩。【見えている】私の様子を然して疑問に思わないということは、予め色々と包帯が生前に手を回していたということだろう。ヌシさんとこの場に現れた時点で可笑しいと感じても良かったのに。自分の迂闊さに眉間に皺を深く刻めば尚、彼女は笑った。

「そんなに怒ることも無いだろうに娘さん。自分には見当たらない粗を、兄に見て貰っていたんだ」
「…お前に見えないところをか」
「そうだよ」

私以上に父を知っているのは恐らく確実に、君の前で抜けているように見える兄さ。自信たっぷりき口端を上げる彼女に、嘘の色は見えない。胡散臭げに視線を遣れば、流石に包帯と私の会話の内容を察したのか青年は困ったように声を小さくする。
何だか兎を苛めている心地が抜けないのは何故だろう。

「妾腹の子としたら、本来除外されるのが世の常です。私が暮らすのは教師の家。公務員といえど贅沢な暮らしではありません。
そんな中で生まれを察していた私は一時、少しの反抗心ゆえにこの家の人という人を調べておりました、」
「そうしたら声が掛かったと」
「はい」
 
理解できた。こいつも包帯の計画の内である。
後始末の役割をせねばならないのは本当だろうが、こんなにも自由に動ける駒。駒として自覚が有って動いている風情に違和感が付いて離れない。
嫌だなぁ信頼しているさ、と私の思考に水を注すのは伸びやかな声だ。私に抑えられたまま尚囀ずる口に呆れて解放する。まだ泣いているヌシさんの隣に包帯はかけると事態を簡単に説いた。くるくる、くると策士の顔。長い睫毛がぱさりと浮かぶ。白い塊、怪我の蠢き。

「いいかい?あの親父殿が生きている限りは家の再興を目指すだろう。―とは言っても人の子、優秀な跡継ぎは死んだ。欲しかった跡継ぎを作る術すらない。妹君はあの通り、まだ幼い。叔父は犯罪者。
ともすれば、ともすれば」
「最終手段。…血の繋がりがある一番まともそうな人間にいく、と?」
「大正解」

あら、悪そうな顔。根っからの性悪め!
項垂れる私に青年が覗き込む。「大丈夫ですか?」大丈夫も何も。大きな溜め息と共に彼に数珠を放り投げた。慌てて受け取る彼が、私を見て、【包帯を捉えて】驚いた顔のまま停止。

再びぶわりと、泣いた。

***


この話の後始末をつけよう。
凋落してしまった家を継いだ青年は、仲の良かった私の親と手を組んだ包帯の父の命ずるまま、私と婚約した。はじめこそ逆らう気だった私は毒気をすっかり彼に抜かれ―諦めた。
顔合わせの時に、私の顔を見た瞬間涙を落とした彼が言った言葉に因るところが大きい。確か「彼女が嫌がるならば、私はこの縁談を跡継ぎとしての意志を以て破棄します」だったか、次いで滔々と私がいかに包帯の助けとなっていたか家のプラスになっていたかを述べ上げ、包帯の父親は苦み走った顔で私に諸々を謝罪した。食えない奴だ、と悔しそうな顔に私の背後で―親父殿も彼に勝てるわけ無いよ!とかなんとか―包帯が爆笑はしていたのは言うまでもなく。
彼は現在私の隣に居る。紋付き袴、平生より涙腺を弛ませて先程から大洪水。合縁奇縁とはよくも言ったものでどうなるか人生予測はつかないものだ。それでもハンカチで涙を拭い彼は言う。
「病める時も健やかなる時も」
先に死なないでね、私に貴女のような力は無いと情けなく甘い言の葉。
私は溜め息を一つ。

「先に私が本当に死んでしまったらどうするんだあんたは」

え、とまたしゃくり上げる顔を乱暴に拭い囁いた。

「――嘘だ。精々包帯が淋しがるくらい生きてやろう」


***


そう言えば、顔を会わせないこと暫く。
歳を取ってからあの病院の屋上へ向かって居ないことを思い出して空を見上げる。透き通るような青空。雲がふよふよと棚引く今日は良い商い日和である。次代へと継いだ八百屋も繁盛していることだろう。
私の結納で大々的なお目見えとなったヌシさんは《タソガレ商店街》の顔役として、じわりと浸透していった。神とは知られることから、との通り。日に日に成長する不細工なヌシさんは力を蓄え今や商店街の重要なピースである。良きこと。
そして私は一線を退き、泣き虫な夫を看取り、現在は死を迎えるために日々を過ごしている。時がゆっくりと流れる平穏な日常。私が若い頃は考えも付かなかった平生の時間。

「しかし、そろそろか」
 
孫も産まれ、孫に彼氏も出来た。私のような体質の子は幸いながら未だ無い。もしかしたら、力を付けた斑猫がそれなりに尽力した結果かもしれないが、ともすれば。――後でどら焼きでも奉納するかな、そんな程度のことである。
きっと《タソガレ商店街》はもう、手放しで成長し続けるだろう。ヌシさんが中心で存在し続ける限りは、安泰。勿論確証は無い。
だが、一度そう思えば私の行動は早かった。毎年八月、盆の終わりには必ずあの病院の屋上へ出向く不細工な神へとあるものを差し出したのである。それは特別製の、液体が入った徳利。所謂酒と呼ばれるもので―神が好む味付け、胡散臭いお札つき。
札にはとびっきりの仕掛けを施した。特別な力を貯えて込めた、最後の魔法。年寄りの夢。足腰弱りどうしようも無くなった私への道標。
彼女は応じるだろうか?茫洋に想いを馳せる。暫く行けなかった私に応じてくれるのならば、私は余生全てを彼女に捧げても構わない。

そんな私の想いに応えるかのように、じゃり、と庭先で物音が奏でられた。飛び込んできたのは際限無き白。強欲で―傲慢な、乞い願って来た恐ろしくも美しい色彩。

「ただいま、」

歳を取ったね、と変わらず、生きているような鮮やかさで彼女が言う。
私は目を伏せて笑った。常套句だが、この話。
こう、締め括ろうではないか。

「おかえり」



20111013

愛しさと煌めきと、少しの懐古を交えて捧ぐ【BEAUTIFUL DAYS】、続きは此方まで。
『タソガレ目録』《昔語りの章》
―和やかで風情ある商店街へようこそ!便利で買い物に事欠かない素敵な町―



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