2月



 

「にゃんにゃーん」

《タソガレ商店街》。寒さも極まってきた二月の町並み。昔ながらの長屋作りを保っているこの商店街で、私は花屋の二代目を務めている。
ご近所の関係は上々。早くに亡くなった父がお店を構えるにあたって駆け回ってくれたお陰で、変な亀裂は無い。寧ろ若い娘の店主として皆、様々な手助けをしてくれて有り難かった。何せ、突然だったから。

冒頭に戻ろう。

店先に、わざとらしく啼く可愛らしい猫が一匹。斑猫。少しだけお腹がたぷんとしたその見慣れた姿に私は苦笑した。

「ヌシさん。おはようございます」
「おはよう」

ふんぞり返ってそう律儀に会話をする彼は、皆から《ヌシさん》と呼ばれている。
正しく、この商店街の主とかそういうわけでは無くて。単に我が物顔で歩くのが得意な猫ということ。
でも何だか憎めない。年齢は不明。何時から居たかも分からない。神出鬼没。ふらりと現れて話をして去っていく。それが、ヌシさんの性質だった。
時折魚を取ったりして魚屋さんと追いかけっこするけれど、皆家族みたいに可愛がっている。勿論、他に漏れず私も大概ヌシさんには甘かった。
ヌシさんが狙うような獲物を扱っていないのが一番の余裕の原因かもしれないけれど。花を食べる猫は居ない、なんて。
 
「花」

きりっとした顔でヌシさんが私の名前を呼ぶ。
花屋の《花》。単純だけど、私はこの名前が好きだ。

「はい」
「バレンタインが近い。チョコレートくれ」
「…鈴木さんにまた負けたんですか?」

猫がチョコレート食べたらどうなるか、彼とて知っている筈である。知りながらもこうやって私のところに来たということは、交番の鈴木さんに負けて自棄になっているんだろう。
その予測は正しく、ヌシさんは直ぐにやる気が無さそうに転がってにゃんにゃんと啼き始めた。
甘えたい時なんだろうか。敢えて疑問を口には出さず彼を撫でると、気持ち良さそうに目を細めて伸びをした。
此処で間違っても甘えたいんですか、とか言ってはいけない。彼は尊厳を重んじる猫なのだから。
前に口に出してしまった時には大変だった。暫く寄り付かないヌシさんを、捕まえて謝るのに苦労したものである。
もう同じ過ちは繰り返さない。

「ヌシさん。鈴木さんは素直じゃないんですよ」

ヌシさんも、と心の中で付け足して続ける。

「誰しも分かりやすい性質では無いのです」
「…鈴木もか」
「ええ」

これは嘘だ。鈴木さんは素直な人だと思う。
だけど、仲違いのままは寂しいから私は嘘を吐く。折角の小さな商店街で、喧嘩なんて勿体無い。
 
「鈴木さんは俗に言う《つんでれ》ってやつです」
「つん…でれ?」
「ええ。天の邪鬼を近頃そう呼ぶそうで。その証拠に鈴木さんの机の中にはいつも高級煮干しが入っているでしょう?」

彼がこっそり向かいの魚屋で高級煮干しを購入していることを知っている。この間は猫じゃらしを雑貨屋で買おうか悩んでいるところを配達中に見た。
――互いに意固地になっているだけなのだ。
ヌシさんと鈴木さんは本当に仲が良い。
私は少しだけ、羨ましい。

「…確かに」
「鈴木さんとヌシさんの関係を滑らかにするにはただ一つ。
ヌシさんが大人になって先輩の尊厳を見せるのです」

なるほど、と気持ちが傾きかけているヌシさんに私は微笑む。

「一歩譲るのは、相手より大人じゃなきゃ出来ないのですよ」

とどめの一言は上手く彼に届いたらしい。
彼は素早く立ち上がって、しゃがむ私の手の甲に柔らかく口付けた。ぺろりと見える赤い舌がくすぐったい。

「有難う」
「いえいえ。あ、これから私も鈴木さんのところに行きます」
「え」
「ヌシさんがちゃんと謝れるか心配ですから」

それに、交番への定期配達もこれからだ。調度良い。
早速店先に《交番に居ます》とプラカードをぶら下げて、配達用の生花を持ち、エプロンのポケットに生花用の鋏を捩じ込む。
そして。それから。
大好きな一人と一匹へのバレンタインの包みが入った袋を持って、私は素知らぬ顔でヌシさんと交番を訪れたのだった。




(プレゼントの中身はガトーショコラと高級猫缶!猫缶の残りは鈴木さんにチョコレートと共に託すことにする)



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