アトマツリ 1



包帯の葬儀で涙は、一切出なかった。
それよりも心を占める喪失感。ぽっかりと欠けた心に胸を振るわせる。
同日に嫌がらせのように重ねられた叔父の方へと人は流れ、現在。この葬儀場の一番前の席で私は悠々と寛いでいる。
私の横の席には、矢張と言うか何というか。亡くなったばかりの遺影の人。

「馬鹿だ」
「……ううん。否定はしなくていい」
「あんたは馬鹿だ」
「叔父があんたを殺そうとあの日来てたことが幸い」
「いや、幸いじゃない」
「あんたは愚行を犯した」
「恥を知れ」

馬鹿め、と罵り続ける言葉にくつりくつりと笑い声。微かに波打つそれに私は眉を寄せた。再び素早く牙を剥く。

「……分かってるのか?包帯」
「分かりすぎるほどに」

応える声。私の隣で私と同じように寛いでいる白い塊は、生前と同じように目を細めて私に寄り掛かる。
あの日、私の目の前でむざむざと見せ付けるように彼女は屋上から飛び降り、【たまたま病院に入ろうとしている行方不明だった筈の叔父に直撃した】。後に叔父の方は包丁を持っていたことが判明。金に馴らされた身体は包帯の父親に拒絶され、大好きな包帯の妹に否定され行き場を失ったわけで。行き着く先は復讐、包帯の病室に行く前に本人と遭遇することができたのは彼にとって幸いだったのか、どうなのか。
わざわざ叔父の方の葬儀場まで行って聞く気は更々無いけれど。そんな義理もない。

「どうやらね」
「ん」
「自分は叔父上と母の合間の子だったようだよ」

息を飲む。私の変化に気付いたのかどうでも良いのか、彼女はゆっくりと息を吐いて最大で最悪の事実を前に据える。
それは禁じ手とされる恋の話。お試しから始まった実験の成れの果て。同じ血の交わり。求めるままに求めて、斯くして女は種を孕み石榴を生んだわけさ、と淡々と語る彼女は壮絶なる内容に反して寧ろ―晴れやかでさえ、ある。
 
「内容にしては、すっきりした顔をしているな」

すかさずそれを突っ込めば彼女はにゃふりと笑んだ。気が抜けた微笑み。

「ああ。気狂いが気狂いたる理由が漸く分かったからね。血が濃くなればなるほど人間ってやつはおかしくなるらしい」
「実証されたわけか」
「ああ。望んだっておいそれと解るものではない。――気が楽になったのは事実だよ。
だけど知ったところで結局、自分は自分が赦せなかった」

だから、と唄うように彼女が立ち上がってステップを華麗に踏む。病院着から伸びる、包帯とガーゼに包まれた足はまた白く、病的なまでに青白く輝いていた。バレエの踊り子のように爪先を伸ばし、床を愛撫するかのように撫でていく。
一歩、そして二歩目で棺へと一息に跳び、三歩目で私の目の前に降り立った。

「飛び降りた」

笑顔。一点の曇りもない、後悔の欠片など無い完璧な微笑みに私は眉間に皺を刻む。肩口の髪を流し、目の前の彼女を睨み付けた。
盛大な舌打ち。ああ、そうだこんな状況―くそったれだ。三文芝居よりも退屈で、性質が悪い。

「何故だ」
「自分が嫌いだった」
「死ぬ以外に道は有ったろう」
「自分には、無かった」
「何故だ」

ひたりと見据える。
彼女は私の問いに鮮やかに笑んで、臆する事無く答えた。

「自分自身が優秀で、女だったからさ」

子宮でものを考え、何時かは誰かの子を産み、もしそれが気狂いなれば。確率は低くない、遅かれ早かれ自分は死ぬ。残る妹も、朽ちる家も。「人を呪わば穴二つ。諸々を鑑みるにいつかは私は消えねばならないと」容易に予測出来た、彼女は他人事のように私に告げる。怖くなかったのか、震える私の声。
目を見開く私へ、友人のために涙すら流せない異質の私へ。嬉しそうに彼女は甘く囁く。

「死んでも果てに君が居る。そう考えたら怖くなんて無かった」
 
【見えること】でかけがえのない恩人を亡くした私は、また。大切な友人を亡くしたという話。ただ、それだけの。何もない話、だったのか。これは、

「こんな結末が有って良いのか…!?」

声を枯らして私は乞う。彼女にすがり付く。

「私は、あんたのお蔭でこの体質も力も嫌じゃないと思えた。なのに、――あんたのせいでまた嫌いになる、嫌いになれというのか!」

酷だ、そんなの。怒り心頭で何を喚き散らしているのか。自分でも理解できていない。誠に残念ながら。
八つ当たりだと分かっている。本日を境に私は―彼女を、包帯の絶やさない彼女を忘れはしないだろう。膿むようにぐずつく私の奥底。
彼女は困ったように眉を寄せてから、私の傷に気が付いてへらりと笑んだ。

「そうだ、嫌いになって」
「自分を何時でも思い出して」
「想って欲しい」
「病めるときも健やかなる時も絶えず」
「自分が、隣で君を想っていることを忘れないで」

際限無き強かさ。ふわりと頭を抱き落としていく縛る言葉に、私は漸く合点がいった。
彼女の狙いは、これだったのか。
妹や家も関係無しの平行線。私が怒ろうが周りがどうしようが絶えることの無い縁が結ばれる。変化の無い絆。
【変わらないものが欲しかった】と彼女ははじめて邂逅の時分に言った。有言実行。策は弄され、私は追い詰められた。
しかし怒る気にはなれない。寧ろ筋違いだ。この心地好さ。
有り余るものを私にくれた彼女に、私も。応えていきたいと望んでいる自分に気付いた上は。
きっと痛み分け。
忘れるものか、私は笑う。忘れられないさ、とひっそりと涙を落とす。
病める時も健やかなる時も。

断言しよう。
八百屋の成金娘は包帯を決して忘れない。

甘い痛みと、愛しさを以て彼女を思い出し―想う。気狂いの旋律を、彼女の生の声を。色鮮やかに刻んで放さない。
 
「あんたの、思い通りだよ」
「それは重畳」

本当に悲しいとき、涙なんて出ないものさ。私の目の前で彼女は生きているような鮮やかさで笑んだ。満足そうに笑いやがって。
悪態を吐きつつ、私は黒い髪を揺らして彼女を想う。蜘蛛の巣に自ら掛かった蝶の如く身を差し出し―その先にあるのは幸福に他ならないだろう、と。
冷えていく思考で物思いに耽る私の後ろから、参列する確かな音が届く。
静かに視線をやればぼろぼろ涙を流す不細工な斑猫を連れて、困ったように眉尻を下げる青年の姿が一つ。

「本当に、」

私の顔を見て彼は悲しそうに唇を噛んだ。
不意にその目尻から涙が溢れる。

「――本当に」

ぎょっとする私の前で涙が水嵩を増していく。写すのは私と、包帯の棺。飛び降りで見られない躯となった彼女の入れ物を見てほとほとと涙を連ねる、青年。書生風の格好をする彼に、ハンカチを差し出せば単音と共に受け取られた。つくづく謎の人物である。
流れを確認して、次いでヌシさんの涙を袖で拭う。「ワタシが」止められなくて。呟く言葉に嘆息した。――それほどまでに包帯の意志が強かったと、いうこと。若輩者の彼を役立たずと責める気にはなれなくて、ただ重い身体を抱き上げる。

「あの、すみません。娘さん」
「はい」
「有難う御座います。こう、情けない姿をすみません。それから」

包帯様はそこにいらっしゃいますか?
泣き笑い。指をさして斑猫に負けず劣らずの不細工だと笑う余裕がなかった。くすりとも笑えず時間が止まる。
包帯が場を代弁するように宙でふかふかと浮かびながら抱腹絶倒していた。

「どういうことだ」

直ぐに問いに答えず、青年は鼻をすすって首を傾げる。



20111012



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