Beautiful days 7



瞬く星。密やかに息ずく夜。前も聴いた煌めく音階に息を弾ませる。真っ白い息に、無垢の白。病院の、屋上への鍵や鎖は何かに抉られ接続を切られていた。革靴で踏み鳴らす木造の床、昼間なら温かく私を迎えるそれは夜明けを前にして―冷たく、宵闇の静寂に充ちている。月は青白く私を照らす。静謐の光。
だけど何故だろう。不安に髪を靡かせる。ほうたい、と紡ぐ声に棲み着いているものたちが応えた。【彼女は屋上】【誰かを待っている】【やりきったんだ】【院内食備え付けのフォークで】【フォークとスプーンで】【やりきろうとして】【やりきった】【素晴らしい】【計画的】【誰を待って】【待っているのかな】【君】【君】【君を】【君が】【僕たちは】【見える】【見えるかな】【見えるなら】【聞こえる】【早く】【した方が】【いいかも】【ね】

「っ、うるさい!うるさいうるさいうるさい!」

道標になってもらえるのは、有り難いけれど。余計に思考を抉るのは勘弁してくれ、とわめきたてて睨み付ける。道を空ける、人では無いものたち。病院という場所ゆえに大量に吹き出るそれをすり抜けて、走る。手を振り切って駆けた。
間に合わなかったら、私は一生私を赦せない。
人の口に戸を立てられない。何もないところから、小火は起きない。つまり、何かしらの理由や関連が無ければ―起こる要素すら皆無ということ。
有権者の醜聞は、以前彼女が示唆した通り一斉に染み渡っていった。地主の妻の不貞の噂―男女関係の縺れ―凶刃騒ぎ。そこかしこのお祭り騒ぎ。嫌な意味で浮き足立つあの屋敷は、メイドが何人も辞めてすっかり寂しい風景になってしまった。朽ちていく庭に薄汚れた窓。落ちぶれていく家。栄華の時とは雲泥の差。

余談だが、余りの凋落っぷりに私の母は同情していた。
閑話休題。私の家族の感想はいい、不要である。

そして残っている筈の元々の住人―包帯の家族のこと―の詳細な情報は知る限りこうだ。
愛らしい妹さんは親戚の家へ、父親は仕事の伝で海外へ。――母親は発狂して庭師を鋏で殺害、油を被って自ら火を点け焼死。叔父は行方不明、目下警吏が探しているらしい見付かるかは依然として不明。
私は、まことしやかに囁かれるものを聞いて息を吐いた。策の成功、采配に感服する。人間という種の完璧なる把握。包帯の、毒が芽吹いたのだと直ぐに感じられる惨状。
撒いたものは見事に養分を蓄え、爆ぜて丸ごと飲み込んだわけだ。―あの家、立派なお屋敷の由緒正しき家柄。総てを泥濘に叩き落とし、機能を止めた。
少し行方不明だという彼女の叔父が気になるところではあるが、影で蠢くものに対し、彼女の反応は薄かった。
「そう、叔父上か」の一言である。

だから、油断していた。もう完結したのだと。気狂いの歴史は終わったのだと、油断し、力を抜いていた。
歯噛みする。扉は目の前、錆びたそれは軋みを上げて行く手を阻む。苛立って勢い付けて蹴り倒した。破壊音、目を丸くした包帯が、朝日に照らされた白が私を認めて――嬉しそうに微笑んで。駆ける私の指に指が触れ合う―邂逅の後、唇がゆっくりと動いた。

「じゃあ、また」

そうして彼女は短い別れの挨拶と共に。金網の向こうへ身体を投げ出した。

伸ばす手は、届かない。


20111010



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