Beautiful days 2



一度はその奇人さに目を背けたものの、《見えること》に関しての私の周りからの反応を鑑みるに、彼女とは友達であるべきだと判断した。思索結果ゆえの、訪問。二、三日日を空けての私からの来訪に、彼女は嬉しそうにへにゃりと笑う。
「いらっしゃい」
その優しげな表情の主が、私の状況を分かった上で私を追い詰め、手を差し伸べるなんて狡い真似をしただなんて思えない。未だに記憶を疑ってしまうほど。
しかしかながら。彼女が私の歩んできた環境に敏感であるのは事実であって、それを考慮に入れた上で私と《友になろう》と言ったのは現実。れっきとした、真実であり、真理。
友となるならば、その強かさまでも受け入れなければ。
そんな偉そうなことを言いながらも、正直。――本音を吐露するとだいぶ気が重い。
何故か初日の一見より包帯の世話係として、外部の人間でありながら私は包帯の家族に出入りを黙認されていた。彼女の妹、(「当初君を駒にする予定だった人」としゃあしゃあと包帯は言う)は私を露骨に避けるようになった。お陰でほぼ孤立状態の学舎生活。しかし教師がまだ相手してくれるだけ良い状態ではある。
加えて包帯は地主の娘、ということがあり親からは「下手なことをするな」とご忠告を頂いた。余計なお世話。それに下手なことは、とっくにしている。残念、と心中で舌を出した。

そして本日。彼女は上機嫌である。
嫌な予感しかしない。そわり、と彼女は二階の窓より私の姿を外に認めると裸足で飛び出してきた。靴で屋内を歩き回る欧米スタイルが流行っているにも関わらず、相変わらずの唯我独尊っぷりに惚れ惚れしてしまう。

「君!」
「へい」
「これを見て!」

差し出されたのはでっぷりと肥えた猫だった。毛皮は白に斑の茶と黒。三毛猫と呼ぶには随分と不細工な、――それはそれは美味しそうな皮下脂肪。

「巷では猫鍋たる噂があるけど、…食うの?あんた」
「食べない。自分は肉をそんなに好いてはいないよ、吐き気がする」
「ならば、」
 
どうして猫。そう問うた私の声に眼下より返事が来た。

「娘。はじめまして、私は猫だ」
「いや、そりゃ猫なのはぱっと見で分かるってい、――?」

思わず二度見。聞き間違えてなければ今【この猫が喋ってなかったか】?あくまでも私が気狂い等の異常がないならば、との条件も加えよう。
私の反応に、包帯は煌めく笑み。珍しい。外でこんなにも快活に笑う彼女は見たことがない。でぶ猫が放られ上手く彼女の腕の中にまた収まる。
あの、凄く毛が逆立って毛玉の様相になっているのだが。人間で言えば鳥肌が立った状態だろう。
少し猫に同情した。

「中に入って話そう。自分は世紀の発見を二人で分かち合いたい!」
「…お供しますとも」

何とも恥ずかしい言葉を打ち上げて、ひらりと踵を返し軽やかに駆ける身体。今日は包帯の箇所が一、二、…五。何が原因でこんなにも怪我をしているのかは知らない。勿論問うのは憚られる。
他人と自分の境界線、そこを乗り越えれば残るは道連れの路。
彼女が私を受け入れようと決心したならば自ずとその道は拓かれるだろう。一応、他人の世界に強制的に入り込むような真似は、止めている。単にしっぺ返しの怖さと、自分を露見する心地悪さが嫌だから。
ぼんやりとそんなことを考える私のことなぞ露知らず、彼女は屋敷内で一番年老いたメイドにお茶の用意を頼んだ。
老婆は此方を見て、柔らかく微笑む。

「ようこそおいでなさいました」
「…、こんにちは」
「お嬢様、ばあが適当に甘いものを見繕って来ますが宜しいですか?」

ばぁやに任せるよ構わない、と室内より返事。嬉しそうに老婆は頷ききびきびと去っていく。その小さな後ろ姿を見届けて、嘆息。
此処に住む人間で包帯と言葉を交わしている姿を見るのは、年老いたメイド一人きり。彼女が気狂いの時よりずっと老婆は彼女の身辺の総てを受け持っているという。買い物から食事の配膳、話し相手など。
「勉学は本を読めば事足りるが実践は経験がものをいう。ばぁやと話すのは楽しい。それから、ばぁやの淹れる紅茶よりも自分は美味いものを淹れられる気がしない。知識は知っているが上手くはいかないものだ」そう言うことらしい。酷い火傷はもう懲り懲りだ、と最後に付け足すところを見ると、彼女は一度屋敷の茶葉が尽きるほど挑戦したようだ。今日日輸入品という贅沢なものを使いきって漸くその真理に至った、私の話を又聞きしたら母は眉をしかめそうである。
まあ、話すつもりは毛頭無いので予測論でしか無い。
つまり、前振りが長くなったがそういうことなのだ。
この豪奢な家で包帯を認識している唯一が年老いたメイドで、包帯が唯一心を赦せるのが彼女。相互認識の関係。包帯はあれでも親族だから無下に扱えない、という最後の堤防でもある。
気が触れた、その瞬間より始まった不平等な戦い。よく諦めないものだと何度も思うけれども、老婆あってこその均衡なのかもしれない。
救いで、灯火。
一つであれども目の届く範囲でそれがあるのは素晴らしいこと。

斯くして用意されたお茶の用意は格式高く、八百屋の娘には理解できないものだった。
老婆は慣れた手付きで紅茶を一杯ずつ注ぐと、ティーポットにお湯を継ぎ足し去っていく。切り分けられたタルトに生唾を飲めば、目の前から微かな笑い声。

「珍しい?」
「当たり前だ」
「君のために用意させた。マナー等は関係無い。思うように手当たり次第食べて」

そう言って彼女は私に一番下の皿のサンドイッチを差し出す。彼女自身は一番上のケーキを、手掴みで。
がぶり。
あっという間に一個平らげると指についた真っ白な生クリームを舐めながら次に手を伸ばした。
絶句。大胆すぎる。
折角なので渡されたサンドイッチを頬張る。――とても美味しい。「ばぁやのお手製だ」それは凄い。

「…ところで」

おしのように口をつぐんだ猫を見遣れば涎を垂らして此方を窺う姿。
少し憐れになって、千切ったサンドイッチを目の前に置くと一口で威勢良くかぶり付いた。

「ありがたい!」
「いえ」
 
これは何だ。
すっかり空気に流されて無視する勢いだが、捨て置けない。話す猫、なんて尋常ではない。

「幽霊の類いでは無い」
「あんたにも見えてるしね」
「話し掛けてきた」
「…ああ、うん」
「自分はそれが神力を使うのを見た」
「は、」

神力?それはもう、答えが決まっているではないか。

「紹介しよう、娘さん。彼は持ち場を求めて放浪している無名の神様、自分が先程《ヌシ》と名付けた。
是非、ヌシさんとでも呼んでくれ」

神様の名付け。何と馬鹿なことを!
名付けをされれば神は名に縛られる。即ち、彼女がしたことは手綱を着けたと言うことだ。神を捕らえたということ、

「……罰当たりだ」
「分かってる」
「お前は馬鹿だ」
「…怒ってる?」
「当たり前だ」

阿呆め、と言を厳しくすれば彼女は困ったように笑んだ。途方に暮れた幼子のような顔に決心が揺らぐが、此処は知人として言わせて貰わなければ。

「神に名付けをするなど、お前はこれを此処に縛り付けておくつもりか」
「う、ん…?」

驚愕した。――まさか、知らないのか。
彼女は優秀な癖にどこか抜けている。溜め息を一つ。

「無知は愚の極みだ。これは動物の類いでは無い。何が降り掛かるかも分からんと言うのに」
「それについては問題が無い」

意外にも私の怒りに素早く反応したのはヌシという名の神だった。

「ワタシは既に此処に居着くと決めている。むぐ、だから名付けを頼んだのだ」

一番ワタシに興味を持ちそうな奴に、と偉そうに言うが焼菓子を頬張りながらでは威厳が一欠片も無い。しょんぼりとした包帯の姿に同情心が誘われる。興味本意を神に利用されたか――仕方が無い。
予定調和、否が応にも舞台は調ってしまった。
ならば責めるのは酷というもの、しかし。

「今度見えないものに関しての知識を学ぼう」
「二人で?」
「そう。二人で、だ」

学ぶ努力は怠らぬべきであると、思う。
へにゃりと笑う包帯の前で脱力した。つくづく私は彼女に弱いらしい。



20111006



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