1月
「はっはっは。寒さにかまけて業務サボりとは随分偉くなったなスズキ」
「猫には言われたくない言葉っすねヌシさん」
ここは交番で俺は警察官だ。名を鈴木と言う。どこにでもある名字なので忘れてもらっても構わない。ほら、忘れられたとて物語は進行するのだし。タイムイズマネー。時間は大切だと分かっているけれども、俺は暖房で暖まった交番から出る気にはなれない。
23歳の冬である。
猫にも馬鹿にされる23歳様である。
「は。いっぱしの猫と同じにするな。ワタシは少なくてもお前よりは長生きで、お前よりも偉い。巡回だってお前よりもこなしている」
「巡回というよりもヌシさんの場合、獲物探しじゃないっすかー。魚田さんがメザシ盗られたって嘆いてましたけど」
「…ちっ」
舌打ちをした目の前の抜け目無い猫の名前を《ヌシさん》と言う。どうやら前任者の田中さん(去年末で退職なさった、優しいおじいちゃん先輩である)と仲が良かったらしく、そのままずるずるとこの交番に出入りしては、俺と当たり障りの無い下らない話をするのが日課だ。
《タソガレ商店街》。長屋造りの影響か、昔ながらの小さい店がみっちりと並ぶ商店街の入口に、俺の配属された交番は門番のようにひっそりと存在している。
ま、頼りない門番ですけどね。例えるならばRPGの初っぱなに出てくる雑魚のような。つまりは役立たず。
「ははは。スズキ。役立たずが己を再認識か。面白いのはのっぺりとした顔だけにしろ」
「本当に失礼な猫っすね」
そんなことをいう彼には秘蔵の煮干はやらない。引き出しの中に眠る煮干よ、日の元に出るにはもう少々時間が必要なようだ。どっかの意地っ張りのせいで。
目線を逸らして遠くを見詰める俺の足下をうろうろうろと歩む気配。両足の合間を柔らかい身体がすり抜ける感覚。
八の字にヌシさんが歩むのは困った時である。お前は蜂か、という言葉をぐっと飲み込んで。どう転ぶかと、遠くに居る学校帰りの小学生に手を振ってやる。
ああ、今日は始業式か。寒い三学期の始まりだ。
また駄菓子屋の婆さんがお茶を飲みに来る。便乗して多分、花屋さんも。暇ばかり、ねぇ。そうぼやく時間を共有している俺は税金泥棒と呼ばれても文句は言えまい。
「スズキ!」
不意に。声がしたと思ったら物凄い勢いで何かが鳩尾に飛び込んできた。
受け止める準備なんてしていないので、もろとも後ろにひっくり返る俺の目の前に、猫の鼻面。
猫に押し倒される警官の図。情けなさ過ぎる。
「退いてやろうか」
「是非そうして頂きたいところっす」
「交換条件。
――煮干しを寄越せこのウスノロ」
田中さん。どうやったら、この糞猫と信頼関係が築けますか。秘訣を教えてください。
そう土下座して頼み込んだとて、返事は決まってそうだ。
――鈴木くん。自分で考えなさい。
只今の戦闘記録。
鈴木 勝5 負15
ヌシ 勝15 負5
引き分け 0