12月



書き溜めている物語がある。
書き初めは真似事だった。
今では私の血肉だ。




《タソガレ商店街》12月、寒さもいよいよ窮まり冷え込む1日という日取りに、ココアをお供に私――《文豪》というあだ名を懐く女は珍しくペンを持ち机に向かっていた。
傍らには沢山の本と沢山の写真。年末の片付けに向けて写真の整理をし始め、今に至っている私をどうか許して欲しい。年越しの神よ、筆が私を呼んでいるのだから。
《書きたいときに書け》という言葉は《書けるときに書け》という言葉に等しいと私は考えている。アイデアの枯渇は宛ら創作の死に直結しているとさえ。
屁理屈?そうかもしれないが、―以下略。
閑話休題。

始めに述べよう。
《私には書き溜めている物語がある。》

しかしその物語の話をする前に、少しだけ私の話を聞いて欲しい。これを読む皆さんの急く気持ちは分かるが、どうか。完成までの最後の付け足しを一つ。
何てことは無い。私が《文豪》になり初めの頃の話だ。しかし物語の規則性としては大変重要な意を持つ。今までそのようにしてきたからにはきっとそうなのだと、感じて頂けたら幸い。
冒頭文で述べた通り。私は私が思い付いて、そう私が《文豪》たりえようとしてそうなった訳ではない。私にも勿論模倣の時代があり、それを経て文豪と呼ばれるまでになった。
切っ掛けは小学生の頃。クラスメートの持ち物として見えた大量の原稿用紙だった。

「どうしたの、これ」

という私の問いに悦とした表情を作り答えた少女はこう返事する。一字一句間違えようも無く、私は彼女の返事を覚えていた。

「私、私だけのファンタジーを書いているの」

彼女の愛読書はその当時、一世を風靡した物語である。休み時間の度に原稿用紙を取り出して書き綴る物語。授業中と言えど彼女の創作に休みは無く、――私は思ったものだ、何がそんなに面白いのだろう。
そうした思考連鎖の結果、彼女の見ている世界が見たくなった私はノートを準備して、私だけの物語を書き始めた。しかし面倒なことにこの年代は《真似をする、後を追う》という言葉に酷く敏感で。案の定あらぬ噂を流され、結果、私は彼女と疎遠。彼女の書き溜めた一大傑作とは見えることが出来なかった。
今となってはそれだけが残念ではある。
私は薄情な女だから、物語に重点を置くことをどうか許して欲しい。面白い物語があるのならば、生きている内に一度は拝んでみたいという読書中毒なのである。
彼女の一時代を掛けた物語。逃した魚は大きいかもしれない。本当に残念である。

ともあれ彼女は私に《物語を創る》という行為を残してくれた。今となってはそれが私のかけがえのない一部となっている。文字は血、物語は何事にも代えられない良薬である私を構成する肉。
沢山の本を読み沢山の知識を吸収し、一、二、三で《文豪》の出来上がり。お手軽で単純な作りです、取扱いにはご注意下さい。冗談。チョコと食べ物と睡眠、何より本が有れば生きていける生物であるからにして。
私の話は終わり。

それではセオリーは終了したことだし、始めの事柄に戻ろう。
書き溜めている物語について。私は二年前、とある友人の紹介で《タソガレ商店街》と出会った。個性的な住人たち、何より暖かい町並みと素晴らしい景色に滲む寂しさと早めに閉まるシャッターがミスマッチ。不細工な猫が中心になって織り成す柔らかさ。
そこには私の世界には無かった世界の優しさが存在していた。
素晴らしい!歓喜の産声と共に私の本能が《彼らを書くべきだ》と囁いたことについても、私は今となっては感謝したい。機会に巡り合って、運命にすら愛を感じる。吁、神様有難う。
そうして、これに着手を始めたのが一年前。全て彼らにとっての真実である物語を私が抽出して、敬意を以て調える。物語は全十二編。全てが、愛しくかけがえの無い優しさだ。事実を曝す。過去を――解して再度創る。
私のこの侵略にも等しい行為を、快く承諾してくれた商店街の彼らに感謝を捧げたい。説得に協力してくれたソラオ先輩と友人、そしてヌシさんに。
故包帯さんには畏敬の念を。これが書き終わったら、ご隠居さんと共に墓参りをしに行くことにする。忘れない為にもこうして書面に記しておくから、私の後ろから私を見ないで欲しい。視線が痛い。佐方息子さんが私を見る度に悲鳴を上げるから、――え、気になるって?勘弁してもう成仏してくださいよ全く。ご隠居さんの次は私が気になるらしい。変わらず、姉御肌の方である。今の世代が死ぬまでは成仏する気は無いそうだ。欲深い方だ。
痛っ、消しゴム投げられた。
ココアも冷えてきたことだし、そろそろこの物語も終盤の口上を述べることにしよう。時は師走、誰もが忙しい時期だからこういった私の対応は、悪しからず。人間誰しも追い詰められれば自分のことしか考えられないものである。元を正せば本能の獣ですから、と書いたら今度はティッシュ箱が飛んできた。包帯さん恐るべし。

記録者、《文豪》と有難いあだ名を頂いた私に述べることのできる物語のエンドロールを飾る言葉には、きっとこれが最適だろう。
《以後よしなに》。
それはこの物語が私たちにとってはノンフィクションであり、私たちが生きていく限り連綿と続いていくものだからである。


それでは。
皆様、以後よしなに。



20111201


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