8月



命題:誰が悪いのか。



蝉の泣きわめく《タソガレ商店街》8月。一週間限りの生が謳歌され向日葵が咲き誇る今日の良き日に、ワタシ―ヌシという―は真夜中の病院の屋上へお邪魔していた。
ワタシは変わらず白地に黒と茶の斑模様、可愛らしい体型。首から堂々と徳利を下げ、彼女を前にする。包帯だらけの彼女、――《包帯女》。
彼女がワタシに気付いて笑う。軽快な微笑み。

「――商店街の幸せを培い誰よりもあの街を愛するヌシさん。どうして此処へ?」
「…もう1ヶ月経った。最後に共に酒を飲もうと思ってな。酒を持ってきたぷりちーなワタシに感謝しろ」
「ありがと、ありがとー。にゃふふ、しかし。感謝も何も」

飲めないんだけど?と彼女は悪びれも無く言い放ちワタシを【すり抜けた】。
《包帯女》、その正体は病院に住み着いた幽霊。死因は飛び降り、金網をフォークで削って大きな穴を空けそこから這い出した。何年何ヶ月何時間も掛かったであろう長い作業、気の遠くなるようなそれを屋上の入り口から死角でやり抜いた彼女は制止するワタシに微笑みかけ、呆気なく死んだ。数十年前の話である。
踏み出して読み掛けの漫画のこと思い出して死ぬのって案外呆気ないよ、けろりと何時だか彼女がもらしたのを覚えている。それも今日みたいな月の綺麗な夜だった、

「余りワタシをナメるな。鈴木じゃあるまいし」
「鈴木、さんねぇ。よくこっから見掛けるけどヌシさんは随分と執心だよねー彼に」
「ふん」
「天下のヌシさんも彼に掛かれば只の猫。花屋の娘さんにはもっと、寧ろ諭されてる」
「放っとけ。あやつはあやつなりに苦労しておるのだ」
「そりゃそうだ。若干22歳で店持ち、助けは無くその中で頑張ってる。あれから幾分成長したとはいえ、寂しいだろうに」
「ぐっ…」
「そ言えば若い店主繋がりで。――こないだは災難だったね、ヌシさん?」

にぃやぁぁああ!包帯の肉塊が笑う。ワタシは徳利の紐に結び付けておいた札を拡げ思い切り叩き付けるようにして彼女に貼り付けた。閃光、衝撃、松葉杖が落ちる軽い音。
目を丸くする彼女の前で今度はワタシが笑う番だった。

「実体化…?うっそ」
「はっ。ワタシに掛かればこんなものだ。つべこべ言わずに酒を飲め。ワタシが、このワタシが!調達してきた酒なのだから!」
「ふぅむ。……そこまで言うならご相伴に与っちゃおうかなぁ」

さぁさ、注いでくださいな。その言葉に用意してきた徳利に並々と注いでやる。
特別に拵えた日本酒、御神酒とまではいかないがそれなりの力は籠って居る。一口喉元を過ぎれば鮮やかな風味が胃を解し二口目には食道を香り豊かな味が駆け降りる。
ぺろりと唇を舐める彼女は満足そうに頷いた。酒好きなのは生前と変わらないらしい。

「上物。佐方さん家?」
「元はな。少し弄ったが」
「通りで。でも、変わらず美味いね此処は。新しい後継ぎも素晴らしい人物だ。にゃふ。あいつも頑張ってるみたいだし次も期待できそう。
して。先のお札はどこで?」
「少しだけ、八千代の祖母のを拝借した」
「なるなる。八百屋のね。彼女ももう孫を持つ年かぁ。自分が見掛けた時には女学生だったってのに。
八千代、ちゃんは佐方息子の彼女っしょ?いい子みたいだし、一回会ってみたいなぁ」

まあ平生の自分じゃ佐方息子とヌシさんと八百屋の娘以外【見えないだろうけどさ】。彼女が言う。
ワタシの徳利に酒を注ぎつつ自ら手酌をして絶え間無く酒を煽る。その姿は生きているときのように鮮やかだった。

「ね、ヌシさん」
「ん」
「後悔してる?自分を止められなかったことに」
「馬鹿を言え」

当たり前だ、と吐き捨てるように言う。

「自分はね、後悔していない。飛び降りたことに」
「馬鹿め」
「うん」
「生粋の馬鹿め」
「うん」
「救いようがない馬鹿め」
「うん、自分は。掬われなかった馬鹿だよ。
だけど彼女が言ってた、」

この札に少しだけ協力した彼女、そう前置いてはにかむように《包帯女》は言う。
 
「【嫌いなものも好きになれると教えてくれた。あんたが居なけりゃ私は一生全てが嫌いなままだった。有難う】その言葉は、生きてるときに聞いてみたかったかも。そう思う時がある」

本当に。やるせない。



(「あ、そろそろかな」
「盆も終わるな」
「酒有難う、ヌシさん。自分は墓と家寄って逝くね」
「うむ。ぷりちーなワタシに精々感謝しろ」
「……にゃふふ。いつも感謝してますよ。時間の流れもこうなってからわからないから、あんたが居てくれて助かる」
「はっ」
「あ、八百屋の娘さんにも」
「ん?」
「待ってる、って伝えて」
「嫌がりそうだな。あいつは百まで生きる性質だぞ」
「じゃあ、お孫さん共々見守ってるって」
「ん」
「いつもお花とお線香有難うって」
「自分で言え」
「幸運を、と。…自分が言っちゃあ言葉の力駄目になりそうだからさぁ。頼むよヌシさん」
「幽霊で言霊信仰か。一応了承した。ワタシに海よりも深く感謝しろ」
「規格外!…まぁ気が向いたらまた居るよ、この街のどこかに」
「…お前、本当に成仏してるのか?」
「さあ。でも、そうできるだけの力をくれたでしょ?」
「……ちっ」
「にゃふふ。優しいね」)

「じゃあまた」
「ああ、また」



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