7月



 

「よ、久しぶり」

暑さも極まってきた《タソガレ商店街》7月。色とりどりの朝顔が色付く中、自分は病院の屋上で【奴】に見付かった。
自分に《包帯女》と名付けた少年、佐方さん家の息子。確か齢は十六、だか十七。学ランが眩しい年頃だと思う。嗚呼、自分もあんな頃があったなぁ、なんて。
彼は自分の包帯とギプスで覆われた身体を見て、初めに会った時と変わらず顔を歪ませる。自分の、もう二度と動かない左足と大きな傷の残った頭。腕や胸、全身に至って手術痕或いは事故による傷だらけで元の肌など、見る影もない。
一応自分は女なのだが、今となってはもう。どうでも良い。

「…変わらずあんたは元気そうだな」
「にゃふふ。ああ、変わらず。自分は元気いっぱいにどうにかこうしてやってんよ。佐方息子よ。彼女出来たんだって?」
「何で知ってんだ」
「戻ってきた初日にヌシやんから聞いた」

くっそ彼のでぶ猫、後で泣かす。
そんな言葉を聞いたが聞こえない振りをした。憐れヌシやん。ぷよぷよの身体が宙に舞う様が見えるようだ。

「良き哉良き哉。若いってのは良いことだ。
時に佐方息子。彼女さんを祭に誘ったのか?」
「何でそんなこと、」
「まさか、誘って無いの?」
「………はい」

耳まで赤くして俯く彼に舌打ちを向け、色気も何も無い入院着から煙草とライターを取り出す。一本くわえ、火を点し、ゆっくりと燻らせるは人体への毒。灰いっぱいに煙を取り込めばふらりと酩酊感。久方ぶりに吸うと少しだけ慣れない、小さく呟いて松葉杖に身体を預けた。

「……そんなにチキンだったか?お前」
「放っとけ!」

初な反応に苦笑する。吁、怒っても昔からの彼と全然変わらない。大人びた彼に昔の可愛らしい姿を見て、自分は煙を吐きつつ、青く雲を切り裂いた空を仰ぐ。
彼と自分が初めて会ったのもこんな晴天の日だった。雨上がりの蒸し暑さを伴う病院の屋上。
そう、さっきみたいに彼が昇ってきて、そして。会った。可愛らしく瞳を歪ませた彼。
あんなに可愛かったのに、月日が流れるのは早いものだとしみじみ感じてしまう。
しかし、こんなにも。本命には弱い奴だったとは!――情けない。煙草だけが自分の意志を汲み取ってみるみる内に短くなる。ちりっとした痛み。自分が感じる、新たな。現実の。
火を近くの飛び降り防止の柵に押し付けて潰した。新しいのを出すか、と袂を探ったところで漸く先程自棄になり怒鳴った彼が口を開いた。

「傷、」
「ん?」
「もう治ったんだと思った」

自分と彼の初対面は十年前、それから毎年きっかりこの季節。彼と見えるはもう恒例で。
初めて、では無い言葉をからりと笑い飛ばす。

「まぁな」
「痛くないのか?」
「それほどは。こうなるべくして、こうなったんだ。痛いなんて。忘れたよ佐方息子」
「そうか。あんたは相変わらず強いな、《包帯女》」
「お誉めに預かり、とは言わねぇぞ糞餓鬼」

そう吐き捨てるように言えば彼はただ、悲しげに笑んだ。全く。本当に相変わらず。馬鹿な奴だとつくづく思う。
自分がこうなったのは自分の責任で、こうなった後に会った彼には何の責任も無いと言うのに。
彼は突き放しながら切り離せず、時に自分のことのように彼は感情を歪め、心を痛ませる。
彼の彼女になった女の子は、幸せだろう。

「お前のさ、彼女ってどんな子?」
「何でそんなこと、」

再びつり上がる瞳に自分の真摯な顔が写った。彼が息をのみ、文句を留めた音が此方に伝わってくる。あ、とか。う、とか呟いてさ迷っていた彼の視線がひたりと合った。
 
「彼女は、可愛い。顔真っ赤にして、直ぐに照れて、時折何話してんだか分からないような子になるけど」

少しだけ混ざる酷い言い様に耳を疑った。何だそれは。

「それから、とても強い。自分の弱さに膝を抱え込む時もあるけど、それでも。――生きてる」

言葉が静かに鼓膜へ落ちる。縮む煙草を先と同じ場所に押し付けて自分は笑った。
なんだ幸せじゃないか、お前。

「彼女はお前の《見える》のは知ってんのか?」
「ああ」
「それを受け入れてくれるのか?」
「ああ」
「…彼女が好きか?」
「っ、ぁー……とても。好きだ」

幸せに満ち溢れた声音。どこか晴れやかな彼の笑顔に釘を刺す。

「じゃあ、特別に扱ってやれよ」

先ずは祭に誘ってこい、と背中を押せば、うるさい黙れだとか色々文句を言いながら彼は一度屋上の扉の前で振り返った。

「また」
「おう。また」

再会の約束を取り決め、互いにふにゃりと笑う。泡沫のように消える小さな面影。大人になった彼が踵を返す。広い背中、そこから庇護すべき幼子の影が消え去ったのを確認し、改めて煙草を取り出した。
《タソガレ商店街》眼下に見下ろせる小さな町にまだ、幸せが連なっていると知って安心していないといえば嘘になる。
自分が曾て生まれた町。そして変わらぬ人情。
吁、

「最後にヌシさんに会うのが楽しみだ」


いとしき故郷よ!





(しかし最後に「また」とは、まだまだ愛しい奴め。ほくそ笑む自分に泣き声が届く。
見れば同じ屋上の端で泣き濡れる女性の姿。どうした、と近寄っていけば彼女はほとほと涙を落としながらこう言った。「弟が、泣いている声がするのです」
自分は言う。何か、伝えたいことはある?
彼女は言う。ならば、―――と。
それだけ自分に言付けると、限界だったのか彼女が消えた。
最後にまた自分が一人。
はてさて。先ずは言付けを伝えに行きますか。ぼやくのを聞いたのは鴉のみ。アア、)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -