二人のウソツキ



ばん、と酷く味気無い銃声がブラウン菅の向こうから響き渡った時のことだった。
銃撃犯の説得が成立する間際に現れた女。交渉役が撃たれていて、視覚に訴える強烈な紅に絶句する。思わず本の頁を捲る指を止めた私に父が言った。

「これはまた、お前みたいなタイミングの悪い女だなぁ」

その時は「そんなこと無いよ」と細やかに言い返したものだけど、訂正しよう。


《私はタイミングの悪い女だ》。


そんなつい最近の出来事が脳裏を過った。走馬灯、に近いものだろうか。
瞳を瞬かせて女の先輩に言う。至極当たり前な謝罪の言葉を考えて、

「すみませんでした。胸糞悪い告白をどうぞどうぞ続けてください」
「つ、――続けられるわけないじゃない!」

失敗した。ごもっともな反論を有り難う御座います、なんちゃって。
馬鹿っぽいから誤魔化されてくれるかと思ったけど、妖怪けばけば婆(失礼)は意外とヒステリックだった。
どうしよう、と振り上げられた掌を見詰めながら思う。
《告白》という秘密の儀式を、裸足で踏みにじって花園を荒らしてしまったからには。
まあ、一発くらいなら。
そう考えて彼女の指先に光るものを見詰めていたら、私の目の前に一つの金糸が割り込んだ。
ばちん、と小気味良い音。銃声よりはマシだけど、とため息を一つ私は吐く。

「そら、」
「…良くないね君。俺はいたいけで空気の読めないタイミングの悪いだけの後輩を、殴る奴は嫌いだよ」

さっさと帰ってくれる?と微笑んでいるであろう彼の目の前で、女の先輩の涙腺が決壊した。
うわぁぁん、だか。きゃぁぁだか。やけに被害者思想にまみれたそれを無感動に見届けて、私は言う。

「ソラオ先輩」
「そらちゃん、って呼んで」
「却下」

気持ち悪い。そう言えば彼はこっちを見て笑った。私の代わりに平手を受けた頬の腫れ度合いを、見てみれば真っ赤になっていた。
触れたら少しだけ笑顔が崩れる私の大嫌いな先輩。
何故か私は、彼の時に限って告白場面に遭遇してしまう世にも不幸な少女なのである。
女誑し。本当に、何でこいつが、と思うけれど。
私と違って彼は人当たりが良いし、当然の帰結なのかもしれなかった。
誘餓灯のような存在。
それがソラオ先輩だった。

「毎度毎度怪我して。馬鹿ですね、ソラオ先輩」
「そう思うなら愛のベーゼを一つくらい」
「調子に乗るならこれから治療しませんから」
 

私が原因で頬を腫らしたとて私が治療しなければならない謂れは無いんですよ、と何度めかも分からない言葉を告げると彼はへにゃりと笑った。

「そう明け透けに物を言う、タイミングの悪い君が気に入ってるんだよー。俺はね」
「悪趣味ですね」

もう高校三年生にもなるのに、何を言うのかこの馬鹿は。思わず毒づいたら彼は笑った。
ここで畳み掛けるように言うけれど、私は彼が大嫌いだ。
女には手をあげないなんてどこの騎士道精神だよとか思うし、誰にでも優しい彼の指先が私にも向けられるという、その事実も大嫌いだ。きらきら輝く金糸も嫌い。低く耳障りの良い声も全部嫌い。

「先輩は、」
「ん?」
「優しさが人を傷付けることを知っていますか」

何よりも一番嫌いなのは彼が優しさで自身を固めているということだった。
彼にフラれた女の子たちは皆、口を揃えて言う。
『彼を好きになって良かった』
恨む余地を与えないくらい、優しく優しく彼は恋を終わらせるんだそうだ。
今回のあの女の先輩はひょっとしたら違うかもしれないけれど。
それでも優しく、禍根を残さないように彼は数多の引く手を片っ端からちょん切っていく。
その事実が私にとって、とても気持ち悪い。
人が人を拒否するときに《優しさ》なんてこれっぽっちも無いくせに、彼の時だけ《優しさ》が先に立つ。
そんなこと出来るなんてきっと人間じゃない。
その考えが顔に出ていたのか、先輩はふふふと爽やかに笑って。

「素直なのは美徳の一つだよ?」

と誉めてくださった。否、気持ち悪いな本当にこの人は。

「そうだねー、一つ。君だけに教えてあげよっかな。俺の将来のこと」
「は」

聞きたくないんですけど、と私が紡ぐ前に矢継ぎ早に先輩が先手を打った。

「俺はね、本の修繕師になるんだ」

ソラオ先輩の噂。
将来のことを話さない。大学受験するものだと思われていて、成績も普通。普通に平凡な一生を送ってきっと、最後には子供に看取られて死ぬだろう。
それが。

「くっ」

私の口から笑い声が漏れた。
本の修繕師、だなんて。なんて、夢のある職業だろう!
まさかこの人に、そんな確固たる夢の目標があったなんて思いも由らなかった。
もしもこれが嘘であれども、今までの偽善よりは余程好ましい嘘だ。珍しく、そう思った。

「その嘘は、好きです」

そう言えば彼は穏やかに微笑んで、秘密を打ち明けるように私に言う。
柔らかく、優しい嘘の続きを。

「《タソガレ商店街》。卒業したら俺はそこで古本屋を営む。もし、君が世界に疲れたら。光と希望と恋をあげる」

一度遊びにおいで、という言葉に私は素直に頷いていた。
本は好きだった。先輩の選ぶ本に興味があった。それだけ私は心中で呟いて、感情を誤魔化すように無表情を続ける。



それから一年後、先輩は卒業した。



行き先は誰にも言わず、否。私だけに嘘らしい行き先を告げた彼は姿を消した。
沢山の人が彼を探して見付からず、嘆く姿を見ながら私も卒業の折を迎え。

今日、先輩の嘘にお邪魔する。

ねえ、ソラオ先輩。
今なら言えるけれど、本を扱うあの優しい指先は嫌いじゃなかった。
だから、私から貴方の嘘に飛び込んで行くことにします。
大嫌いな大嫌いな先輩。

持っている物語の展開が気になるけれど今は頁を閉じて、貴方に笑いかけようじゃないか。

だって私は嘘つきだもの。
先輩と同じように、ね。


「いらっしゃい」

優しい嘘が、響く。




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