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あんたここの所属だったんだなと不機嫌に煙る映画探訪会の部室。煙草禁止の筈の室内で黙々と上がる不機嫌を表した量。分かり易いのは結構だけど、とシューサクは苦笑気味に問答無用で煙草を奪い取り、目に付いた空き缶に火種を押し付けた。火をつけたばかりなのに!と悲鳴。構うものか。ここの決まりを破ればどれだけ迷惑被るか。
澄ました顔で換気を行うシューサクはそっと、項垂れ眼光を強くする須藤に紙袋を差し出した。
「何?毒?」
「お菓子。迷惑かけてしまったから、と」
勿論贈り主は言うまでもないだろう。彼も直ぐにコモリの従兄弟が浮かんだようで、苦み走った表情で遠慮なく受取った。
甘いの好きですか、いや別にそんなことねえし、そうですかそこ美味しいお店ですよ、そうか、値段もそこそこして、へえ、お店の皆さんで召し上がって下さい。
連なるように礼儀としての会話をこなし、そっと平凡は息を吐く。彼はそんなに親しくもない人間と会話をすることを、得手としていない。見目麗しい色男なら尚更。
須藤の見目は、昼間の光に瞬くように蕩けて視界を色で溢れさせた。銀の髪は光り輝くシルクのような光沢、同系色の瞳は菓子の袋へと注がれてとてつもなく甘い。
シューサクの周りには、とてつもなく美形が集まる。
帰ったらコモリに須藤が後輩って事を伝えなきゃなーなんて、ゆるゆると思考していた内に口を引き結んでしかめっ面をしていたようだ。何気なく立ち上がった平凡に、須藤の肩が揺れる。
別に危害を加えようってわけじゃ、と言い掛けて、そう言えば彼の目の前で兄を沈めたことをシューサクは思い出した。
あれは、怖がられるか。
「ええと、本を」
「そうか、」
ほっとした様に腰掛ける美形。首から下げた細かい細工のクロスが鈍い光を放つ。色も落ち着いた彩で、お洒落に気を使ってるんだろうなと首を傾げながら部室の本棚から攫った本を、一頁。ぺらりと捲り文字を目で追う。追って、中々興味をそそられるような内容である筈なのだけれど。
無言のうちに視線に追われる。いくら鈍いとバイの友人に定評があるとはいえ、至近距離で見つめられてはシューサクも居た堪れない。無遠慮な視線。先程までの射殺すようなものではなく、間近で観察、するような。例えば前者が拳銃なら後者は火で炙られる気分。
じりじりと焦げ付く違和感と気まずさに先に声を上げたのはシューサクだった。
「あの、」
「おう、」
「ええと、僕の顔に何か?」
「何も付いてない」
じゃあ言いたい事でも、と訊ねれば彼は神妙な顔をして頷いた。折角開いたのに本だってこれでは開き損だ。文字も上っ面を滑って旅立ってしまう。
「どうぞ」
本を閉じてシューサクが向き直れば、須藤は灰色の瞳を驚きに見開いて平凡を見た。そんなに話を聞かずすぐに暴力に走る人間に見えたのだろうかと少しだけ夜の態度を後悔して肩を落とす――も、もう成したことなのだし仕様のない事。喚きたいのを堪え忍んでシューサクは返事を待つ。須藤は暫くする内にシューサクに慣れたとみえて、徐々に色を戻し、双眸を軽く瞬いてみせた。光を吸い込み美しい銀河色がくしゃ、と潤む。
ううん、大層調った見目だけど、彼女は果たして彼を女役と定めるのだろうか、とかシューサクが思考に耽るに至った頃、
「コモリ、をどこまで知ってる?」
そう、問う声。酷く澄んだ青のような響きだった。
慎んで、ゆるりと受け取った言葉に耳をすませシューサクはややあって応える。慎重にしなければ、彼はコモリの元を離れてしまう、気がした。
それはいけない。
はじめて、彼女が自ら外に出て作った友人だというのに。
「わからない」
「は?一緒に住んでるんだろ?」
「住んでますけど」
彼女の性格は知っている、顔立ちの良さや臆病なところ、一部だけは知っている。だけど、少し過ごしてみて、彼女そのものの、存在する要因だったり中身だったりは白紙であることに、平凡は微睡むように想う。
少女をそっと、考える。
秘密にされているわけではない。大体そんなに彼女は、繊細な性格をしていない。馬鹿正直。わかることは、はっきりとわかる、と告げる性質。
だから、彼女が分からない、と言えばシューサクも分からない。
延々と巡らせる内に、行き着くものはきっと。

「貴方の知っていることを知っていて、貴方の知らないことを知らない。多分そんな程度です」

言い置きながら、シューサクは不安に駆られるような思いはしなかった。彼女だけの特別、が自分だけなんて甚だしいという思いもひと欠片程は混じっている。多分。そこに嫉妬は無かった。寂しさも無かった。
だって彼女は、シューサクには酷く勿体無い。
声少なく、素直に短く留めたシューサクに黙したのは束の間。はじめて須藤は笑ったようだった。綻びるような穏やかな笑み。こんな表情も出来るのかと心中でぼやく平凡の前で、彼は耳障りの良い声で囀るように言う。
「淡泊そうに見えて、案外臆病か」
それとも嘘すら吐けないただの馬鹿か、告げられた声に馬鹿にしているような様子は見られなかった。
シューサクは密やかに安堵して、尚観察するような瞳を向けてくる須藤に声を潜ませる。
「まだ何か?」
「いや、コモリの同居人ってこんなやつなのか、と」
平凡の極みですよ、返事を息をするような自然さで発すれば軽くまた、目を見開く男が一人。何かおかしいことを言っただろうか、日に痛めてちかりと光る長い前髪を垂らしたままシューサクは首を傾げる。無表情で困ったように瞳の色を変化させた彼は、須藤の目にはとても滑稽な男に映っただろう。それでも口を開く気になれなくて見つめ合う事数分。
幸いか不幸か、講義終了の鐘が鳴る。伸びやかに響いたものに、ようやくのろのろと動き出した大の男二つ。
シューサクは困惑の思いを消せないまま席を立つ。次は選択授業の筈だった。鞄の中身を思い浮かべながら扉に向かえば、
「ちょっと、」
ぐい、と強めに引かれた腕。光を帯びて煌めく銀灰色。銀河の色が物言いたげに歪む。言い澱む唇に、次は選択授業で、と先手を打てば開き直ったように彼は口端を上げた。
命じる、音。

「サボタージュしろ」

「え?」
「コモリの謎、知りたいだろ?ダチに幽霊とかに詳しいやつがいるからこのまま美味い珈琲飲みに行こうぜ」
非常に魅力的な誘いではあるのだが、と躊躇した平凡を前にして須藤は携帯電話で連絡をとっているようだった。すぐに繋がったのか、合流する旨を伝えている。シューサクの返事も何もあったものではない。肯定が前提か、と平凡はげんなりとして少ない脳味噌が講義内容に逃避する。単位取りのために捩じ込んだ授業に然程名残惜しさは無いけれど、一回の欠席が非常に勿体無い気がする。
そして、いい加減事態がシューサクの許容量を越えてしまうのだが。欠席してついていくか、振り払って授業に出るか。揺れる平凡の心に気が付いているのか、須藤は隙を見せず、彼の腕を掴んだまま放さない。通話を切る綺麗な指先。
「どうせ講義休んだ事も無いだろ、お前」
次いで意地の悪い声。しかしその通りなので嘘をつくこともないだろうとシューサクが頷けば、ゆるりと吐かれた溜息。
「じゃあ後輩に付き合えよ、シューサク先輩?」
最後には媚びるような美貌に見惚れ、両手を上げた。もうどうにでもしてくれと抵抗をしないシューサクをドナドナ宜しく須藤が颯爽と拐う。
怖いよ怖いよお父さん、とでも歌えば立派な誘拐行為になるだろうかとシューサクは詮無き事を考えて瞼を閉じた。


冷たい空気を切りながらほっそりとした身体が重ったるいカーディガンを身に付けた男を引いていく。時は十月。神無月の頃合に須藤のジャケットが翻り、またそれが同性のシューサクより見詰めても格好良いとしか言い様のない。
片や麗人。
片や平凡、と来れば一般人の瞳は自然と好奇の色を帯びる。どうしてあの二人は連れ立って歩いているのか、とか何時か感じた事のある奇妙な気分になりながら歩を合わせて歩んでも須藤に腕を放す様子は見えない。逃げませんよ、と示すようにシューサクが腕を動かす。舌打ちと共に歩む須藤の速度が上がる。背中が、黙って引かれていろと脅すように話し掛けてくる。何と乱暴な。女ならヒステリックに悲鳴を上げているところだ。

平凡が途方に暮れる頃、足が止まったのはとある喫茶店の入口だった。

非常に慣れ親しんだ場所。今年の夏を、ここで毎日シューサクは過ごした。冷えたクーラーを好んで時間を惜しまず注ぎ込み働いて。―待った、思考が訴える。ここは、彼は、だから。コンビニが、彼の目つきや態度にそれほど負の感情を感じていなかったのは。自然慣れ親しんでいたものだったからか。そして須藤がこんなにも簡単にシューサクを突き止めて、態度を緩和させるに至った原因への一部も垣間見えた気がする。
違和感の連鎖が連なって、繋がって、シューサクは軽く目を見張る。平凡で感情に鈍いと称される彼にしては珍しく―少しだけ狼狽えて、後ろに引く身体を、尚力強く須藤が引いた。まろぶようにして、扉を潜る。嫌という程見つめてきた内装。今の時間帯、店内に人は少ないようだった。
「いらっしゃ、」
いませと後に続く言葉を飲み込んでマスターがこちらを見詰める。シューサクのうろんな顔付き、瞳に浮かんだ困惑の色に彼女は気が付いたようだった。そして、この状況にも。
「マスター。いつもの。それから、アン来てるだろ?」
「…… 奥だよ」
ごゆっくり、と声が深く鼓膜に染みる。夕方のシフトには一時間強はあるけれど。うきうきと勇んで歩く麗人と先の真っ赤な、林檎のような頭を見ればとてもそんな時間で終わるとは思えなかった。
真っ赤な髪色、シューサクに笑う。新たな色男がこちらを見据えて青空を細め低く、いらっしゃいませ、の声。赤毛だからアンなのか、とは口に出せずただただその美しさに圧倒されるばかりだった。平凡に牙向く獣が二匹。せめて丸ごと飲まれて悲鳴を上げる前に、上司たる彼女が制止してくれたら、と願ってやまないが果たして。


20140125



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