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友達が出来たのよ、とよく通るうつくしい声で幽霊が言う。その場で絶句した目の前の麗人。それから口笛を吹いたバイの友人。
「え?え、それはどこの誰」
「お、やったじゃん。あれ、でもこっから出られたの?コモリちゃん」
「この間出られました」
聞いてないよ、と情けない麗人の悲鳴は一回。久方ぶりの涼しい夏の夜長。体感温度は十五度を下回り、肌寒い程の感慨でー九月の上旬。新学期の勢い眩しい季節にこうして男三人示し合わせたわけでもないのに集合してしまったという、按配である。加えて幽霊が一人。ふよふよとシューサクのジャージの長い裾でにやける口元を隠していた。
驚いた、と訊ねる声に驚いたどころじゃないよ、と悲鳴を上げる麗人。美しい目鼻立ちが情けなく歪む。そんな表情をしながらも調った見目にシューサクは、ああイケメンって得だなあとぼやいて鍋を調えること暫し。様々な冷蔵庫の食材と、従兄弟の彼が買ってきたものを詰めれば四人用の土鍋も苦しそうに嗚咽を漏らす。煮える食材を前にして空けられた一升瓶はバイの友人の土産物。度数も高くするりと喉元を通り過ぎる心地よさに、鍋奉行を任せられたシューサク以外はすっかりと、特に麗人は。出来上がっていた。
酒気、立ち上るように、酔っぱらいの、出来上がり。
肉の加減を見ながらよそっていく手付きに感嘆の声と、肉親同士が言い争う騒がしさ。
どうして言わなかったの、だってあにちゃん田舎帰ってたじゃない、だってそれでも気になる、うるさいのよおねーちゃんだって知ってるもの、なんで、メール送ったのよ、何で俺だけ。
じとりと目線を逸らしていた平凡へ。
「シューサクくぅん、」
「コモリさんが言ったかと」
「俺の味方が居ない!」
わっ、と泣き出した従兄弟の彼の前にも具材盛り合わせた取り皿を渡してシューサクは手を合わせる。いただきます。――食べ物は、恵み。湯気に二回程息を吹きかけて白菜を頬張った。味ぽんで頂く野菜はあっさりしていて胸を心地よく癒していく。
「まあまあ、」
食べたら、と同じく食べながら箸で行儀悪く指し示すバイの友人。短期アルバイトには向かないからと短く刈り上げたオレンジの髪、覗く項は真っ白なまま、今はアルコールによりほんのりと赤く染まっている。桃色、のような見事な色彩。
うつくしいなあと詮無きことを考えて迷わず次の具材を追加するシューサクは灰汁の強い人間に、すっかりと馴れている。それがいい事なのか悪いことなのかは、わからないけれど。判断出来るほど長く生きていない。
「しつこいのよー!」
「だって、だってぇええ、」
ぐずぐずとしゃくり上げる酔っ払いが面倒くさい。加えて目の前に置いてある取り分け皿の中、具材が冷めてしまうことも非常に残念だった。なので事態を収めるためにシューサクは口にする。
「何が気になるんです?」
「どんな人か」

「じゃあ見に行ったらいいんじゃないですか」

溜息混じりに。それは、シューサクの何気ない一言だった。悪気は無い。単に事態を収束させるための。最後の、呼吸のような自然さで出た言葉だった。
それなのに。
「それだ」
酔っ払いには格好の餌に見えたらしい。途端食いついた従兄弟に、頬を膨らませるコモリが殺さんばかりの眼光でシューサクを睨む。菜箸で野菜を軽く沈めていたシューサクは自らが落とした爆弾に気が付かずー静まり返った部屋の状態に、漸く異常を悟ったのだが。
目の前に目をらんらんと輝かせる最大の美。
頭上に猛禽類の如く眼光を細める幽霊。
黙々と鍋を掻き込む太陽の色彩。
各々の美しさが声を飲む。ゆっくりと反芻して、シューサクはやっと。自分が大変な提案をしたらしい、ということに気が付いた。
「あ、ええと」
睨まれ竦む身体。選んで選んで思考を巡らせ、辛うじて言葉を絞り出す事には。
「鍋片付けて、行きましょう」
少々ずれた提言。しかしながらその一言で、暫く、放置されていた鍋を囲う事が出来たのだから結果は良い筈。


コモリの友人、とやらはこのアパートの裏手、徒歩三分圏内のコンビニで働く従業員らしい。一度シューサクと共に外に出たコモリは今まで引きこもっていたことが嘘のように出かけるようになっていた。勿論同居人であるシューサクが居ない時に限っていたが、両手を挙げて喜ぶ事態だろう。彼女自身も活動範囲を自ら調べる様な積極的な姿勢だった。結論としては、このアパートを含め裏のコンビニまで、一区域。それが限界らしいが。
思っていたら、こんな流れに。
酔っ払い二人を引き連れて真夜中。確かに風呂上がりにコンビニだとか、飲み会にはよくある光景なのだけれど。原因が原因のため。素直に喜べない。
「帰りませんか?」
「今出たばかりじゃないか」
「いや、そうですけど」
勘弁していただけませんかと辞退して、許されるならば逃げ帰って台所を片付け眠りたい。平穏に、布団に入りたい。シューサクは溜息を吐きながら付いて行く。従兄弟の彼も仕事で疲れていたようだし、そういう時に限ってアルコールがよく回ることは知っていたのに、失敗した。
そして付き合わせていた発色の良い頭はにやにやと事態を見守るのみ。ただ一声訊ねる事には、
「コンビニってさ、」
「ああ、」
「あの、客を射殺さんばかりの店員の」
そう、その、コンビニである。シューサクはゆっくりと頷いてコンビニへ入って行った麗人と幽霊の背中を見詰めた。開閉のベル。愛らしく明るい音楽。真夜中でも眠らない空間、に。
台風一つ。
「荒んだ顔してるぜシューサク。煙草吸う?」
「……うん」
灯すように火を点けた友人の手元に顔を近付け、煙を奥深くまで吸い込む。シューサク自身、あまり吸うことのない趣向品は深く脳味噌を侵し、緩やかに現実をぼやけさせた。満天の星空。煌めきが揺らいで落ちる。流星群か、とゆるゆると思い起こした思考にそっと水を注ぐ声。
同じように煙草を吸いながらバイの友人が言葉を紡ぐ。
「そういや、こないだサークルの先輩に聞いたんだけどさ」
「うん」
「ここのコンビニで二、三人サークルの後輩働いてるらしいぜ?」
「へえ」
「確かはっきりと名字を聞いたのが、あー、」
中から騒がしい喧騒。微かに鼓膜に届いたものに、煙草一本終わってからでいいかとぼんやりと惚けた瞳。瞬く暗闇。帳を下ろした夜。まっくらな中を、人工の蛍が揺れる。
「伊藤とかいうのと。須藤、」
扉が開いた。怒鳴り声と舌打ちの応酬。振り返った先には店のカウンター越しに怒鳴り合う麗人と、目付きの悪い店員の、姿。彼の制服には名札があって、間違いなくそこにはー須藤、の文字。灰色の髪が店内の灯りを帯びて美しく紫に変わる。
同じく瞳が、甘く蕩けて、爆発した。
「大体なあ!テメーのとこの変なのが絡んできたから知り合いになったってのに何だよ《妹に手を出すな》たぁ言いがかりも甚だしい!」
「でもうちのコモリは君みたいな子にはあげらんないよ!」
「熨斗付けて返してやらあ!ざっけんな表出ろ買ってやる!」
面倒な。――面妖な。
店内に客が居なくて良かったがこれでは堪ったものではない。おろおろと困惑した顔で二人を見詰める金髪の店員。溜息は紫煙と共に、ゆっくりと吸い込んで。吸いかけの煙草をバイの友人に渡す。シューサクも、こんな手段を取るとは、だいぶ酔っていたのかもしれない。
そのまま、澱み無く麗人の背後に回ると容赦無く後頭部を穿った。ぐらりと揺らいだ身体を両脇から支え、すみませんでした、と謝罪は惚けている合間に。後日菓子折りでも持っていこう、とコモリに目配せ。コモリは大きく頷いて店員に謝罪を繰り返すとついてきた。
その事について友人から受けた喝采は華々しい。静謐の夜に、酔っ払いが沈む。


201401117


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