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幽霊も衣装チェンジは可能らしい。空中遊泳する少女にシューサクがジャージを着てくれと頼んで、経過五分。言われるがまま薄い本が詰まった箱を目の前に据えて、彼は畳んだジャージを乗せた。紺色のそれは高校時代のものだったがそれなりに丈夫で着心地は良い。勿論彼女がジャージを持っている訳はないから、シューサクの所有物である。
一呼吸。揺らぐようにして瞬く間にコモリはジャージ姿になり、ほっと一安心―と思いきや。上下揃えて置いたにも関わらず下は穿かないまま。完全なる解決までに至っていない。屈んだら黒のパンツが再びシューサクの目の前に。彼女はこの現状に気が付いているのだろうか。
「下を、」
促すように彼が言葉を紡げば頭を振る小さな頭。
「イヤなのよ」
もさっとするから、裾を引いてしまうからと彼女は訴えるが幽霊に裾引きも何も無いだろうと。しかし先ほどまでのやり取りを思い起こしてシューサクはそれ以上の詮索と追求を止めた。またもや呪うぞと言われたら生きていける心地がしない。
なるべく彼が上に視界を遣らないようすればいいいいか―目を逸らしてシューサクは話を続ける。
「しかし不思議な現象ですね。置けば着られるとは」
「神様に捧げるような儀礼したらいいのよー。この段ボールはあたしの唯一の私物。つまりはここだけがこっちに繋がってるという簡易仏間だね」
「なるほど」
だから薄い本も根こそぎ読むことができるしこの姿になっても尚趣味に勤しむことができると。彼女にとってはこのダンボールの中身は、趣味以上のものになっていて。現実と彼女を繋ぐ唯一のものなのだと事実を認識して、ふと、上げないようにしていた視線を彼女へ合わせてしまった。眉根を寄せてシューサクは黙り込む。
困惑すべき更なる異常事態。男物のジャージを渡したせいか、体格に合わず大きくぶかぶかで、下に何も着ていないように見える。且つ鎖骨が丸見え。まま、鎖骨なら先ほどまで見えていた筈なのだが。衣装チェンジにより尚、際立つ白さ。形の良いその部分。
どうしたらいいのか。シューサクは奥歯を噛んで思考を遊ばせる。
チャックの開き具合で強調される女の子の、鎖骨とこっそり見える胸元。セーラー服の時には目立たなかったものが次々と理性を弄ぶように曝されていく。―ジャージにこんな性質があったなんて。罠を張り巡らせてシューサクを待っているなんて誰が想像できただろうか。彼の葛藤いざ知らず。コモリは
「あー楽ー。あったかーい」
とか言いつつふよふよ楽しそうに浮いている。揺蕩う黒髪と真っ白い肌と、気を許したような笑顔が目に毒だ。生憎とこんな事態に喜べる神経は持っていない。
「先ほどまで泣いていた幽霊が、警戒心が弱いんじゃないですか?」
「だってもうシューサクくんは捨てないでしょう?」
「まあ」
「引っ越しもしないでしょう?」
「まあ、ってわからないでしょう」

「ふふふ、幽霊の、勘なのよ」

愉しげな、明るい表情。紅をひいたわけでもないのに頬に化粧をしているわけでもないのに、鮮やかに色づいている可憐な花。翻る黒髪が桜色に染まってゆらゆらと揺らぐ。気が付けば朝が近付いていた。


朝焼けが鮮烈に網膜を焼いていく。
結局その後さして眠ることも出来ず珍しく欠伸を大きく漏らしたシューサクは教室で舟をゆったりと漕いでいた。その様子に、授業がいくつか被っている友人が隣から声をかける。教授の声も今のシューサクには子守歌にしかならない。鬱陶しそうに目を細め、地獄の形相をした彼に―頭を金髪に染めた、女遊びはおろか男遊びも得意だと初対面で言い放った―多彩色の青年はにやりと笑う。

「どしたのシューサク。元気ねえじゃん」
「なあ君さ。もし、一緒に暮らしてる…家族みたいな女の子が腐女子で自分がネタにされてるとしたらどうする?」
「何それウケる!現実は小説より奇なりってやつじゃね?」

気にするほどじゃないでしょう、自分に迷惑が無い限り。それに同性でも気持ちいいよ?そう告げられた言葉に返答はひきつり笑いを一つ。残るノートは彼に任せてシューサクは目を閉じた。あの華奢な体に見合った泣き顔ところころと変わる美しく愛らしい顔に確かに大きな被害があるわけではなし、少しだけ寛容に心を持てば生き残っていけると彼女の趣味に見ない振りを決め込む。

「おーいシューサク。お前バイトする気ある?探してるって言って、」

寝てんのかよ、という掠れた声を最後に意識が深く落ちていく。


20131116


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