ヤカケ1



朝が苦手だったーー眠らないあたしを責めてるみたいで、と唐突に彼女が言った。僕は起きたばかりの脳味噌で辛うじて動いて顔を洗いつつ背後にその声を聞いている。たおやかな腕がゆるりと後ろで組まれるその姿。非常に美しいのに、浮かべる笑みは悲壮感に溢れていた。平生の彼女はうるさい。
言いたいことは沢山あった。普段うるさいのをこういう時に活力にして弾けてくださいとか、可愛くない棘のある言葉ばかりが浮かぶ。彼女は顔を上げた僕に鬱蒼と一つ。こわいのよ、とぽつり、言う。全く朝から陰鬱なことで。溜息を一つ。振り返ってその透けた半透明の彼女へ紡ぐ。
「僕は夜が好きですよ」
そう、と俯く彼女にしゃがみこんで視線を合わせる。菫色の瞳、暗く澱んだ色合いを帯びるそれ。
「だって、貴女の描く、あの相関図。暗い方がより鮮やかに見える。まるでプラネタリウムを見ているようで、好きなんです」
言葉を、徐々に理解していったのだろう。
うっすらと朱が上ってきた顔色。潤む双眸になお畳み掛けるように、もう一声。
「それに、暗い中で光を帯びるあなたの生き生きとした菫色。綺麗で、好きなんです」
「な、あ、」
あーと唸りながら逃げるようにくるくる幽霊が舞った。吃りながら何を言うのよなんて言われても。
「コモリさん?」
「うるさい遅刻するのよシューサクくん」
手櫛でがしがしと髪を整えながら着替えて振り返る。宙で膝を抱えて揺蕩う姿。へそ曲げるまでおかしい事は言ったかなと思いつつ、ねだる様に最後の挨拶。
「行ってきますが、」
「う、」
頬を膨らませて顔を上げる可愛い彼女。
「僕は朝も好きですよ」
「ふうん、」
「あなたが、見送ってくれますから」
ぼふん、と爆発した音がした。幽霊なのに血色のやたら良い頬がだらしなく緩んで、へらりと笑う。
「だから言ってください」
頼みますから、と告げれば
「いってらっしゃい、シューサクくん」
応じる彼女の、美しいことと言ったら!漸く光の戻った瞳に微笑んだ。

「行ってきます」

幽霊がいる光景も、悪くはない。

(シューサクとコモリ)


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