17~19



17、上田と遠藤緑
「上田さんって、」
ヘルプとしてシフトに入った夜半の頃。閉店三十分前は途端、静かになる店内で。―こんなの狡いだろうなあと思いながら作業中に話しかけてみる。
この性格のせいか直ぐに打ち解けた上田さんは、私を見返して、こてんと首を傾げた。何だか可愛いなあ、なんて。そんなの下ちゃんの影響かしら。

「下ちゃんは、嫌い?」

「え、」
なんちゃって。そんなこと無いって知ってる。最近、あの事件が有ってから目を合わせて上田さんは下ちゃんとお話するし、悪くは思って無いんだろうなあって感想。
下ちゃんはあんな見た目でも凄く真面目だし、友達想いだし、それに。とても優しいもの。
だから誘蛾灯みたいに私みたいのが次々と下ちゃんに群がる。大抵は程々に、逃げていくけど。私は彼に甘えたまま、ずぶずぶと。縋ってばかり。
だから、ねえ。こんな役もたまにはいいじゃない。促進剤になったら最高じゃないの。
「嫌い?」
もう一度訊ねてみれば、困ったような気配。
ううん、と少しの逡巡と。何か。苦笑気味に彼は言う。
「嫌い、では。ありません」
「うん」
「彼は、悪い人ではありませんし。頑張ってると、思います」
「うん」
もう一歩。踏み込みたいなあとか思いながら頷くと。
私を窺ってから、彼は諦めたように言った。

「でも、先に死んだ連れ合いのことを想うと。僕は、」

怖いんです、と彼は言う。
目を見開いた私の目の前で、静かに笑みを讃えて。
うひゃ、とかうにゃとか叫ばなかった奇跡。とんでもない爆弾を踏んじゃったわね、遠藤緑。私はどこかでそんな声を聞いた気がした。

++
無邪気に切り込んだ上の、罠。


18、下関と遠藤緑
「そっか」
緩やかに笑う。対して彼女は俯いたまま応えた。曰く、ごめんなさい。
どうして謝るんだ、と言えば分からないの一言。思わず吹き出した俺に堪えかねたのか、ぐわっと顔が。勢い良く上がる。
その顔を見た瞬間、いやに心細い気持ちになって彼女の頭を撫でていた。
「…どうしてお前が泣くんだ」
誰が悪いとか、そんなの。無いのに。
区切って言えば連なるようにまた、滴が落ちる。はたはた。ーぱたぱたぽろり。
「だって、」
しゃくり上げながら彼女は言う。不器用で、不器用なりに思いやる。馬鹿な友達。
顔だけで表面だけで繋がったものとは違う、変わり者。
「幸せにー、幸せにって思ったの」
「だけれど、暴いてしまって」
「黙っていられるような狡猾さも無しに崩れてしまう」
「貴方に、誰よりも優しい下ちゃんー下関に」
しあわせに、なってほしかっただけなのに。
死人には勝てないわ、と彼女は言う。
勝たなくても、良いじゃないかと俺は想う。
大丈夫、失敗したって万が一は。俺が、

そんな思惑を悟られないよう、俺はにっこりと笑んだ。
「行くぞ相棒、仕事だ」
「うぐ」
そうどんな波乱があれど仕事はやってくる。
彼女の涙を強く拭ってやって、先に更衣室を出た。タッチ交代は亀山りり。金の亡者で仕事には人一倍厳しい働き者。
彼女は出てきた俺の頭を、出会い頭ー踏み込み一歩ー抱えて全力でカウンター下の、客から見えない位置に押し込んだ。

「馬鹿ですね、下関」

そんな決壊寸前の顔して仕事はしないでください、ーとか。とか。
気が付いた時には、遅かった。さっきまでの遠藤と同じように涙が伝っていく。ぼたぼたぼたと嵩を増す液体。
ごめんなさい。あなたがすきなんです、うえださん。

++
リリーは優しい子です。


19、世界の外:後輩A
「進む勇気って、時に誤りですよねぇセーンパイ」

しゃがみ込む二人を見詰めて思わず笑ってしまう。小学校から全く、変わらないんだからこのお二方は。
どうしました、のんびり尋ねてくわえた煙草に火を点ければ各々。正直な返事が返ってきた。爆発した、と遠藤センパイ。振られたかも、と下関センパイ。
くっだらねーとか思いながらよくよく聞いてみればよくもまあ。踏み切ったもので。
バイなセンパイと、ホモになりかけセンパイ。まあ何と可愛らしいものでと四つ五つ年下ながらに想うわけですワタクシ。
恋なんて、ねえ。ヤれたら変わらんでしょとか思う立場からすれば、夢物語だけれど。

「取り敢えず突進してフェードアウトは宜しく無いっすね、センパイ」
「う、」
「遠藤センパイも、爆発するのは勝手ですけど共倒れは良くないっすね。望んでないでしょう?」

訊けばぐずぐずと泣いて、うん、と遠藤センパイは言った。
距離を取りながらのんびり変わらずやるのが一番の解決法ですよ、とゆるりと笑ってアドバイス。

「ほらほら二人とも大人なんだから泣かないの。景気付けに一杯、飲みに行きましょて」

お前未成年だろと言われるけど気にしちゃあいけない。
通いのとこは身分証明書なんて見せなくても快く酒を出してくれるのですから、なんちって。




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