あいえお

かきくけこ

さしす

たちつてと

なにぬねの




まみむめも

や ゆ よ

らりるれろ

わ を ん



七班の男たちとサクラちゃん

「サイ、俺はお前に言っておくことがある」
夜も更けた頃だった。じゃんけんに負けた見張り番の二人は小屋の屋根の上に腰掛けて、手持ち無沙汰に星を眺めていた。コップに入った温かい紅茶が辛うじて暖をとる手段だった。
「サクラちゃんはブスじゃねえ」
「どうしたんですか急に」
「だーってお前があんまり何度も言うからさ」
あれでブスだって言うなら、何ならいいんだ。サイの美醜の感覚はよくわからない。
サクラちゃんは可愛い。昔っから、アカデミーのクラスで誰よりも可愛かった。つい目で追いかけてしまうのは仕方なかった。
「そういうものかな」
「サクラちゃんはマジで可愛いんだからな。ていうか普通に顔が可愛い。あれが可愛いと思わないならお前の感覚はどうかしてる」
「随分な言い方だね。……まあ実際、きれいとか可愛いってよくわからないんだ。暗部の人間はみんな面をつけているしね。でもそうだな。サクラはさ、ブスって言うと怒るだろう。感情がわかりやすく目に見えるから、楽しいんだよね」
見てよ、とサイは小さなスケッチブックを取り出した。書き込まれたスケッチは知った顔ばかりだった。様々な角度から描かれた怒った顔。ページをめくると花のような笑顔。考えている顔。寝ている顔。写し取られた表情は彼女そのもので、つい胸が騒ぐ。
写真よりもずっと生々しい、紙の上の彼女に触れてはいけない気がして、ナルトは空白部分に指をどかした。別のページのナルトの絵の線が勢いよく、力強いのに対して、サクラの絵は繊細で柔らかい。筆の主にはそう見えているってことだろう。わかっていないだけで、こいつも大概だと思う。
「思ってもないのにブスって言うなよ。サクラちゃんだって悲しいだろ」
「……そうだね。君の言う通りかも。わかった。明日からブスはやめて、かわいいねって言うことにするよ」
ナルトは頷きかけて、むむ、と唸った。
「……言ったのオレだけど、それはそれでヨクナイってばよ……」
黒髪の美形にそういうことを言わせるのは、ちょっと胸がざわついてしまう。心臓に悪い。

「っていうことがあったんだ。昔ね。まだ君がグレてる時のことなんだけど」
サイがサスケと話す話題なんて、ナルトとサクラのことくらいしかない。他人に興味のなさそうなこの男も、どうやらあの二人についてはそれなりに興味を持つらしいと知ったのは最近のことだ。
「あの時もこういう任務中の夜だったんだ。それで思い出したんだけど」
一応サイの話を聞いてるらしいことは、視線の動きでわかる。相変わらず愛想のない男だなと思いながら、構わず続けた。一度、機会があれば聞いてみたかったのだ。
「それでさ、客観的な意見が知りたいんだ。意見の母数は多い方がいいからね」
「何が言いたい」
「君から見て、サクラは可愛いと思う?」
刀を布で拭っていたサスケはこれ見よがしにため息をついた。
「あいつにしかそう思ったことはない」
「あっそう……」
サイはしばし言葉を失った。ぱちくりと目を瞬かせた。この男があっさりとそんな言葉を吐くのだろうか。一に沈黙、二に悪態、もしくは舌打ちばかりのこの男が。あいつに、しか、そう思ったことは、ない。何か意味を取り違えたかと考えを巡らしてみた。どうやら答えは変わりそうになかった。それでも念のため、サイはおそるおそる確認した。認識に齟齬があったらいけない。
「それは、つまり、可愛いって意味だよね?」
「……そう言ってるだろ」
何度も聞くな、とサイをぎろりと睨み、不機嫌を隠そうともしないこの男は、今、恋人でもない女の子のことを可愛いと言ったのだ。それも、随分と特別な意味で。
「へえ、なるほどね。貴重な意見をありがとう。……でもさ、それってすごく私情が混ざっているよね。僕は客観的な美醜の話をしているんだけど。君のはなんていうか……」
「もういいな。俺は寝る。二時間後に交代だ。時間が来たら起こせ」
そう言うと、サスケはごろりと横になり薄手の毛布を被って寝始めてしまった。こんなにわかりやすい狸寝入りもなかなかないと思う。このスカした年下の男の、面白いところをひとつ見つけてしまったようだった。
「仕方ないよね、君の前だと特に可愛いもんね」
丸まった背中に語りかける。あんなの向けられたら、そりゃあたまらないだろうね。そう言うの、最近僕もわかるようになったんだ。
「いいね、最高だ」
ふふ、と思わず笑いが漏れた。すごくいい気分だった。あの頃、こんな夜が来るとは思っていなかったし、こんな話をサスケと話すだなんて想像もしていなかった。
「僕たちの人生も捨てたもんじゃないね」
「……言ってろ」
寝たはずの男のくぐもった声に、サイはもう一度笑みを零した。

VENUS
2019/10/28


※ナルサク 何でも許せる人だけお読みください とても注意


屈折している。そんなことはとうに理解していた。

「ナルト、とヒナタ」
サクラちゃんが自分の名前を呼ぶ声と、その後の一瞬の間。は、と小さく息を飲んだ時のサクラちゃんの目に浮かんだ光の揺らぎを、俺は見逃さなかった。見逃すはずがなかった。
その時、若葉色の瞳が微かに陰ったのだ。寂しさと悲しさ。それから多分、自分の思い上がりでなければ、ほんのすこしの嫉妬。

秋の朝に、風に紛れたキンモクセイの香りを感じる、それくらいの刹那的な出来事で、それくらい胸を引きしぼる、鮮烈な瞬間だった。

まばたき一回分くらいの時間だけ、サクラちゃんが見せたその顔は、たちまちのうちに晴れ上がって、翳りのない笑顔に変わってしまった。

「何、あんたまた一楽に連れてってたの。たまにはヒナタに食べたいもの選ばしてあげなさいよ」
呆れた声で、隣のヒナタに声をかけたサクラちゃんの、くるくると変わる表情の下に隠れてしまった陰を追いかける。サクラちゃん自身、気づいていないのかもしれない。

それでも、嬉しいと、思ってしまった。その感情が、ほんの少しでも自分に向けられることが。そんな自分が最低で、嫌気がさして、吐き気がした。後ろめたさに繋いでいた手を解いてしまった。

こんなの、ひどい裏切りだ。ヒナタにも、サクラちゃんにも。俺にでもサクラちゃんの心に引っかき傷をつけられることが、嬉しい、だなんて。

喉元までせり上がった、どろどろとした愉悦を、押し殺して飲み込んだ。

俺のことを見て欲しかった。サスケのことが大好きなサクラちゃんのことが好きだった。屈折している。そんなこと、最初からわかっていたことだろう。

***

一楽の暖簾から出てきた、見慣れた金色の頭を見て、思わず呼びかけてしまった。そのすぐ後で、義手の先が白く柔らかな手を握っていることに気づいて、狼狽えてしまった。

こうなることをわかっていたはずだ。こうなることを望んで、ナルトが今まで自分に向けてくれた想いを口上で否定したはずだ。それが言葉通りの意味として2人の間で咀嚼されたわけではなくても、確かにあれはさよならの合図だった。確かに、ナルトの未来を願っての言葉だった。それなのに、今さら、ショックを受けてしまうなんて。寂しいと、思ってしまうなんて。

そんなの、あまりにも身勝手すぎる。おもちゃを取られた子供のわがままと同じだ。

そんな自分の汚さに気づかれたくなくて、目を背けて笑顔を貼り付けた。じゃあな、サクラちゃん、と手を振り再び繋がれた手と手に、ゆっくりと首を絞められるような思いがした。

サスケくんのことを今でもずっと待っている。ナルトの気持ちには答えられない。それなのに、ナルトにはいつまでも自分のことを見ていて欲しかったのだろうか。自分の中を流れる身勝手で汚い感情を認めたくなかった。

屈折している。そんな自分など、知りたくなかった。

線AC
2018/8/17



※色々なものを無視したナル→サク

我ながらどうかしてると思いながらも、数年前に植樹してもらったハナミズキの木が、庭の一角に生えている。ぬるく、湿気と生気をたっぷりと含んだ空気が肌を撫でた。「そのもの」を自分のテリトリーに植えるほどの勇気はなかった。変に勘繰られるのも心地わるいし(そう思うってことは自覚があるわけだからなおさら)。重い気がするし。そうして選んだこの木は、それでもなお後ろめたい気持ちが少しあった。春が来ると、この木には薄紅色の花びらが揺れる。薄目で見れば可愛いあの子の花のように見えて、心臓がきゅうと縮んで小さな痛みをもたらした。

「君は遠慮しすぎなんだよ」
サイは不意にスケッチブックから目をそらさずにしんみりと言った。俺は温められた縁側に寝そべって、サイの手元の動きと被写体になっている木を交互に眺めた。
「ハナミズキってさ、桜と同じだけ生きるんだって」
サイは憐れむようにため息を吐いた。
「見事に代わりじゃないか」
「代わりだけどさ」
「サクラもバカだよね」
肯定すればいいのか否定すれば良いのかわからずに、曖昧な笑いをこぼすしかなかった。
「それでも見てたいじゃん。自分のものに出来なくてもさ」
「その割にはこんなん植えて?」
「それは言わないでくれってばよ」
毎年この花が咲けば自分の想いを忘れないでいられるだろうと思った。労わりたかったこと、大切にしたかったこと、幸せになってほしいこと。幸せにしたかったこと。それから、やっぱりどうしても好きだっていうことを。

「ナルトー!サイー!」
生垣の向こうから手を振る人がいた。勝手知ったる様子で玄関を回って庭に入ってきたサクラは、腕に重そうな荷物をひっかけて、両手には寿司桶を抱えていた。
「見て見て、作ってきたの」
サクラがいそいそと上を覆った布巾を取ると、春めいた色が美しく映えたちらし寿司が現れた。すごい!うまそう!と素直に口にすればサクラは誇ったような顔で嬉しそうに笑った。
「お皿取ってきちゃうね!」
靴を脱いで縁側から遠慮なく部屋に入りかけたサクラが、思い出したように冷蔵庫ちょっと借りて良い?と尋ねてくる。承諾すると、もってきていた荷物から何かを取り出して台所へと軽やかに消えていった。その華奢な後ろ姿をぼんやりと追う。ちくりと胸を刺すものがあって、少しだけ、泣きたい気持ちになった。花の色が揺れる。あれも多分、ちらし寿司なんだろうな、と思った。俺たちのじゃないやつ。後であいつが食べるやつ。それはとても嬉しいことなはずなのに、人間の感情はそんなに簡単に出来ていないらしかった。
お盆に皿と箸とコップを載せてサクラが帰ってきて、縁側でのささやかなお花見が始まった。
ちらし寿司はやさしく温かい味がした。
ゆるやかな風を受けて、枝に乗った花びらが揺れる。
「ハナミズキって珍しいわよね」
「そうかな」
「うん、あまり見ないもの。でもちょっと桜に似てて親近感がわくわ」
何気ないのだろうひとことに、隠し事がバレた子供のようにどきりと心臓がはねた。
「いる?」
「え?」
唐突な質問にサクラが首をかしげた。
「花の咲いてる枝、持って帰る?」
「いいの?」
「サクラちゃんがよろこんでくれるなら」
幸せに、笑っていてくれるなら、我慢も花も、いくらだって。

剪定用の鋏は、ぱちん、と小気味良い音を立てて枝を切り落とした。

「じゃあ、またね」
肩越しに覗くハナミズキは、彼女の髪の色よりも紅をひと匙余計に注いだようで、妙に毒々しく見え、やっぱりそれが、桜の花とは違うものだということを実感してしまった。振っていた手が失速し、重力に従って降りる最中、無意識に出たのであろうため息は、サイの耳に届いていた。
「ナルト」
「……やっぱきれいだなあ」
わかるよ、とサイは何事もないように答えた。いつのまにか、あたりは墨を溶かしたように、薄暗くなっていた。

「ビールある? 一杯やろう」

ほろ苦さは喉に流した。
大人のふりをして。

ハナミズキ
2018/2/1
花言葉:永続性/気持ちを受け取って





いろいろとif。大戦後+x年/サクラちゃん失踪のふんわり設定

綺麗なひと、と彼女は言った。こんな綺麗な男のひと、見たことない、と。
サスケの顔はぐしゃりと歪んだ。
思わず名前を呼んでも瞳が揺れることはない。他人事のように彼女の反応は薄かった。
「何をしてる人?」
すぐに足を引っ掛けてしまいそうな動きにくい服を着た彼女は、片手間に洗濯物を畳みながらサスケに尋ねた。そんな格好じゃ、いざという時に足を取られるだろう。そう言ったところで、今の彼女は不思議そうな顔をするのだろう。いざという時って何、と。
「忍だ」
サスケが隠し立てなく答えると、彼女は可笑しそうに笑って、聡明そうな瞳でサスケを見上げた。変わってしまったものの中に変わらないものを見つけて胸が軋む。
「嘘ね。だって本当の忍なら正体を明かすはずがないもの」
「お前相手に、隠す必要がない」
急に現れた男が何を言うのかと、要領を得ない様子で、彼女はサスケをちらりと見上げた。しかしそれ以上そのことを掘り下げるつもりはないらしい。サスケの表情を伺っただけで、自分の作業に戻ってしまう。サスケは置いてけぼりになった子どものような心地で、白いシャツを丁寧にたたむ慣れた手つきを眺めていた。なぜこちらを見ない。興味すら、持ってもらえないのか。
放っておけばサスケがじきに立ち去ると思っていたらしい。しかしサスケの方にその気はなかった。彼女が俯くたびに揺れる髪も、白く痩せた頬も、取りこぼさぬように渇いた目に焼き付ける。些細なものに月日の経過を感じて、その時間の彼女を想う。そうしてしばらくしても、何かを語るわけでもなく立ち尽くしているサスケにいい加減呆れたらしい。少し困った顔で彼女は口を開いた。
「黙って見られても心地悪いんだけど……。うちに何か用?」
「……いや」
「じゃあ忍の方、ここに何しにきたの」
彼女は畳終えた衣服を纏めて膝の上に乗せた。太陽の光をたっぷり浴びた柔らかい匂いが香る。よその家の匂いだ。サスケの記憶にある彼女の匂いとも違っている。そのことにサスケは肺を押しつぶされたように苦しくなる。その肌に、誰かが触れた可能性は、無理やり思考を愚鈍にさせて考えないようにしていた。
「お前に会いに」
「何それ、新手の詐欺か泥棒かしら」
「どう思って貰っても構わない」
「ふうん」
するり、するりと躱すような態度が憎らしい。花びらを掴もうとするような心地だった。ほかの男にはいつもこんな態度を取っていたのだろうか。虚しさが胸を占めた。今の彼女の目にサスケは特別ではない、その他大勢の一人として映っているのだ。
記憶がなくても、と心の隅で思っていた。現実はこんなものだ。そのことがこんなにもサスケの足を竦ませるとは知らなかった。
「ねえ貴方、毒のある花みたいね。綺麗だと思って手に取ったら、殺されてしまいそう」
「なら」
サスケはゆっくりと縁側に乗り上げ、僅かな距離だけを残して彼女ににじり寄った。
「何……」
突然のことに女はうろたえて後ずさる。長い裾を膝で踏みつければ簡単に身動きを封じることが出来た。呆気なく倒れ込んだところに乗り上げて、女の白い喉を指の背で撫でた。久しく触れた体温に、心が震えた。
「なら、試してみるか」
毒か麻薬か。冷静で余裕を装った言葉は、自分の鼓膜を通すと縋るような響きに聞こえた。これでは、必死のようじゃないか。
「冗談……」
床に散らばった桜色の髪、上擦った声と少し強張った身体。サスケのことなど忘れてしまった身体だ。裸足の踵が、床を滑る。悲しみと怒りがサスケの頭を冷たく沸騰させる。それなのに、彼女が今自分の腕の中にいることに、馬鹿のように安心を覚えている自分もいた。彼女の首元に鼻を擦りつける。そこまで近づいて、ようやくサスケの知る肌の匂いがした。過去のある日の朝のことをふいに思い出した。
どうにも出来ないとわかっている。それでも彼女がまだ自分のものだと錯覚したかった。どうしても取り戻したかった。
「逃げないでくれ、頼むから」
絡め取った指先は小刻みに震えていた。ひとつひとつの反応が、サスケを拒んでいる。
「……俺を、忘れないでくれ」
彼女の胸に顔を埋めた。情けなくも目頭に熱が溢れた。
驚くほど、時が経ってしまった。それでもサスケはまだ、サクラに恋をしていた。

ひょうはく
2019/10/26





※the Last+x年後のサクラちゃんの話 いろいろ注意。

あの子が火影になった。
長いこと、耳にタコが出来るほどに聞かせられた夢を叶えた。いつしかその夢は私の夢にもなっていた。

駆け抜ける一瞬の突風のような青春を、私たちは隣で過ごした。ナルトが火影の外套を大きくなった身に纏い、誇らしげに里を見渡すのを見て、目頭に涙が滲んだ。誇らしかった。嬉しかった。それと同時に、あいつを一番に誇りに思い、褒め労うのが私ではない、私に求められていないのだということを突きつけられて、胸がうっすらと冷えるのを感じた。

昔なら。そう仮定することはひどく滑稽に思えた。そんなことを考えて、私は何がしたいというのだろう。
ナルトを選ばなかったことを後悔しているわけではない。そんな安っぽい感情で生きては来なかった。そんなことで後悔出来るのなら、私はもっと普通の女の子として、うまく生きることが出来たはずだった。思い焦がれたあの人がいる限り、私が囚われるのは黒と紫の瞳だけだ。それは間違いなかった。

だから、これはひどく我儘で醜い感情なのだった。すべて、かつては私の手のそばにあったものだったのに。少女の私が呟く。みな、指の隙間から滑り落ちるように遠くに行ってしまう。誰かのものになってしまった。大事なものを作って、大人になった皆の背ばかりが見える。寄り添う背が私から遠のいていく。
自分はサスケくん以外の手を取るつもりはなかったのに、そしてサスケくんのものになったのに、私から離れていくのはやめて欲しいだなんて、最低。

最低なのに、寂しさは濁りきった憂いを増長させる。ふとした瞬間に、満ちて溢れる。

まだ幼い娘と私は、ふたりぼっちで寂しさを抱えている。寂しくないと言い聞かせ、お互いにその所在を悟らせまいと隠すこと。それ自体が新たな寂しさを生み出すというのに、その存在を認識しながらも、見ないふりをしていた。いつ帰ってくるとも、どこにいるとも、生きているともわからない。愛する人の不在はいつしか日常になった。それでも生きることが出来てしまう。慣れていくことが恐ろしい。けれど慣れなければ気がおかしくなりそうだった。生活の中からあの人の存在が揮発していくような感覚に怯えている。液体の中の不純物がゆっくりと時間をかけて底に堆積していくように、孤独が降り積もっていく。

手を繋ぐ娘が、遠くに見える親子3人を見つめているのを私はどうすればいいのかわからずに立ち止まることしかできなかった。茜色の夕陽に照らされて、こちらに欠けたものを思い知らすように、3人の黒い影が私たちの足元まで延び、届く。ふたりきりで生きる術を身につけてしまった私たちは黙って、何事もなかつたかのように広い家に帰る。愛しい娘を抱きしめると、やわらかな黒髪が頬をくすぐった。


大人になるということは、こんなに寂しいものなのだろうか。

鳥はやがて飛び立っていく。
そうして私の手には何が残ったのだろう。

冬木
2018/2/7





`サスサクでナルサクで7班。

 私にとってのヒーローは、ずっとナルトだったよ。
 ぽつりとサクラが零したひと言に、ナルトは両目を瞬かせた。丸い月の出た、穏やかな夜のことだった。
 「サスケじゃなくて?」
 「うん」
 少しの迷いもなく返って来た肯定は、ナルトの知っている答えとは異なっていて、どう受け止めればいいのかわからないものだった。
 「サスケくんは、私にとっての全てだった。世界そのものだったの」
 知っていた。いつだってサクラちゃんの視線の先にはあいつがいて、そんなサクラちゃんのことが好きだったのだから。
 「その世界を守ってくれようとしたのは、いつだってあんただったわ。だから」
 嬉しい。それなのに胸が引き絞られるように苦しい。喜んでいいのか、泣いたらいいのか、わからなかった。自分の望んだことなのに。
 「私はサスケくんのことを守りたかった。強いように見えて、本当は繊細で脆いサスケくんが愛しかった。苦しいことや辛いことを跳ね除けて、幸せにしたかった。勿論、今も、そう思ってる」
 想いを確かめるように言葉を紡ぐサクラの横顔は、昔から変わらない恋する少女のようでいて、憂いを帯びた大人の女のようでもあった。彼女の中に存在する、相反する二面性は、見ているものの感情も揺らがす。折り合いをつけたはずの感情がふわりと蘇る。ずるい言葉とわかりながらも、ナルトは口を開いた。
 「じゃあ、もしも俺もそうやって、守りたいってサクラちゃんに思わせてたらさ」
 全てを言わなかったのは、情けないほど自信がなかったからだ。それに全てを言わなくても、ずっと隣にいたサクラには伝わると知っていた。案の定、サクラはナルトの言いかけを、困った笑みで受け止めた。
 「……あんたは守らせてくれないじゃない」
 それこそずるい言葉だった。もっときっぱりと、取りつく島もない否定が欲しかった。ひとりで立てるからと言って、自分にだって。欲しいのかどうかは、いつからかわからなくなってしまったけれど。羨ましいと思う気持ちは、幼い頃からずっと、変わっていない。
 
 「ありがとう、私の世界を守ってくれて」 
 
 大好きよ、と軽やかに笑ってサクラは部屋を後にした。冷たい革張のソファに、沈み込む。熱が、奪われていく。それが自分の欲している意味のものではないとわかっていたけれど、もう十分だと思った。勝てっこない。負け戦だと知っていながらも土表に憧れてしまったところから、わかっていたことだった。ヒーローは孤独なものと、相場が決まっているのかもしれなかった。

  「だってよ、サスケ」
 サクラの気配の消えた火影室に、窓から見知った人間が滑り込んでくる。サスケが聞いているのは、ずっとチャクラでわかっていた。
 「……妬けるな」
 「それはこっちの台詞だってばよ」
 サスケは、不満と諦めと情けなさの入り混じったような顔をしていた。そして多分、自分も同じような顔を晒しているのだろうと思った。
  互いに、ないものねだりをしている。いっそのこと、ひとつ残らずサスケに明け渡してくれればいいものを、と恨めしく思う自分は贅沢だったし、全てを欲するサスケは欲張りだった。
 とびっきり可愛くて、やさしくて、ずるい女の子。そして、そんなところが好きだった。多分、これからもずっと。
 

僕たちの
2018/9/18



  
 return

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