楽園に君がいてもいなくても


楽園にあなたがいてもいなくても、どうせ私は届かないあなたを心に棲まわせたまま彷徨い続けるのだろうし、あなたの楽園に私がいてもいなくても、あなたは何も変わらないのでしょうね。だってあなたの隣には、私が指の一本も触れられないような途方もない昔から続く因縁の糸で繋がった、苦しみや痛みを分け合うことのできる、友だちがいるんだもの。友だち、なんてスナック菓子のように軽い響きのくせに、あなたたちの発するその言葉に私は勝てない。
わかっているからつい悔しくて、隣で寝ているその人の、黒い髪から覗く白い首元に歯を立ててみた。ぬるいベッドは二人の生の体温が混ざっていて、ところどころ冷たくて、日付を渡るころに起こったどうしようもない攻防を思い出してしまうから、月も隠れた夜半の沈み込んだ心には大変よろしくなかった。気道をつぶしているのは自分の方なのに、苦しくて息ができなくなる。

「いてぇよ」

起こしてしまったらしい、喉仏の主は不満げに呻いて、寝返りを打つとシーツと胸の筋肉の間に私を挟み込んだ。
飼い犬に首を噛まれた気持ちはどうですか。犬のほうには、飼い主の首を噛みちぎる、勇気も覚悟もなかったけれど。未遂でも牙を立てて、心臓ごともらって一緒に行こうと思ったこともあったんだよ。

その揺るぎない喉の皮膚に歯型のひとつでも跡が残ればいいのになと願って、けれども少しトラウマがあるから、さっと背骨が冷えて、やっぱりそんなもの全然特別じゃないと自分に言い聞かす。ちがうちがう、別のものにしよう、代わりはなにがいいかなと、瞼に触れたくちびるを甘受しながら、暗闇の中考えを巡らす。

腕を回して背中に爪跡を残す?
髪をすいている指の一本をもらう?
何をしたって二番煎じばかりだ。
それも、マイナーチェンジの。やっぱり勝てない。

たとえあと一本の腕がなくなったって私はあなたを愛せるし、二本の腕の分まで甲斐甲斐しくお世話をするけれど、そんなもの、私、本当は全然欲しくない。従順な飼い犬が望めることは、しっぽを振って体温を分けるために寄り添うことくらいなのだ。可愛がってもらえる限り、そして求めてもらえる限りにおいて。

それなのにファーストもしくはベスト、ちらりとも1番が欲しいと思ってしまった、そのことが敗因だった。そんなのってもう、心か命くらいしか、残っていないでしょう。心は目には見えないし(だから残念なことに私のぶんのそれが残っているのかどうかもわからないし、きっと残っていたとしてもベストでもファーストでもないのだ)、命なんてもらう大義も願望もないし。これはもう、八方塞がり。

例え楽園でも、私はずっとこうやって得られないものを妬んで、視線を送るだけなのだろう。気の向いた時におこぼれに預かれれば幸せ。そういうもの。

悲しいかな、それが私という人間のあり方なのよ。


title by 約30の嘘
「いつかの少女」
"楽園に君がいてもいなくても"


2017/09/28


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -