神の代償
「わしの負けじゃ。ウラノスよ。そうじゃ。こやつらを、元の世界に戻してやることは、できないのか?」
「それは……」
ウラノスは、途中で黙ってしまいました。ウラノスも、リコルとカナルを元の世界に戻してあげたい気持ちはありました。自分たちの行いで、本来あるべきだった彼らの未来を奪ってしまったのだから。きっと、自分たちはもう、神として存在することを許されることはないだろうと思いました。
「できますよ」
そう答えたのは、意外な者でした。わたぐもです。そして、雲の姿だった彼(?)は、驚くべきことに、人間の姿へと変身したのです。
「クムラス……?」
ウラノスは、思わず、わたぐもの真の名を呼び、問いかけました。
「すみません。ボクがこの姿になることは、もうないと思っていましたけど、神の存在であるボクたちが、神をやめればいいんです。そして、その力を使って、リコルさまとカナルさまを元の世界へと帰してあげればよいのです。ですが、その代償として、ボクたちは、神という存在ではなくなります。本当の意味で、死にます。死んでしまったあと、どうなってしまうのか、ボクにもわかりませんが」
「構わん。わしたちは、それだけのことをしたのじゃから」
「……それしか、ないか」
クムラスの提案に、マソとウラノスは了承しました。しかし、その様子をリコルとカナルは黙って見ていることは、できませんでした。
「ちょっと待ってよ。ぼくたちの意見は聞かないの?」
「そうだ。勝手に話を進めるな」
リコルとカナルは、納得していないようです。
「すみません、リコルさま、カナルさま。これはボクの責任なのです。ボクがひとり、雲の上で過ごしていたとき、ひとりぼっちで寂しかったのです。だから、人間たちに空からの贈りものと称し、手紙を送った者に神とする権利を与え、家族を増やそうとしました。そして、ボクは、空の神様として、ウラノスさまを選びました」
しかし、つくられた空の神様、ウラノスもまた、孤独でした。
「そうして、私たちは、善良な人間たちを空の世界に招き、大切な家族となる人間を探そうとしたんだ」
クムラスとウラノスは、自分たちの行いは、決して許されることではないとわかっていました。それでも、空から見下ろす人間たちが、羨ましかったのです。
「ぼくは例え、クムラスとウラノスがぼくのことを騙していたとしても、クムラスとウラノスと過ごした日々は、本当に楽しかったよ。本当の家族だとも思ってる。生前の記憶は、ちょっぴり思い出してしまったけれど。今のぼくは、リコル・レピュだから。生前の頃に戻りたいとも、戻してほしいとも思わないよ」
リコルは、空の世界で過ごした日々を思い出しながら、話し始めました。
「だから、ぼくは、空の世界に住むリコル・レピュとして、まだまだ、きみたちといっしょに過ごしていたいんだ。ぼくたちは、家族……。そう、家族なんだよ! 家族なんだから、もう、これ以上、ぼくを裏切らないでよ……」
リコルはだんだん悲しくなり、目からは大粒の涙がこぼれました。クムラスとウラノスは、まさか自分たちのことをここまで大切に想っている人がいるとは思わず、驚きを隠せませんでした。
「さて、カナル。お主はいいのかの? この娘を、元いた世界に引きづり戻してやるのではなかったのか」
次は、お前の番だ、とでも言うように、マソはカナルに問いかけました。
「それはもちろん、元の世界にこいつを戻してやりたいとは思う。けどな、どうやらおれも、この世界での生活が気に入ってしまったらしい。おれも、莉子が消えて、ひとりになった。そんなとき、マソ。おまえがおれの道しるべとなってくれたんだ。海の世界はもう、おれにとっての大事な故郷になったんだ。カナル・アーブルとして、もっと生きていたい」
カナルの言葉を聞いたマソは、なんてバカな男なのだろう、と思いました。今までずっと騙し続けてきたというのに。その中で、築いてきた絆が、確かにここに存在していました。
「カナルよ。お主は、なんて大バカ者じゃ」
マソは、言葉とは裏腹に、目をうるうるとさせ、そっぽを向いてしまいました。
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