CIEL MAIL

世界の理


 ウラノスとマソが、幸福か不幸か、どちらが勝るかという勝負をすることになった様子を見ていたクルスは、2人の神を憐れに思いました。善良な人間が神の都合によって、理不尽にも殺されてしまうのです。そして、空の世界なのか海の世界なのかは知りませんが、地上の人間たちの魂を冥界へと運ぶことしか、クルスにはできませんでした。
「ここはどこ? ぼく、早くお家に帰らないといけないの」
魂の存在だけとなった莉子は言いました。
「ここは冥界。君は空の神様に空の世界へと招かれた。それはすなわち、何を示すことになるか、わかるかい?」
莉子の魂は、首を横に振るかのように、左右に動きました。
「君はね。死んだんだよ。いや、空の神様の都合によって殺されたんだ。そして、再び君の魂は輪廻の如く転生する。空の世界に住む、リコル・レピュとして。君は一生、終わることのない生を生き続けることになるだろう。僕と同じように、この世のものではない存在となるのだからね」

***

リコルは、とある墓場に向かいました。そして、死神の少年、クルスに再会しました。
「なぜ、空の世界には幸福な手紙ばかり送られてきて、海の世界には不幸の手紙ばかりが送られてくるのか。君はその原因を知っているかい?」
クルスは、リコルに問いかけました。
「たまたまじゃないの?」
そう答えるリコルに対し、クルスは、首を横にふりました。
「いいや、偶然なんかじゃないよ。理由は単純。空の世界には、元々、愛し愛される善良な人間しかいない“天国”だから。海の世界は、一度でも罪を犯した人間が逝く、“地獄”だから」
人々は、一度でも罪を犯したものに対し、容赦はしませんでした。
「そして、僕がいる死の世界にはね。人を殺めてしまった者が逝くとされ、現世への転生は不可とされた“大地獄”なんだ」
クルスは、人を殺したことがあると知ったリコルは、彼のことが怖くなりました。
「僕が怖いかい? でも、僕はそのときの記憶がないんだ。だから、僕は、生前、自分が何をしてしまったのか、知りたい。そのためにも、僕は死神として生き続けることを決めたんだ。」
 クルスの話によると、地上の者が死ぬと、一時的に「空の世界」、「海の世界」、「死の世界」のいずれかの世界に、その死者の魂が導かれるそうです。それは、地上での日頃の行いによるそうです。リコルはふと、疑問に思いました。
「どうして、クルスは現世に戻ることができないの?」
「それは、僕のことを大事に想う者がいないからだよ」
うーん、と、リコルは頭を悩ませました。
「もう少し説明したほうがいいかな。もし、死者のことを大事に想う者が地上の世界に残っていて、生者が死者に、すなわち地上から空へ手紙を送ったとします。その内容は、きっと愛にあふれた手紙だろうね。そんなやりとりを続けていくと、神様は見つけてくれるんだ」
「何を?」
「また、地上に戻してあげたいと想う、魂を、ね。こんなに地上から大事に想われている魂ならば、地上に返してあげようと、神様は地上の世界へと転生させてくれるんだ。でも、僕には、そんな人はいなかった。送られてくる手紙は、どれもひどいものばかりだった。だから、僕たち死の世界に住む者は、手紙を受け取っても、そもそも読もうともしない。地上の世界に戻りたいとも思わないんだ。だけど、君は違う」
クルスは、急に真剣な顔になり、リコルのことを見つめました。
「君には、本来、君を大事に想う人々が地上の世界にたくさんいたんだ。でも、その記憶を空の神様、ウラノスは消したんだ。君を元々、地上の世界にはいなかった存在にした。全ては、家族といつわり、自分の空の世界に君を閉じこめたかったから」
リコルは、クルスの話をただ呆然と聞いていました。たとえ、リコルに対して大事に想う人々がたくさんいたとしても、リコルは思い出すことができません。ウラノスのしたことは、きっと許されることではないのでしょう。でも、リコルは、ウラノスのことを攻めることはできませんでした。今のリコルにとって、ウラノスは家族同然の存在であり、大事に想う存在だったのですから。
「きっとウラノスは、空の世界でひとりぼっちで寂しかったんじゃないのかな」
リコルは困ったような笑顔を浮かべながら、クルスに話しました。
「それが君の出した、答えなんだね。それなら僕に、もう出番はないな」
そう言い残して、クルスは闇の中へ消えていきました。

***

 クルスは、死の世界にいました。そこには、死の世界の神様である、タナトスがいました。
「空の世界と海の世界で、また争いが起こっているようだ。クルス。あの件は、どうなっている?」
タナトスは、苛立っていました。ウラノスとマソの勝負に巻き込まれ、“不幸の手紙”と称し、手紙の書き換えを行う、何も知らない、元地上の人間、天海樹。彼は今、海の神様と共にカナル・アーブルとして、嘘の手紙を書き続けている。彼らの存在により、本来、地上の世界へ転生するはずだった死者の魂までもが、その“不幸の手紙”により、転生することができないでいました。輪廻は、崩壊寸前でした。クルスは、手紙を送り合うことをやめるように呼びかけ、勝負が落ち着くまで、様子を見ようと思っていました。ですが、リコルは、ウラノスにクルスが呼びかけていたときの人々の記憶を消してほしいと言ってしまった。そして、手紙は送られてしまい、カナルは再び不幸の手紙の書き換えを行ったのです。
「申し訳ありません」
クルスは、タナトスに対し、そう答えることしかできませんでした。


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