CIEL MAIL

万年筆が紡ぐ嘘


 リコルは、カナルと行動を共にすることになりました。カナルは、空宛に届けられた郵便ポストの中を確認しました。その中から何通かの手紙を手に取り、中を確認。そして、万年筆を手に取り、あっという間に手紙を書き換えてしまったのです。リコルはその様子をただ見ていることしかできませんでしたが、黙っていられず、こんな提案をします。
「そんな素敵な万年筆を持っているのだから。嘘を書くなら、もっとみんなが楽しくなるような嘘を書こうよ」
「は?」
 カナルは、リコルに何をわけの分からんこと言っているのだと、睨みつけました。そんなカナルに怯むことなく、リコルは話を続けます。
「物語を書くんだよ」
 カナルはなんだ、そんなことか、くだらない、と手紙の書き換えを行い続けます。
「くだらなくなんか、ないよ。ぼく、きみが書いてみた物語を読んでみたいよ。ねえ、だめかな」
 シュンとするリコルの様子に、カナルは半ば呆れ気味に話を聞いていました。
「どうして、目の前にいる敵に対してお前はそんなに友好的な関係をとろうとするんだ?」
「うーん。確かに今は敵なのかもしれないけれど、別にどうでもいいというか」
「どうでもいい?」
 カナルは信じられないものを見るかのように目を見張りました。
「だって、きみはぼくの大事な前世でのお友達だったんでしょう? ならぼくは、きみとまたお友達になりたい。仲良くなりたいんだ。本当に、ただそれだけなんだ。悪意なんて、どこにもないよ」
「悪意がないのが一番タチが悪いってこと、お前には理解できないんだろうな」
 カナルはボソッと呟きました。
「何か言った?」
「なんでもない」
 それで、話はいったん終わったのかと思われました。

 カナルに案内されると、たどり着いたのは、海の世界にあるひとつの小部屋でした。
「ここが、おれの部屋だ。しばらく、お前を軟禁することになるからな。この水槽の牢屋にでも入っておけ」
 ガチャン、と。リコルは水槽の牢屋へと閉じ込められてしまいました。
「お前は、いわばおとりだ。空の神を寄せ付けるためのな。そこで大人しくしているんだな」
 リコルは、手足の自由を奪われてしまい、カナルの言葉に頷くことしかできませんでした。ウラノスには迷惑をかけたくはなかったからです。そして、もう夜中だったのでリコルは疲れ、眠ってしまいました。

 それにしても、とカナルは自分の手に持っていた万年筆を見つめます。リコルの突発的に思いついた提案にカナルは少し興味を持ってしまったのです。
「別にあいつの提案に乗るわけじゃない。おれはおれの意志で、ただ試しにやってみたいからやってみる。それだけだ」
 と、誰に聞かせるでもない独り言を呟きました。そして信じられないことがおこったのです。カナルは、一晩で、物語をひとつ完成させてしまったのです。話の長さはともかく、気付くと自分の思考が万年筆へと伝わり、手が勝手に動いていき、あっという間に真っ白だった紙に、文字が綴られていくのです。それを体験してしまったカナルは、背筋が凍るような思いで自分の書き上げた物語を、ただ呆然と読み返していました。

 朝になり。リコルが目を覚ますと、入れ替わりのように今度はカナルが書き疲れたのか、眠っていました。カナルの手にはペンが今も握られ、そばにはたくさんの原稿用紙が散らばっていました。
「物語、書いてくれたんだね」
 リコルは、寝ているカナルに、お疲れ様と、ありがとうの言葉を伝えました。すると、カナルは寝ぼけているのか、リコルに向かって寝言を言います。
「……そうだよ。おれは、お前のために書いたんだ。なのに、どうして……。お前は消えてしまったんだ。頼むから、もう、おれの前からいなくならないでくれ……」
 カナルのその悲痛の言葉をリコルには理解することができませんでした。

 ようやく、目を覚ましたカナルは、我に帰り、自分のした行動を後悔しました。
「ねえ、いいじゃん。ぼくにも見せてよ」
「だめだ。お前のために書いたわけじゃないからな」
 嘘つき、とリコルは呟きますが、カナルの耳には届いていませんでした。
「こんなおれにも、やりたいことができた」
 そこでふと、自分はどうして、神になりたいと思っていたのか、その想いだけに囚われていたのか、全てがどうでもよくなってしまいました。カナルの頭の中には、いまも空想の世界が広がっており、物語をもっと、もっとこの万年筆で紡いでいきたい。そして、みんなが楽しいと思える嘘を書くのだと、そういう想いが募っていくのでした。


戻る

- ナノ -