残された選択肢
リコルが目を覚ますと、そこは、深い、深い、海の底でした。
「目が覚めたか。雲居の玉梓、リコル・レピュ」
目の前には、カナルがいました。
「さあ、覚悟は決まったかの」
その後ろにいたマソが、こちらに向かいながら、言いました。リコルは、マソの言う覚悟が何の覚悟なのか分からず、キョロキョロとあたりを見渡しました。
「何をぼけーっとしておる。おぬしのことを言っておるのだぞ。おぬしには、二つの選択肢が与えられていると、カナルから話を聞いていたのではないのか」
マソの言葉を聞いたリコルは、自分がここにいる経緯を思い出しました。
リコルは、不幸の手紙を送り続けているという、海峡の玉梓と海の神様を探しに海までやってきたのです。そこで、夢で会った少年に会い、空からの贈りものについて話しました。すると、彼はリコルが雲居の玉梓であることを見破り、自分が海峡の玉梓であることを明かしました。そして、自らの魂ごと存在を消し去るか、不幸の手紙を配ることに協力するのか、リコルは二つの選択肢を迫られたのです。
「不幸の手紙を送るなんて、協力できない。ぼくは、手紙を配った人たちに幸福を届ける、雲居の玉梓だから」
リコルの決意は固く、揺らぎらないものでした。その態度を見たマソは、リコルのことが気に入りませんでした。
「無礼者め。口を慎め。おぬしのことなんか、今すぐこの場から消し去ることもできるのだぞ」
マソは、和傘をリコルのほうへ突き出し、脅しました。それでも、リコルは、怯みません。
「消せるものなら、消したらいいよ。それで、きみの気がすむのならね」
「この……!」
リコルがマソを挑発すると、マソは怒りをあらわにし、持っていた和傘を武器に、リコルの喉元に近付けようとしました。
「マソ、その和傘を降ろすんだ」
どこからともなく、聞こえる声。マソが振り向くと、そこにはウラノスが立っていました。マソは和傘を下ろし、ウラノスのほうに視線を合わせました。
「ウラノス、ちと遅かったの。その娘は、今、決断したのじゃ。魂ごと自分の存在を消し去るということを」
「そんなこと、私が許さない」
ウラノスは、リコルを助けようと、リコルたちに近づこうとしました。ですが、そんなウラノスの前に、カナルが立ちはだかりました。
「おっと、そこを動くなよ、空の神」
「私は、君を傷つけるつもりはない。そこを退いてくれないか」
ウラノスは、戦意がないことを、身振り手振りで伝えますが、カナルはそれでも、動こうとはしませんでした。
「悪いが、その願いは、海の神が許されないので聞き入れることができないぜ」
「君は、騙されている」
ウラノスからの、突然の言葉に、カナルは、何を言っているんだ、と鼻で笑いますが、ウラノスは、至って真剣でした。その表情が、あまりにも真剣だったので、カナルは、しばらく動くことができませんでした。
「何をしておる。カナルよ。ささっとウラノスを追い出すのじゃ」
その言葉にハッとしたカナルは、ウラノスに言います。
「この娘の命が欲しければ、いいかげん、負けを認め、海の神と共に不幸の国を作れ。それを認めるまで、おれはお前に攻撃をし続ける。お前が何かしようとしたら、この娘の命はないと思え」
それを聞いたウラノスは、海の神は、ここまで堕ちたのか、と思いました。
カナルは海の魚たちを操り、ウラノスに攻撃し始めました。ウラノスは、リコルが人質にとられていることもあり、反撃することさえままなりませんでした。傷ついていくウラノスをリコルは、ただただ眺めていることしかできませんでした。それは、あまりにも苦しい時間でした。
「もうやめて。ぼくが、きみたちの協力者になる。だから、ぼくの大事な家族を、これ以上、傷つけないで。お願いだから」
リコルは、たまらず、涙目になりながらも声を絞り出して言いました。その言葉を聞いたマソは、ニヤリと、笑みを浮かべました。
「聞いたか。ウラノスよ。おぬしの大事な雲居の玉梓は、今日から敵になるのじゃ。だから、おぬしも……」
こちらの勝ちは、明白じゃ、とマソは言いました。 しかし、ウラノスの言葉は、マソの期待を裏切るものでした。
「断る。マソ、君はいつから、そんな卑怯者になった?」
「そうか。ならば、おぬしにはもう、用はない。だが、おぬしは必ずわしたちの前に訪れる。この娘を助けに。そのときに、絶望する、おぬしの顔を、わしは楽しみにしておるぞ」
マソはそうウラノスに言うと、リコルとカナルを連れて、この場から消えていなくなってしまいました。
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