CIEL MAIL

夢で見た少年


「海を見るのは、初めて?」



と、どこからか知らない、でもどこかで聞いたことがあるような声が聞こえてきました。リコルが振り返って見てみると、夢で見た少年とよく似た男の子が、崖の上からリコルを眺めていました。
 リコルが、そうだよ、と頷くと、少年は憂いを帯びた目で、静かに微笑みました。知らない人のはずなのに、どこか懐かしさをリコルは感じました。
「きみと、どこかであった気がする。そう、この前、夢できみが出てきたの」
「夢で?」
 リコルが、疑問を少年に問いかけると、少年は、不思議そうな顔で、リコルに言いました。
「ごめん、悪いけど、きみと会ったのは、これが初めてだ。よかったら、そのときのこと、聞かせてくれないか?」
「きみは、ぼくの大切なクラスメイトの友達だったんだ」
突然、見知らぬ少女にそう言われた少年は目を丸くしました。
「だから、きみはぼくのクラスメイトだったんだってば!」
「うるさい! 聞こえているし一度聞けばわかる! だいたい、お前は、いつも……」
そう口にした少年自身が自分の無意識に吐いた言葉に驚きを隠せませんでした。
「ほら、最後にあの手紙をきみに見せたじゃない」
「手紙というのは?」
「空からの贈りもの、というの。空の神様から送られてくるもので、空に招待してくれるんだって。……って、こんなこと、きみに話したところで、信じてもらえるわけないよね」
 リコルがそう言うと、少年は、なぜかクツクツと、笑い出しました。どうしたものかと、リコルが少年に尋ねようとするとーー。
「ようやく見つけた。聞き込み調査なんて、要領が悪いことは好きじゃないが、世界は思っていたより狭いんだな」
 少年が、急にひとりごとを喋り始めたので、リコルは少し困惑してしまいました。
「悪い。まさか、今日、1日で見つけられるとは、思わなかったものでな。雲居の玉梓の、リコル・レピュを」
「どうして、ぼくの名前を知っているの?」
「申し遅れたな。おれは、海峡の玉梓の、カナル・アーブル。お前と同じように、神に仕える、元人間であり、死者と生者の手紙を配達している、玉梓だ」
 カナル、と名乗った少年は、どこか嘲笑うような瞳で、リコルを見つめていました。
「今日からしばらく、お前は海の世界に軟禁させてもらう。お前には、2つの選択肢が用意されている。自らの魂ごと海の神に存在を消し去ってもらうか。もしくはーー、空の神ではなく、海の神に仕え、おれと同じように、海峡の玉梓として、不幸の手紙を配り続けるのか」
 協力者になるというのなら、命は見逃してやる。けれども、抵抗すると言うのなら、容赦はしない。簡単に言うと、そういうことでした。
「どうして、不幸の手紙を配達しているの? ぼくには、それがわからない。もしかして、手紙を書き換えていたのも、カナル。きみだと言うの?」
「そうだよ。おれだ。すべては、海の神のご意志。この世界が不幸で満ちるために。人々を滅ぼすために。そして新たな、不幸の国を作るために。おれが、神になるために」
 カナルが言うと、海の方から、歩いてくる人影がありました。水面上から、平然と歩いてくるその様は、普通の人間のものでは、ありませんでした。
「ご苦労であった。カナル。思っていたより早かったのう。空の神に気付かれる前に、とっととその娘を海の世界によこさんかい」
 大きな和傘を持つ、和装の青髪の女性。海の神様、マソ。顔は幼いが、その堂々たる態度は、気高く、貴賓に溢れる、人離れした雰囲気がありました。
「さて、リコルと言ったか。黙ってついて来い、と言いたいところじゃが、大人しくついてくる敵なんておらんじゃろう。お前にはしばし眠ってもらわないとじゃ。わしの目を見ろ」
 マソがそう言うと、さっきまで、黙って何も動けないままでいた、わたぐもが身を乗り出しました。
「! リコルさま、ダメです! 彼女の目を見ては……」
 わたぐもはそう言いますが、リコルは思わず、マソの目を見てしまいました。すると、リコルは気を失ってしまい、その場を倒れ込んでしまい、カナルがそっと、それを支えました。
「この、変なしゃべる雲は、どうしましょう」
 カナルは、わたぐもを指差して、マソに言いました。
「ウラノスの使いか、何かじゃろう。何も力も持たん雲じゃ。構わん。放っておけ」
 マソがそう言うと、カナルとともに、海の深くまで、潜り込んで消えてしまいました。わたぐもは、なすすべもなく、それを黙ってみることしかできませんでした。
(リコルさま……。何もできず、申し訳ありません。ウラノスさまを呼んできますから、しばらくの間、辛抱していてください)
 わたぐもは、ウラノスを呼んでくるまで、リコルが無事でいることを祈りながら、空の世界へ急いで帰って行きました。

2021.12.29 一部内容を修正




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