CIEL MAIL
▽ 夕闇に照らされた海岸 [10/20]
 地上と近しい位置に存在していた場所、海。夜、夕闇に照らされた海岸には2人の小さな人影が存在していました。
 和傘を持つ、和装の独特な雰囲気の青髪の女性は、もう1人の影と何か、大事な話をしていました。
「カナルよ。今日も手紙を書き換えてくるのじゃ」
 カナルと呼ばれた、青緑色の水平帽を被った少年は、言いました。
「また、手紙の書き換えですか。いつまでこういったことを続けるおつもりですか」
 それを聞いた女性は、怪訝そうな顔になりました。
「人間だった分際がわしに楯突こうとするか? おぬしと交わした契約を忘れたか。海峡の玉梓、カナル・アーヴルよ」
 しばしの沈黙の後、カナルは女性に向き合い、堂々と言い放ちました。
「いいや、忘れてなどいない。おれは、神になる。そのためには、人々に絶望を与えないといけないんだ」
「そう、それでいいのじゃ。おぬしは自分の仕事にまっとうするのじゃ。さすれば、わしはおぬしに神の力を分け与えてやると、そう約束したのじゃからな」
 青髪の女性は、話終えると、急に無言になり、考え事をしていました。ただただ、青空に反する位置にある、海を眺めて。
 それに気付いたカナルは、青髪の女性に、再び別の問いかけを投げかけました。
「いったいあなたは、何に悩んでおられるのですか」
 しばらくぼーっと海の一点のみを眺めていた青髪の女性は、カナルからの視線に気付き、カナルのほうに目線を変えました。
「お前は、もう1人の”玉梓”を知っているかの」
「もう1人の”玉梓”ですか。生憎、存じ上げませんね。おれの他に、”海峡の玉梓”が存在するのですか」
 カナルからの問いかけに、女性は答えました。
「そうではない。”海峡の玉梓”はおぬしだけだ。それとは別に、”雲居の玉梓”というのが存在するのじゃ。雲居の玉梓は、人々の幸せのために活動しておる。彼、いや彼女は、おぬしにとって、外敵になるやもしれぬ。」
「だとしたら、早めに消してしまうのが、賢明でしょうね。玉梓は、おれ1人だけでいい。それも、幸福のために手紙を運ぶなんて、おれたちと、相反する存在だ。早急に始末しなくては」
「おぬしは、たまに、物騒なことを言いよるな」
「ですが、つまり、そういうことでしょう? おれが、その女を始末すれば、邪魔者はいなくなり、人々に絶望を与えることができる。そして、神に近づくことにもつながる」
カナルが冷静にそう言い放つと、女性はニヤリを口を曲げて笑みを浮かべました。
「まあ、そういうことだ」
また、しばらく沈黙の時が流れ、海のさざなみの音が聞こえてきました。女性は、真剣な表情に戻り、今度は女性からカナルのほうに問いかけをしました。
「しかし、なぜおぬしは、神になりたいと申すのか。わしは、そこがいつも理解に苦しむのだ」
「おれにも、どうして、神になることにここまでこだわっているのか、わかりません。ですが、おれは生前、神にならなければいけない使命を負ったことは記憶しています。それ以外は何一つ覚えていませんが。だとするならば、生きる意味がないおれには、そこにすがるしか、存在する価値がないと思うのです」
 女性は、思いました。カナルのことを、ただひたすらに青いな、と。自分にも、ひとつのことにただ一生懸命で、それに縋り付こうと必死に、ただそれだけのために生きていた、そんな時もあった、と。
 だがしかし、それは、いささかもったいない、自分の可能性を潰しているのではないか。カナルと、昔の自分とを重ねて、そんな風にも思ってしまう自分がいることに、ただただ心外じゃ、と女性は心の中で、唱え続けていました。

***

 青髪の女性ーー海の神は、マソという。彼女と会話を交えた後、夕闇に照らされる海岸の人影は、おれーーカナルひとりだけになった。おれは、海の神マソに仕え、不幸の手紙を国中に送り続けている、海峡の玉梓だ。すべては、この世界が、不幸に満ちるために。人間を滅ぼすために。不幸の国を作るために。そして、おれが神になるために。
 昔のことなど何一つ覚えていない。ただ、生前おれは人間だったことは、海の神であるマソから聞いている。おれがなぜ、神になりたいと思うのか、その理由は、マソも知っていると思っていたのだが。
「神は、人間だった記憶を消して、おれを生み出したんだろう? なのに、マソが知らない、なんておかしい。あいつは何か、隠している」
 その問いに答えるものは、誰もいない。聞こえてくるのは、サァ、サァ、といった小波の音色だけであった。無理もない。彼女は、もう、寝ている時間なのだから。
 時間は、深夜の12時を指していた。おれは時折こうやって、海の神が寝静まった頃に、ひとり考えすることが日課となっていた。
「おれの他にいる、玉梓か」
 雲居の玉梓。マソは、確かにそう言った。
「早急に始末したいところだが、まだ名前も顔も知らない少女を殺してしまうのも、いささか忍びない。ひとまず、会いに行って、どんな奴なのか、観察することとしよう」
 正式には、この国の人間だった奴ーー神に仕える者を殺すことは、容易なことではない。おれと、彼女は、もうすでに一度、死んでいるのだから。寿命などもない。外見が老いることもない。
 つまりは、天国のような場所で、一生を生き続けるのと同じ、と言ってもいい。その手立てはまた、彼女と相談して決めていくしかない。
「そろそろ、おれも寝るか」
 そう言ったおれが去ると、海岸には誰ひとりとして、いなくなった。その代わりに、入れ替わりで入ってくる者がいた。その男は、静かにこう言った。
「お前も私と同じように、彼を騙し続けるのか。本当のことも知らずに生かされている彼は、とても可哀想だ」
 それは、同じ神として生きる者の言葉であった。可哀想、哀れだ、まるで自分の子どものように、慈しみ、嘆き、悲しんだ。
 彼が、そう言い残して海岸を去っていくと、朝日が登るまで、この海岸に再び人影ができることはなかった。

夕闇に照らされた海岸

あとがき













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