CIEL MAIL

記憶喪失


「ウラノスは、神様なんだよね」
リコルはウラノスに尋ねました。
「そうだけど、それがどうかしたかい?」
リコルの、いつになく真剣な眼差しに、ウラノスは内心驚きました。 ウラノスの問いかけに、リコルは続けて応えます。
「みんなの記憶を消すことができるのは、神様だけなんでしょ。だってほら、ぼくの記憶も消したじゃない。だから、手紙を送るなって、彼が言っていたことを、みんなの記憶から消してほしいの」
そうすれば、きっと、みんな元通りになる。リコルはそう、信じていました。 けれども、ウラノスは、なかなか頷こうとはせず、黙って腕を組み、考え事を始めました。
「それは、もしかしたら難しいのかもしれない」
ウラノスの言葉から出たのは、リコルが望んでいた言葉ではありませんでした。
「どうして?」
と、リコルは首を傾げます。
「死神の少年、クルスは、ただ単にいじわるで手紙を送るなって言っているわけではない……。そんな気がするんだ。もしかしたら、取り返しのつかないことになるかもしれない。それでも、お前は、みんなの記憶を消したいと言うのか?」
「そんなの、やってみないとわからないじゃない。手紙を送りたい、手紙を待っている人たちがいるのに、黙って見過ごすことなんて、ぼくにはできないよ」
…………。長い沈黙が続きました。リコルは、ウラノスから言葉が出てくるのを待っています。
「……わかった。私の負けだ。お前の言葉を、信じることにするよ」
その言葉を聞いたリコルは、目を輝かせています。
「ウラノス、ありがとう!」
さっきまでの不機嫌はどこへやら。 リコルはウラノスと仲直りしてしまったようです。 ウラノスは、リコルの決心が固いことを認め、みんなの記憶の一部を消すことにしました。
リコルとわたぐもは、いつものように地上に行き、ポストの中を見に行きました。
「手紙、来てるといいなあ」
「大丈夫ですよ。ウラノスさまのお力をお借りしたのですから!」
ポストの中を覗いてみると、そこには何通かの手紙が入っていました。
「やったー!」
「リコルさま、やりましたね!」
リコルたちは大喜びです。早速手紙を配達しに行こうと思ったとき、大人の女の人が、声をかけてきました。
「手紙、送ったわよ。リコル」
「カモメ姉さん!」
リコルたちの前に現れたのは、もう、手紙を送るのはやめたと言っていたカモメ姉さんです。
「手紙、もう送らないって言ってなかったっけ。覚えてない?」
「何を言っているの? ほら、さっさと行った行った!」
「うわあ!」
カモメ姉さんに叩かれたリコルは、よろめきながらも、なんとか体勢を元に戻します。
「本当に、ウラノスがみんなの記憶を消したんだ……」
「これが、ウラノス様のお力です!」
わたぐもはなぜか、自分のことのように得意気になっています。
「……きみの力じゃないからね?」

***

空の世界に帰ったリコルは、宛先のお兄さんに手紙を渡しに行きます。お兄さんは、カモメ姉さんの恋人でした。
「お兄さん、カモメ姉さんからお手紙だよ」
「ありがとう、リコルちゃん」
お兄さんは、さっそく中を開いて読んでみることにしました。いったいどんなことが、書いてあるのでしょうか。
「どれどれ……」
ドキドキ。久しぶりの手紙の配達です。お兄さんからどんな反応が返ってくるのか、楽しみで仕方ありません。
「…………」
お兄さんは、喜ぶどころか、みるみるうちに顔色が悪く青ざめていきました。
「ど、どうしたの、お兄さん。大丈夫?」
「悪いけど、この手紙は受け取れない」
お兄さんから、手紙を突き返されてしまいました。
「ええっ!? どうして?」
「手紙の中身は、読んでみたかい?」
「見てないよ。勝手に手紙を読んではいけないって、ウラノスから言われてるもの」
「……そうか。でもまあ、これは君に読ませないほうがいいんだろうな」
「……??」
リコルの頭の中には、はてなマークが浮かんでいます。
「知らないほうが、幸せっていうことだよ」
幸せ。幸せっていったいなんなのでしょうか。リコルは今まで、幸福に慣れすぎていて、自分が幸せであるかなんて、気付くことすらできませんでした。けれども、死神の少年、クルスのように幸せを知らない者もいると、リコルはわかったのです。みんなが本当に幸せになるためには、嫌なことにも目を向けて、それを解決しなければならない。リコルは、そう思うようになりました。
「いつまでも、知らない顔で幸せなままいるなんて、ぼくにはできないよ、お兄さん。だからその手紙、ぼくに見せてよ」
「リコルちゃん……。わかったよ。君がその気なら、この手紙を読んでみるといい」
そう言って、お兄さんは、どこかへ行ってしまいました。


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