CIEL MAIL

雲居の玉梓


巨大化したわたぐもは莉子を乗せ、ものすごい速さで、空へと天昇していき、あっという間に、学校は見えなくなってしまいました。 しばらくすると、わたぐもは徐々に、スピードを緩め、さらに巨大な雲に、潜り込んで行きます。
「さあ、着きました。ここは、『雲居の都』です」
「すごーい。立派な門!」
莉子とわたぐもの前に、立ちはだかるのは、紺碧の大きな門。この先に、いったい何が待ち受けているのでしょう。
「この先に、神様がいらっしゃるのですよ」
「神様に会うのに、こんな格好で大丈夫なのかなぁ」
莉子は今、学校に通う制服を着ています。ちょうどいい服装が、ほかに見つからなかったのです。
「ご安心ください! 制服のご用意は、できています!」
そうして、わたぐもから手渡されたのは、赤、青、白を基調とした、トリコロールカラーの服装でした。これを、あのわたぐもが、どこから出したのかは不明です。
「うーん。着替えてみたけど、この服装、なんか変じゃない? コスプレ?」
「いいえ、似合っていますよ。そしてこれはコスプレではなく、れっきとした雲居の玉梓のあなたのために空の神様が用意した制服なのです」
莉子がその雲居の玉梓の制服に着替え、準備を終えると、空の神様に会いに行くため、再び歩み始めました。目の前にさしかかった門をくぐり抜けると、そこには、ただひたすらにまたうんざりするほどの雲が広がっているだけでした。
「どこに神様がいるの? 誰もいないじゃない」

「ここにいますよ」



その瞬間、空よりも高い場所から舞い降りる、1人の男の姿が目の前に現れたのです。 薄水色髪の、青い、空のような目。背中には、白い大きな翼が生えており、天使の輪っかのようなものが、頭の上に浮いています。
「ようやくきましたか、クムラス。そして、お嬢さん」
「あなたはーー」
「私は、空の神様、ウラノスです。ようこそ、空の世界へ。今日から、君の名前は、リコル・レピュだ」

***

ウラノスは、ベッドで起きないでいるリコルを、眺めていました。 ほどなくして、リコルが目が覚めた頃には、ウラノスの姿はありませんでした。どうやら、出かけて行ってしまったようです。
『ようこそ、空の世界へ。雲居の玉梓よ。今日から君の名前は、リコル・レピュだ』
リコルは、さっき見た夢のことを考えていました。自分が、空の世界の住民ではなく、元は地上の人間だったこと。これはきっと、悪い夢だとリコルは思いました。 自分は、ずっと前から空の世界で暮らしていた。けれでも、いつから手紙の配達をするようになったのでしょうか。どうして、手紙を配達していたのでしょうか。リコルには、それが、どうしても思い出せなかったのです。
「ようやく、目が覚めたのかい」
ウラノスが戻って来ました。リコルは、彼に聞きたいことが山のようにあります。そばにあった枕をギュッと抱え込むと、少し落ち着きを取り戻し、リコルは、話し始めました。
「……夢を見ていたの。ぼくが、地上の学校で、普通の女の子として、友達と勉強しているの。そして、雲居の玉梓の、リコル・レピュになるまでの夢よ」
ウラノスは、目を閉じ、リコルの話を、否定するでもなく、肯定するでもなく、ただ黙って聞いていました。
「ねぇ、嘘だよね? 嘘だと言ってよ。ぼくは、ずっと前から、ここで暮らしていた。お父さんも、お母さんも、いない。空の神様、ウラノスの娘。……ねえ、黙っていないで、そうだと言ってよ」
観念したのか、ウラノスは、閉じていた口をようやく開けました。
「……騙していて、すまなかった。全て、本当のことだ。あの死神の少年に会った影響で、思い出してしまったのだろう」
「絶対、許さない。ぼく、ウラノスのこと、信じていたのに」
リコルは、拗ねた子どものように、そっぽを向いてしまいました。
「ごめん。どう詫びたら、お前は許してくれるだろうか。だが、これだけは伝えたい。私は、お前が普通の人の子だったとしても、お前は私の子だと、そう思っているよ。お前に、本当のことを話そう。信じてもらえないかもしれないが…」
そう言って、ウラノスは話し始めました。リコルは、本当は、地上の人間だったこと。そして、地上での名前は、“都鳥莉子”だったこと。“都鳥莉子”としての記憶は、ウラノスが消し、代わりに“リコル・レピュ”として、空の世界の住民となったこと。全ては、1通の手紙が始まりでした。そう、あの“空からの贈り物”です。空の世界の住民ーーリコル・レピュとして目覚めるまでの間、彼女は深い眠りについていました。目が覚めた彼女には、自我がありませんでした。 そうしてリコルは、空の世界で、空の神様と生活を共にすることになったのです。
「ようやく目が覚めたかい。リコル」
「えっと、あなたは誰? ここはどこ? ぼくは誰だろう。リコルっていうのは……」
「そう、君の名前だよ。リコル・レピュ。私の名前はウラノス。ここは、空の世界。私は、空の神様。今日から君は、私たちの家族になるのだよ」
「そうなのです!」
ウラノスの言葉に賛同する声を上げたのは、わたぐもでした。ウラノスは、リコルに向けて、話を続けます。
「君には、役目がある。雲居の玉梓として、私たち神様や死者から、地上にいる者たちに向けて、手紙を届けることだ。そして、地上の者たちからの手紙を、私たち天の者へと届けてほしいんだ」
「どうして、それがぼくなの?」
「君は、幸福しか知らない、汚れなきものだから。君の幸福をみんなに分け与えてほしいんだ。みんなの願いを叶えるために、君が手紙を配達するのは、必要なことなんだよ」
「……? よくわからないけど、それでみんなが幸せになるのなら。ぼく、やるよ」
こうしてリコルは、雲居の玉梓として、みんなの幸せのため、手紙の配達を始めるようになったのです。

2021.12.29 一部内容を修正





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